第16話 攻略と謀略
俺は考えた作戦を桜へ伝えきり、配置についた。
桜も作戦通り同様に配置につく。
HP回復薬(大)を飲む桜。
これで残りの回復薬も、俺がもつ回復薬(中)だけ。
ここからは一ダメージも許されない。
俺と桜はお互いが三メートルほど離れた位置に立っていた。
「それじゃあ作戦通りに。振り向かずに走るんだぞ」
「はい。悠人さんを信じます」
息を整える。
目指すは通路。
覚悟は決まった。
「いくぞ。 三、二、一、GO!」
俺と桜は走った。
一瞬にして、二人の間に距離が生まれる。
二秒後。
俺は体を反転させ、再度走りなおした。
小さなカメレオンが二匹、姿を現す。
二匹とも桜に照準を当てていた。
想定通り、敵の狙いは桜だ。
桜はカメレオンを無視して走った。
俺は片方にナイフを投げ、もう片方を剣で切りつけた。
姿を現した状態で攻撃を受けた二匹のカメレオン。
二匹はその場で倒れると、消えてなくなった。
走り続ける桜。
ここまでは完璧。次は……。
姿を現した巨大なカメレオン。
もう子分はいない。
あとはお前を倒すだけだ。
俺は振り上げた剣を離した。
急いで体勢を整える。
桜は必死に走っていた。
カメレオンは俺に照準を当てていた。
それが命とりになることも知らずに。
巨大な舌が発射される。
砂埃が舞う。
桜は変わらず走り続ける。
これをかわして、俺たちの勝利だ。
視界が埋まった。
舌は遮るものを全て巻き込み、壁に激突した。
目的地に着いた桜。
そこにあったのは、先ほど悠斗が落とした剣だった。
桜がその剣を拾う。
そして、伸びた舌に向かって剣を突き刺した。
フロアに木霊する声にならない音。
震える舌。
だが、桜は意地でも剣を離さなかった。
「うあぁあぁぁぁ!!!」
分厚い舌に剣が食い込んでいく。
カメレオンの目がところせましと動き回る。
震える手。
だが、迷いはない。
渾身の力を込め、桜は剣を振り下ろした。
舌が、切り裂かれた。
残った舌が、カメレオンの口の中へと戻っていく。
フロアに桜の息づかいだけが響いた。
巨大なカメレオンは動かない。
おそるおそる剣を構える桜。
とどめを刺しにいった方がいいの?
罠の可能性はない?
わからない。
ずっと悠斗さんを頼ってきたから、何も分からない。
でも、やるしかない。
指示がなくても、悠斗さんがいれば、わたしはなんだってできる!
数秒後、巨大なカメレオンが倒れた。
「や、やった……?」
まだ気は緩めない。
最後まで油断しない。
しかし、それは杞憂に終わった。
巨大なカメレオンの姿は跡形もなく消え去った。
「やった。やりました!
やりましたよ、悠人さん!!」
やっぱり悠斗さんはすごい。
全部、悠斗さんの言う通りだった。
桜は喜びを爆発させて振り返った。
だがそこには、大きな舌の直撃を食らい、壁に打ちつけられた悠人の姿があった。
ーーーーーーーーーー
「カメレオンのHPはおそらく1だ」
悠人の突拍子のない言葉に、桜は思わず頭をひねった。
HPが1? そんなことがありえるの??
「……でも、悠人さんは毎回、二回攻撃してましたよ」
「ああ、それで俺も騙された。
カメレオンたちの透明化には、おそらく追加で無敵効果がある」
「……無敵効果」
「最初に違和感を覚えたのは、巨大なカメレオンにナイフを投げようとしたときだ。あの時、俺はあいつに近づいた。そう、剣で切りつけられるくらいに」
「たしかにそうですが。それがどうしたんですか?」
「普通、あそこまで敵を無防備に近づけさせるか?
俺の攻撃力が異常に高かったらどうする? 必殺のスキルを持ってたらどうする? つまり、攻撃されても無敵の透明化で一発防いで、小さいやつが攻撃する算段だったんだ」
「なるほど。でも、まだ憶測が大きいと思います」
「ああ、そうだな。ここで二つ目の違和感だ。
それは、巨大カメレオンの慎重さだよ」
「……慎重さ??」
「初めは俺をあんな近くまで近づけたのに、攻撃してきたのは一回だけ。
透明になって攻撃しほうだい。透明化中は移動もできる。エコーも効かない。
なのに、なぜあんなにも慎重なんだ?」
「それは、私たちを警戒してたからで……」
「それでも、あれほどの威力の攻撃。
やらないほうがおかしい」
「たしかに」
「おそらく、舌を攻撃されても致命傷になるんだろう。
舌のスピードは大きく威力がある分、少し遅い。
小さい奴の攻撃をかわす俺を見て、通路をふさぐ行動に変えたんだ。
これなら、逃げる相手の不意をつける。
リスクも少ない」
「そうですね。相手が逃げる選択肢を選ぶまで、自分は安全なところにいられる」
「そうだ。それに透明化中はエコー、いや、スキルが効かない。
この能力はあの小さいやつらの上位個体として、十分な能力だ。
となると、小さい奴ら同様、カメレオンのモンスターとしての特性、HPが少ないことが推測できる」
「……なるほど」
「作戦はこうだ。
俺と桜が同時に通路へ向かって走る。俺の方が桜より速いから、敵はターゲットを桜にするだろう。俺を狙っても外す可能性の方が高いからな。
そこで、少し走ったら俺が引き返して、桜を狙う敵を倒す。HPが1ならナイフでも倒せるはずだ。おそらく、そこで攻撃直後の俺を巨大なカメレオンが狙ってくる。俺はその攻撃をかわす。桜はさっき俺が落としたあの剣を拾って、巨大なカメレオンの伸びた舌に拾った剣を突き刺すんだ」
「それは悠人さんが危険すぎます!
あの舌は大きいです。かわせるか……」
「言ったろ。大きい分、スピードは遅いって。
それに、今の俺のすばやさは二倍なんだ。余裕でかわせるよ」
「で、でも……」
「二人で生きて帰るにはこれしかない。
もしHPが1じゃなかった時のために、俺も追撃の準備をしておくから。
桜、この作戦でいこう!」
笑顔でわたしの手を握る悠人さん。
不安がなかったといえば嘘になる。
でも、この作戦よりもいい作戦なんて、わたしは思いつかなかった。
悠人さんの笑顔を見ると、いつも心がポカポカした。
だからわたしは、このポカポカした心に甘えて、頷いた。
悠人さんが「よかった」と言って、また笑った。
こんなときでもドキドキしてしまう。
悠人さんとなら、わたしはなんでもできるような気がした。
その気持ちは、悠人さんに頼りきったものであることに気づかずに。
ーーーーーーーーーー
「……悠人さん?」
返事は、なかった。
ありえない! 悠人さんは生きてる!!
だって、悠人さんはあの大きな舌をかわすって言った。
だから大丈夫だって。すばやさが二倍だからって。大きい舌は遅いからって。
だって……。だって、この作戦を立てたのは悠人さんだ!
その悠人さんが死ぬなんておかしい!!
わたしだけ生きてるなんて、そんなの……。
涙が止まらなかった。
わたしはその場に座り込んだ。
もうこの涙を拭いてくれる人はいない。
どうして、どうしてわたしはこんなにも弱いのだろう。
いつも助けられてばっかり。
ごめんなさい、悠人さん。ごめんなさい、お姉ちゃん。
「……危ねぇ。死ぬかと思った」
……。
悠人さんが、起き上がった。
ーーーーーーーーーー
「悠人さんが死んじゃったかと思って……わたし、わたし」
「わ、悪かった。俺も生きられる確証がなかったんだ。
だから、な、ちょっと離してくれないか?」
俺の上着が桜の涙や鼻水でびちゃびちゃになる。
離れそうになかったので、俺は静かに桜の頭をなで続けた。
五分ほど経って、桜がやっと俺の体から離れた。
「悠人さんが生きてて本当によかったです。
でも、どうしてあの攻撃をうけて生きてたんですか?」
「ああ、それはだな。回復したんだよ」
「……はぁ。
たしかに、悠人さんは回復薬を持っていましたが……。
それでも耐えられる威力ではなかったと思います」
「ああ、普通ならな。
でも、俺にはスキル『ど根性』がある」
「それは、もう発動していたんじゃ……」
「いや、これを見てくれ」
『A ど根性(HPが2以上の時、1日に1度だけ致死量のダメージを受けてもHPが1残る)』
「これがどうかしたんですか?」
「小さいカメレオンの攻撃は、防御なしで63ダメージだった。ほら、よく見て。
『HPが2以上の時、1日に1度だけ致死量のダメージを受けてもHPが1残る』
HPが1になる前、俺の体力は44だった。そこに回復薬(小)を飲んで、HPは……」
「64。まさか……」
「そう。ぴったり1になっただけで、ど根性は発動してなかったんだ。
だから、最後の敵を仕留めると同時に回復薬を飲んで、ど根性を発動させたってわけ」
桜は開いた口が塞がらなかった。
この人は、いったいどこまで……。
「そ、そういうことなんだ。
でも、『ど根性』が本当に発動するか分からなかったから。
俺の間違いの可能性もあったし。その、悪かったよ。
ちゃんと伝えてなくて」
「いえ、さすが悠人さんです」
「ああ、本当に流石だよ。
こいつを倒すなんて」
突如、背後から聞こえた謎の声。
俺と桜に、緊張が走った。
おそるおそる、声のした方へ顔を向ける。
そこには、一人の見知らぬ男がいた。
歳は二十代前半くらい。筋肉質で引き締まった体に、整った顔立ちをしていたが、鋭い目つきのせいで悪人にしか見えなかった。赤い瞳が爛々と輝いていて、手には巨大なカメレオンが尻尾につけていた、紫に光る石を持っていた。
「やるじゃあねぇか。ほらよ!」
男が紫の石を俺に向かって放り投げた。
俺は危なげにその石をキャッチした。
「少し力を加えて握ってみろ」
男はそう言って、自分の手を握って見せた。
こいつは誰なんだ?
いったいどこから現れた?
……こいつは、敵なのか??
あまりに不可思議な状況に、思考が追いつかない。
俺が握ろうとしないのを見て苛立ったのか、男の目つきがより鋭くなり、殺気が漏れた。
背筋が凍った。
冷や汗が溢れ出た。
今まで異世界で出会ってきたどのモンスターよりもヤバい。
こいつに逆らってはいけない。
力をいれる。
その瞬間、右手に持っていた石が割れた。
俺の目の前に、スキルが表示された。
『A ステルス レベル 1(透明化)持続時間2秒 消費MP40』
「それでいいんだよ」
そう言って、男は嬉しそうに笑った。
先程の殺気は消えていたが、あれは簡単に忘れられるものではなかった。
俺は右手を桜の前に出し、臨戦態勢をとった。
俺の袖を掴む桜の手は、震えていた。
「この体を使った久々の仕事だからなぁ。
わくわくするぜ!
俺を楽しませてくれよ!!」
男はこれから軽く運動でもするかのように、体をほぐし始めた。
震える手を抑えながら、俺は男を睨んだ。
こいつは味方じゃない。
俺の感覚が、先ほどから危険信号を鳴らし続けている。
こいつは……敵だ!
「お前は誰なんだ! 目的はなんなんだ!!」
「まあ、すぐに分かるよ。
とりあえずお前、死んでくれ」
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