第30話 笑顔

「いったい、どうやって……」


 悠人は刺客の手から手紙を抜き取る。

 手紙に欠けた様子はどこもなかった。

 よかった。

 これなら解読はまだ続けられそうだ。


 刺客が拘束から抜け出そうと、体を動かす。

 しかし、悠人の方が力が強く、刺客の体は地面に押しつけられたまま変わらなかった。

 数秒後、諦めたのか、刺客は抵抗をやめた。


「ねぇ、最後にどうやってわたしの『ディープトランス』から抜け出したか、教えてくれない?」


 刺客が悠人に問いかける。

 少し思案する姿を見せる悠人。

 だが、悠人はすぐに話し始めた。


「その『ディープトランス』っていうのは、相手に幻覚を見せる能力だろ?

 俺はただ、今起こっている現象が幻覚だと認識しただけだ」

「どうやって?

 痛みはあったはずよ。

 ましてやあなたは、幻覚が消える直前に心臓を切られていた。

 それなのに、一体どうして幻覚だと認識できたの?」

「ネズミのおかげだよ」

「……ネズミ?

 あなたが手に持っていた、あのネズミ?」

「ああ、そうだ。

 初めに、投げたナイフが木箱に刺さっていたことに違和感を持った俺は、これが幻覚なんじゃないかと疑問を持った。そこで、あのネズミを俺の近くまで呼び寄せた。おかげで確信に変わったよ。この一連の現象は幻覚だって」

「まさか、最後に心臓を刺されたのって、わざと……」

「口裂け女は自分の問いにふさわしくない行動をした箇所に攻撃をする傾向があった。初めは何も答えなかったから、聞いていないと判断し耳。次は制止しようと手を出したから指。足に攻撃したから足。見ても分からなかったから目。

 そこで俺は、口裂け女が胸を攻撃するようにこう言った。

 『自分の胸に聞いてみな』と」

「だからネズミを胸の前に。

 ……いや、それでも。

 ネズミがあの攻撃を食らわないと判断できたのはほんの一瞬。

 それだけで、幻覚だと信じきることができたっていうの?」 

「いや、幻覚だと分かったのは、その前。

 ネズミが俺の近くまで来たときだよ」

「どういうこと?」

「ネズミには、床に流れた俺の血がつかなかったんだ。

 それで、これは幻覚だと分かった」


 リアベルは自分のあまりのまぬけさに、思わず言葉を失った。

 わたし自身も幻覚を見ているのに、それを忘れて第三者の存在を見落とすとは。

 わたしはとんだ大馬鹿野郎だ。


「胸に攻撃させたのは、攻撃を食らっても死なないことを確認したかったからだ。

 痛みも死の感覚もあまりにリアルすぎて、幻覚だと分かっても信じきることができなかった。だから、最後にあの一手が必要だった」

「……そう。

 あなたが『ディープトランス』から抜け出した理由がよく分かったわ。

 降参。わたしの負けよ。

 さっさと殺しなさい」


 リアベルの体から力が抜ける。

 それを確認した悠人は、リアベルの拘束を解いた。


「殺しはしない。

 だが、もし次に俺の前に姿を見せたときは容赦しない。

 俺の仲間に手を出しても同じだ。

 俺と会ったことは、誰にも喋るな」


 悠人はそう言うと、立ち上がり建物を後にした。


ーーーーーーーーーー


「悠人さん!

 無事でよかった」


 店に入った瞬間、桜が駆け寄ってきた。

 さらさらと揺れる髪。

 少し赤くなった目。

 今日の成果か、服にところどころ土や擦れた後が見えた。


 俺は思わず、桜の背中に腕を回し、桜をぎゅっと抱きしめた。

 桜の匂いが、鼻腔を刺激する。


「え、え、えぇ!?

 ゆ、悠人さん!?

 どうしたんですか???」

「悪い。

 桜と会えたのが、嬉しくて」


 桜から離れる。

 桜の顔はりんごのように真っ赤に染まっていた。


「ひゅーひゅー!

 お熱いねぇ、お二人さん」


 遠くからレジーナのヤジが飛んでくる。

 他の客と目が合った。

 途端に恥ずかしくなって、俺は桜の手を引いてエルとレジーナが座る席に向かった。


「すいません。遅れました」

「気にするな。それで、ちゃんと殺ったのか?」

「その……。いえ」

「拘束は?」

「……」


 エルが大きなため息を吐いた。

 まだ会って間もないというのに、このエルの姿もなんだか見慣れてきた気がする。


「殺ることを強制はしない。

 それは難しいことだ。

 だからその役目は私とレジーナが受け持つ。

 次からは、私たちを呼ぶように」


 レジーナと目が合った。

 レジーナはなんでもないかのように食べ物を口に運びながら、軽く頷いた。

 まるで、虫退治の話をしているかのような、軽い返事だった。


「それと、覚悟はしておけ」


 エルがちらりと桜を見た。

 彼女を守りたいのなら、躊躇うな。

 エルの瞳は、そう強く語っていた。

 俺はその言葉に、力強く頷いた。


「まっ、とにかくハルトが無事でよかったじゃん。

 ほんと死んだと思ってたよ。

 サクラなんて、さっきまでずっと半泣きだったもんね」

「ちょ、ちょっとレジーナさん!?

 それは言わない約束ですよ!?」 


 サクラが慌てて立ち上がる。

 それを見て、レジーナが笑った。

 エルが小さく微笑んだ。

 俺も笑った。


「……桜、ありがとう」


 俺の言葉を予想していなかったのか、膨らませていた頬しぼませ、桜がきょとんとした表情を見せる。

 だが、すぐに笑顔になり、桜は静かに席に着いた。


「いえ、ゆ……ハルトさんが無事で、本当によかったです」


 俺は桜のその言葉に、笑顔を返した。


 次の日の朝、俺たちは無事にメレオラを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る