第14話 ダンジョン攻略開始

「これがダンジョンか」

「はい、間違いないと思います」


 地図に記された場所に到着した俺と桜。


 そこには、木の幹や枝が絡み合って形成された、一辺が二メートルほどの正方形の物体があった。入り口のような空洞部分は奥が見えず、ただただ深い闇が続いていた。感触は周りにある木と変わらないが、細い枝でさえ切ることはできなかった。

 おそらく、どんな攻撃も効かないのだろう。


 ダンジョンへ入る前に、あらためて桜と情報を共有する。


ヤマナカユウト

 職業 平民

 レベル 31

 HP 88

 MP 34

 ちから 118

 かしこさ 13

 みのまもり 13

 すばやさ 118

 みりょく 13


 スキル E 底力 レベル2(体力が10以下の時に攻撃力+15)

     D 逆境 レベル3(相手の方が能力値が高い場合、全ステータス+10)

     A ど根性 (HPが2以上の時、1日に1度だけ致死量のダメージを受けてもHPが1残る)

     S 死してのちむ (HPが1の時、ちからとすばやさのステータスが倍になる)

     S 孤高 レベル1(1人で行動する時、全ステータス+20)


 『レベルアップポイント 10』



ワタナベサクラ

 職業 勇者

 レベル 4

 HP 58

 MP 117

 ちから 12

 みのまもり 40

 かしこさ 109

 すばやさ 38

 みりょく 91

 

 スキル S 炎帝 レベル1 (炎を自由自在に操る)

     E シャイン レベル1(光の玉を生み出す)消費MP 5

     B ディファンド レベル1 (光の壁を生み出す) 消費MP 25

     C エコー レベル1 (超音波を放つ)消費MP 10

     B ヒール レベル1 (HPを20回復させる) 消費MP 20

     C 学ぶ者 (かしこさとMPが上がりやすくなる)



 毎日、図書館に通い勉強していた桜。

 その成果は想像以上に表れていた。


 桜が獲得したスキルは五つ。彼女はサポートとして使えるスキルを調べ、それを重点的に学んでくれた。桜曰く、『C 学ぶ者』はいつの間にか獲得したスキルで、ステータスの『かしこさ』もレベルに関係なく上昇したようだった。


 更に桜は、レベルが上がると勝手にステータスも上昇すると言った。俺のように、ポイントを割り振ることはできないらしい。もしかしたら、ポイントを割り振ることができるのは平民の特権なのかもしれない。なんだ、平民もいいところがあるじゃないか。と思ったが、こんないつ死ぬかわからない紙装甲のどこがいいんだ、とすぐに思い直した。


 桜は俺が新しく得たスキル『孤高』を気にしていたが、『孤高』の効果よりも桜のサポートありで戦った方が圧倒的に戦闘が楽になると伝えると、嬉しそうに笑った。


 アイテムは、HP回復薬(小)が五個、(中)が二個、(大)が一個。MP回復薬(小)が三個、(中)が一個。それぞれの回復量は20、50、80。他にも、煙玉が四個、たいまつ二個と魔炎石四個、ロープ、ナイフ二本、紙と鉛筆。そして水と食料。これらをアイテム欄に入れてきた。


 水と食料以外のアイテムは、ほとんどがレオンからもらったものだった。

 突発的にダンジョンへ行くと決めたこと。

 お金がなかったこと。

 この二つが原因で、俺たちは準備不足のままダンジョンへ行こうとしていた。


 これは俺のミスだ。

 あの時は、少し感情的になっていた。


「問題ありません。準備は万端です!」 


 アイテムの数を確認し終えた桜が、ステータスを閉じた。


「あらためてですが、ダンジョンは魔力の塊である魔石を破壊すれば攻略完了です。

 攻略後、一日で入り口が閉じてしまうので、帰り道も考えながら進んでいきましょう」

「ああ。家に帰るまでがダンジョン攻略。

 最後まで気を抜かずに!だな」


 桜を見る。


「それじゃあ、行くか!」

「はい!」


 俺たちのダンジョン攻略が始まった。


ーーーーーーーーーー


 黒に染まった視界が明るくなる。

 

 トンネルのようにまっすぐ伸びた道。

 壁や地面は木の枝が何重にも絡み合って形成されており、ところどころ上の隙間から光が差し込んでいた。爽やかな木の匂いに混じって、枝の隙間から顔を出す花が、誘惑的な匂いを放っている。


 幻想的な景色に、思わず胸が高まった。

 だが、ここはダンジョン。

 なんとか心を落ち着かせ、一歩づつ、慎重に足を進めた。


「わぁ!」


 背後から聞こえる桜の声。

 振り向くと、桜が目を輝かせていた。


「なんだか幻想的ですね」

「ああ、すごいな」


 これがダンジョン攻略でなければ、どれだけよかっただろう。

 きっと最高のデートになっていたはずだ。

 桜の楽しむ姿をもっと見たかったが、ここは気を抜けば死ぬ世界。

 警戒を怠ってはならない。

 俺は惜しみながら前を向いた。

 

 先へ進む。

 出口はすぐに見えた。

 そっと、道の先へ足を踏み入れる。


 広々としたフロア。

 土の地面。そこから生える大小の草木。

 森のようだが、トンネルと同じような壁があり、右と左に来た道と同じような道が一つずつあった。そして、中央には緑色の肌をした人型のモンスター。身長は百四十センチくらい。尖った耳に鋭い牙。片手には棍棒をもっていた。


「ゴブリンか」


 剣を構える。

 こちらに気づいたゴブリンが、口から長い舌を覗かせた。


「グガアァァァァーーー!!!」


 あからさまな殺意。

 桜が小さく悲鳴をあげた。


 まだ俺は殺気を飛ばしていない。

 それなのにこの強い敵対心。

 ダンジョンのモンスターにとって、ここは家同然なのかもしれない。


 ゴブリンがこちらに向かって走ってきた。

 桜を見る。足が震えていた。

 これでは、桜はゴブリンの攻撃をかわせない。


 俺はゴブリンに向かって走った。


「悠人さん!?」


 俺とゴブリンの距離が、一瞬にして縮まった。


 ゴブリンが棍棒を振り下ろす。

 俺は構えた剣を横に倒した。

 棍棒が剣の腹をすべるようにつたう。

 地面を叩きつける棍棒。

 俺とゴブリンが交錯する。

 刹那、俺は体を反転させた。

 剣がゴブリンの首を捉える。


 ゴブリンの悲鳴は最後まで聞こえなかった。

 ゴブリンが消えた。

 桜が、その場に座り込んだ。



 一息つく。

 桜を見る。

 冷や汗が背中を伝う。


 これは……少しまずいな。

 

ーーーーーーーーーー


 地図を作りながら先へ進んでいく。

 レオンの言うとおり、このダンジョンは俺にとって簡単に倒せるモンスターばかりだった。それならば、全てのフロアを制覇しよう、と来た道を何度も引き返しながら、俺たちはダンジョン攻略を進めた。


 全てのフロアを制覇しようと考えたのには理由があった。

 それは、桜の戦闘経験の少なさだ。


 桜はこのダンジョンで、初めて明確な殺意を向けられた。

 今までは俺が前線に立っていたので、殺意のほとんどが俺に向けられていた。

 しかし、このダンジョンのモンスターは侵入者を全員敵と見なしているようで、後方で何もせず立っている桜にも、百パーセントの殺意を向けてきた。戦い慣れていない彼女が突然、そんな殺意を向けられればどうなるか。当然、恐怖で動けなくなる。こうなると、支援どころではない。


 俺はわざと戦闘を長びかせ、桜がこの雰囲気に慣れることを優先させた。あまりMPを無駄遣いしないよう少しだけ、戦闘中、桜にディファンドやヒールを使う練習をさせた。しかし、途中でレベルが上がった桜が「MPが最大まで回復したので、もう一度練習してもいいですか?」と言ってきたので、それからの戦闘は、常にスキルを使うようにしてもらった。どうやら、勇者はレベルがあがるとHPとMPが全回復するみたいだった。俺はあらためて、平民と勇者の格差に絶望した。


 桜はこのダンジョンで目まぐるしい成長を見せてくれた。

 ゴブリンに恐怖することもなくなり、ヘビやコウモリが突然現れても驚くことがなくなった。もともと、飲み込みが早いほうなのだろう。数をこなせばこなすほど、サポートの質がどんどん上がっていった。

 特に、俺がダメージを受けたときの桜の動きは目を見張るものだった。それまで臆していたモンスターでも、桜はディファンドやヒールを駆使して果敢に立ち向かってくれた。なので、俺はわざとダメージを受け、ピンチな姿を演出して桜の行動を促した。罪悪感で胸がいっぱいになったが、本当に危うくなったときのことを考えると、余裕のある今のうちに経験を積んだほうがいい。

 桜はそれに応えるように、どんどんモンスターや戦闘になれていった。


 トンネルのような道で、今まで作成してきたマップを確認する。ダンジョンの形状的に、この先が最後のフロアである可能性が高い。マップにはこのダンジョンの形だけでなく、でてきたモンスターや植物、各フロアの特徴など、様々な情報がびっしりと記されていた。


「このマップ、もしかしたら売れるんじゃないか?」

「ええ!? じ、字も汚いしこんなの売れませんよ」

「そんなことない。これは今まで見た中で、一番きれいなダンジョンマップだ!」

「ダンジョンのマップみたの、これが初めてじゃないですか!」


 「もう!」と言って軽く俺の肩を叩いた桜。

 俺たちは顔を見合わせて笑った。

 くだらないことで笑い合える。それが嬉しかった。


 勇者じゃなくていい。

 最強じゃなくていい。

 ハーレムもいらない。


 桜と一緒にいられれば、それだけで十分だ。

 だからこそ、このダンジョン攻略は確実に成功させる。


 大きく息を吐き、気持ちを切り替える。

 俺はフロア中央で佇むモンスターに視線を向けた。

 桜の視線も、自然とモンスターに注がれた。


「あれって、カメレオンですよね」


 二メートルを超える大きなモンスター。

 緑色の皮膚に、丸い大きな目。ぐるぐると巻かれた尻尾の中央には、紫に光る石がついていた。見た目からして、おそらくカメレオンで間違いないだろう。


「そうだな。

 おそらくあいつは……」


 あのモンスターが本当にカメレオンならば……。


「姿を消してくる」

「そんなの、どうやって倒すんですか?」

「どんな相手でも攻略法は必ずある。

 例えば、攻撃のときに姿を現すとか、消える力を何秒間か使った後、インターバルがあるとか。だから、まずはそれを見極める」

「それなら、フロアに入って相手が能力を使ってきたら、一度この通路に戻りますか?」

「そうだな……」 


 これまでのダンジョン攻略で分かったことの一つに、このダンジョンのモンスターはフロアとフロアを繋ぐこの通路には入ってこないというものがあった。

 その習性があのモンスターも同じなら、一度戻る作戦は効果が高い。相手の能力を知ったうえで、作戦がたてられる。


「うん、そうしよう。

 ただ、もし次が最後のフロアなら、通路への道が閉じる可能性がある。

 通路が閉じても、焦らずモンスターを倒そう」

「そんなことあるんですか?」

「まあ、ゲームならよくあることだ」

「わかりました。頭にいれておきます」

「そうだ!

 桜のエコー、消えた相手の位置を把握するのにも使えるんじゃないか?」


 ダンジョンの形を把握するのに何度も使ってきたスキル。

 通路からフロアの中を確認することは不思議な力でできなかったが、フロア内であれば隠れた敵を見つけることもできた、優秀なスキルだ。


「できると思います。

 ただ、『エコー』を使っている間は一歩も動けなくなるので、戦闘中はあまり使えないと思うんですが……」

「使うときはディファンドで周りをかためて、エコーに集中してくれたらいいよ。

 透明化する相手なら、そこまで素早く動くことはないと思う。

 それよりも、相手を見失うことのほうがまずい」

「そうですね。エコーを使うときはそのようにします。

 それじゃあ、最後にアイテムの確認をしましょう」


ヤマナカユウト

 職業 平民

 レベル 36

 HP 94

 MP 40

 ちから 148

 かしこさ 13

 みのまもり 13

 すばやさ 148

 みりょく 13


 スキル E 底力 レベル2(体力が10以下の時に攻撃力+15)

     D 逆境 レベル3(相手の方が能力値が高い場合、全ステータス+10)

     A ど根性 (HPが2以上の時、1日に1度だけ致死量のダメージを受けてもHPが1残る)

     S 死してのちむ (HPが1の時、ちからとすばやさのステータスが倍になる)

     S 孤高 レベル1(1人で行動する時、全ステータス+20)



ワタナベサクラ

 職業 勇者

 レベル 12

 HP 77

 MP 141

 ちから 22

 みのまもり 53

 かしこさ 133

 すばやさ 51

 みりょく 96

 

 スキル S 炎帝 レベル1 (炎を自由自在に操る)

     E シャイン レベル1(光の玉を生み出す)消費MP 5

     B ディファンド レベル2(光の壁を生み出す) 消費MP 23

     C エコー レベル2 (超音波を放つ)消費MP 10

     B ヒール レベル2 (HPを20回復させる) 消費MP 18

     C 学ぶ者 (かしこさとMPが上がりやすくなる)


 俺はHP回復薬(小)一個、(中)一個。

 残りのHP回復薬(小)一個、(中)一個、(大)一個、MP回復薬(小)二個、(中)一個を桜がもっている。


 桜のおかげで、アイテムの消費が少ないままここまでこれた。

 ダンジョンの攻略まであと少しだ。


「よし! 行こうか!」

「はい!」


 フロアへ足を踏み入れる。

 中央のモンスターが目をぎょろっと動かし、こちらを見た。

 この程度で怯む桜はもういない。

 後ろを確認する。通路は閉じていなかった。


 鼓動が速くなるのを感じた。

 さあ、バトルの時間だ。


「軽くしかける。援護を頼む」

「はい」


 モンスターとの距離をつめる。

 桜も俺をいつでもディファンドで守れる位置に移動する。

 モンスターはぴくりとも動かなかった。

 俺はナイフを取りだした。

 モンスターとの距離もあっという間に三メートルほどに。

 この距離なら外さない。

 ナイフを投げようと右手をあげる。

 瞬間。

 モンスターが消えた。

 殺気を気どられたか。

 だが、ここまでは想定内。


「桜、一度ひくぞ!」


 消える能力だって無敵じゃない。

 なにか欠点があるはずだ。


 通路に戻るため振り返ろうとしたその時。

 背中に鈍い痛みが走った。

 HPが31まで減少した。

 剣を抜き、背後を切る。

 手応えはなにもなかった。


 頭に真っ先に浮かんだのは「ありえない」だった。

 あの巨体がこんなにも速く移動できるのか?

 それも俺の真後ろに。

 カメレオンが速く走るなんて聞いたことがない。

 それとも、あのモンスターがカメレオンという考えが間違っていたのか。

 だが、あの見た目でどうやって速く動くんだ?


「ヒール!」


 HPが71/94を表示する。

 さきほどくらったダメージは63。

 このHPなら、まだ一発耐えられる。


「ありがと……」

「ディファンド!」


 突如、桜の周りに壁が形成された。


 この動きは『エコー』だ。

 だが、虚を突かれた今、一度引いて立て直したほうがいい。


「桜、一旦通路に引こう!

 作戦を立て直すんだ!!」

「……違います」


 桜の顔がどんどん青ざめていく。


「どうした?」

「……違うんです」

「なんだ? なにか分かったのか??」


 桜は口元を震わせて言った。


「敵は……一体じゃありません」


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