第15話 見落とし

 敵は一体じゃない???

 それって……。


「うぐっ」

「悠人さん!!」


 脇腹に走る痛み。

 視線を下げると、ピンクの舌が見えた。

 舌の先には小さなカメレオン。

 舌が引っ込んでいく。

 口を閉じたモンスターが消えた。

 HPが8まで減少した。

 

「ヒール!!」


 HPが48に。俺はアイテムから回復薬(小)を取りだし、飲みほした。

 なんとかHPが68まで回復する。


 桜を見ると、MP回復薬(中)を飲んでいた。

 MPがなくなったのだろう。

 四回のディファンドにくわえ、俺へのヒール。

 当然の結果だ。

 もう、これ以上ダメージは受けられない。


 剣を構える。

 だが、敵がどこにいるか分からない今、どこにむけて構えればいいか分からなかった。


「エコー!!

 悠人さん! 左斜め後ろ四メートル、右八メートルです!!」


 体を反転させる。

 突如、右斜め前に現れたモンスター。

 そのモンスターの口から、舌が飛び出してきた。

 舌が見えたのは一瞬。それほどの速さだった。


 だが、位置が分かれば訳はない。


 俺は足を狙ってきた舌をかわし、カメレオンとの距離を詰めた。

 舌が戻り、カメレオンの姿が消える。

 惑わされるな。

 俺はカメレオンがいた位置にむかって、剣を振り下ろした。

 剣を受けたカメレオンが姿を現した。

 すぐさま追撃を行う。


 カメレオンが白目をむいた。

 数秒後、そのカメレオンは消えた。

 まずは一匹。


「きゃぁ!?」


 桜の声。

 ディファンドにひびが入っていた。

 舌を戻すカメレオン。

 剣を握る。


 桜を攻撃したカメレオンは……。

 くうにむかって剣を振る。

 確かな感触。

 姿を現すカメレオン。

 追撃。二匹目。

 直後、背中に走る痛み。

 思わず膝をつく。

 HPが5になった。


「ヒール!!」


 すぐに体勢を立てなおす。


「もう一度ヒールを頼む!」

「ヒール!!!」


 HPは85。まだまだここからだ。


 MP回復薬(小)を二本飲みほした桜。

 これでMP回復薬はなくなった。

 残りの回復手段はレベルアップのみ。

 もうスキルの無駄遣いはできない。


「エコー!!

 後ろに三メートル!

 右斜め前に六メートル!

 正面に十メートル!」


 現在分かっているカメレオンの射程は最大四メートル。

 ここは十メートルのカメレオンを無視して近い二匹に集中だ。


 右に体を向けじっと待つ。

 額から汗がこぼれ落ちた。

 地面を凝視しても当然カメレオンは見えない。

 ぎゅっと剣を握る。

 まだか。

 構えをとってから一分。

 カメレオンの攻撃はこなかった。

 手汗がにじむ。

 まだこないのか。

 張り詰めた空気に、息が詰まりそうになる。

 こちらから攻撃をしかけるか?

 いや、カウンターをくらうだけだ。

 ここは待つしかない。

 待つしか……。


 違う! あいつらは移動している!!


「後ろ!!!」


 桜の声。

 咄嗟に剣を離し、両手で防御の体勢をとった。

 衝撃が、俺の体を後ろへ吹き飛ばした。

 地面の上を勢いよく転がる。


 HPは44。すぐに起き上がり予備の剣を取り出す。

 だが、俺はすでに後手に回っていた。

 右斜め前から向かってくる舌。防御が間に合わない。


「ディファンド!!」


 俺と舌の間に現れた光の壁。

 その光の壁にひびが入った。


 俺はすぐに攻撃の態勢に。

 三匹目。だが、もうMPは……。


「次のエコーでMPがきれます!

 これで倒しきりましょう!!」


 桜が袋を俺に投げながら言った。

 袋の中身は回復薬(小)一個と、(中)一個。

 俺は回復薬(小)を飲んでこたえた。


「ああ、やろう!!」


 桜が頷く。俺も覚悟を決めた。


「エコー!!!」


 数秒の静寂。

 目を閉じた桜。


 顎から汗が、すべり落ちた。


「右三メートル、正面五メートル、左斜め後ろ七メートル、左斜め前七メートル、後ろ十メートル、右斜め後ろ十三メートル!!!」


 敵の位置を頭にたたき込む。

 まずは右の奴から。

 さっきは攻撃しなかったが、それでは移動されて二の舞になってしまう。

 だからここは、桜と自分の感覚を信じて攻撃に出るしかない。


 剣を振る。

 感触があった。

 いける。

 四匹目。残りは五匹。

 次は正面の敵。

 おおよその位置で横に振った剣にまたも感触が。

 カメレオンの姿が露わになる。

 剣を振り下ろす。

 五匹目。


「左斜め前です!」


 舌がとんでくる。

 ぎりぎりでかわし攻撃。

 六匹目。

 よし。いいぞ。

 相手のカウンターも桜がいればかわせる。

 順調だ。


 だが、問題はここから。


 俺たちは完全に敵を見失った。

 もう『エコー』は使えない。

 それでも、敵はまだ攻撃してこないだろう。

 敵は桜が『エコー』を使えないことを知らないし、まだ『エコー』を警戒しているはずだ。となれば、敵が攻撃してくるのは俺の背後に回ってからか、桜を守るひびの入ったディファンドにめがけてのどちらか。桜に攻撃したなら好都合。ディファンドがあるかぎり桜にダメージはないし、その隙を俺は絶対に見逃さない。

 つまり、敵にとっての最善手は攻撃役の俺を狙うこと。

 移動時間は最低一分。いや、位置的にもう少しかかるか。残りの俺のHPなら一発は耐えられる。その後の追撃も『ど根性』で耐えられる。

 これで二匹は倒せる。問題は残りの一匹だ。

 最後は意地とスキルで、見えない攻撃をかわすしかない。


 だが、この俺の考えは、桜のディファンドとともに軽く吹き飛ばされた。


 突然、今までとは比較にならない大きさの舌が空を切る。

 桜の悲鳴とともに、周りのディファンドが全て破壊された。

 倒れる桜。現れた二メートルのカメレオン。

 その姿を見られたのも、一瞬だった。


「桜!!!」


 正面から舌が飛んでくる。

 しまった。

 腹へまともにくらい、HPが1まで減少する。

 体がいっきに軽くなる。

 立ち上がり、攻撃してきたカメレオンを一瞬で倒す。

 俺はすぐに、桜のもとへ駆け寄った。


「桜!! 大丈夫か!?」

「す、すいません。大丈夫です。

 それよりも、悠人さんのHPは?」


 安心させたいが、ここで嘘はつけない。


「……1だ」

「早く回復薬を」

「いや、このまま戦う。

 あいつを倒すには今の状態のほうがいい」

「ごめん……なさい」


 桜の瞳から涙がこぼれ落ちた。


「謝ることはない。早く体勢を立てなおすぞ」

「ごめんなさい」


 俺のもといた位置からここまでは距離がある。

 小さいやつらは今、移動している最中だろう。

 あのでかいカメレオンの攻撃は飛んでくるだけでおしまいだ。

 ここは攻撃が来ないことを祈って、桜と話をするのも悪くない。


「どうした? なにかあったのか??」

「……からなかったんです」

「もう一度、言ってくれるか?」

「エコーにかからなかったんです」

「……まさか、あの巨大なカメレオンがか?」

「……はい。それで、わたしあの存在を、忘れちゃって」


 涙が地面に落ちた。


 俺は言葉を失った。

 なんて鬼畜仕様だ。こんなのどうやって倒せっていうんだよ。

 ただでさえ、桜が『エコー』を獲得してくれていたから戦えたのに、その『エコー』も無効化するだと。もしかして、スキルは全て無効化するのか。

 このダンジョンのどこが簡単なんだよ。ふざけるな。


「ううっ」


 桜が袖で涙を拭う。

 だが、溢れる涙はとまらなかった。


 大きく息を吐く。

 今は文句を言っている場合ではない。

 なんとしてでも、桜だけは無事に帰す。

 考えろ。考えるんだ。策を死ぬ気でひねり出せ。


 通路を見る。

 あの大きなカメレオンは通路前から桜を攻撃してきた。

 ということは、俺たちが通路に逃げることができれば、敵が手出しできなくなるのは確実だ。だからあいつは、ずっと息をひそめて待っていた。俺たちが通路に逃げ込む瞬間を。だが、俺たちが小さいやつらを全員倒しそうになったから、状況を変えるために攻撃してきた。これは相手にとっても誤算だったはず。そもそも、あの大きなカメレオンはどうして攻撃してこない? あいつが動けば大抵の相手は一瞬で倒せるはずだ。それなのに、なぜ?


「……そういうことか」

「悠人さん?」

「桜、生きてかえるぞ」


 俺は桜の涙を拭った。

 親指がぬれる。

 まさか、自分に女の子の涙を拭う日がくるとは。

 人生何があるか分からないものだ。

 だが、それも悪くない。

 徐々に赤らんでいく桜の顔を見て、俺は思った。


「……はい。二人で、帰りましょう!」


 俺は桜の言葉に笑顔で返した。

 きっとこれが、桜の笑顔を見る最後の機会になる。

 俺はこの時の桜の笑顔を、生涯忘れることはなかった。

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