第13話 レオン・バッカス

「……ダンジョン?」

「はい! ダンジョンです。

 この都市の近くに最近できたみたいなんですが、今、冒険者ギルドは忙しくて人手が足りないみたいで。もし、わたしたちがそのダンジョンを攻略すれば、いい待遇でギルドに入れてもらえるかもって、レオンさんが……」

「ちょ、ちょっと待って! 情報量が多すぎる!!」


 ダンジョンができた? 冒険者ギルド?

 それに、レオンさんって誰だ??


「す、すいません」


 桜が体を小さく丸め、頭を下げる。

 そんな桜をよそに、俺は自分が犯した最大のミスに頭を抱えていた。


 そういえば俺、この街を探索してない!!


 この世界に来たときからそれどころじゃなくて、完全に忘れていた。

 馴染んだように感じていたが、ここは異世界だ。

 今までの価値観で考えていい場所じゃない。

 そんなことも忘れていたなんて。


「ゆ、悠人さん?」


 桜が俺の顔を覗きこんだ。


 ……まあいい。

 過ぎたことはしょうがない。

 それよりも今は。


「その……レオンさんって誰なんだ?」


 ダンションが生まれるのは、この世界では当たり前なのだろう。冒険者ギルドも、モンスターがいるこの世界なら存在していても不思議じゃない。だが、レオンってやつは違う。桜がこんなにも気を許している存在。こいつはいったい誰なんだ。


「レオンさんは昨日、わたしの髪を切ってくれた美容師さんです。

 とてもいい人で、今日もお話をしたんですよ」


 嬉しそうに話す桜。

 決めた。美容師へお礼なんて絶対行かない。


「そ、そうなんだ。てっきり女の人かと思ってたよ」

「レオンさんは男の人ですが、私なんかよりずっとおしゃれなんです」

「へ、へぇ~。すごい人なんだね」


 俺はいますぐこの話題を変えたいと思った。

 このままでは、心がズタズタに切り裂かれてしまいそうだった。


「そういえば! ダンジョンに行かないかって話だったよな。

 いいよ。ダンジョン、行こう!!」

「ほんとですか! 

 それじゃあ、明日レオンさんにダンジョンについて詳しく聞いてみますね!」

「いや、いいよ! ダンジョンは明日行こう!

 ほら、善は急げって言うだろ。

 遅くなれば他の冒険者に攻略される可能性だってある」

「たしかに。それじゃあ、明日の朝早くにアイテムをいろいろ揃えて、それから出発でいいですか?」

「もちろん! あぁ、ダンジョン楽しみだなぁ!!

 ワクワクして今日は眠れないかも!!」

「そんなに楽しみなんですか」


 フフッと笑う桜。  

 その笑顔が、なぜか俺の心をきつく締め上げた。


ーーーーーーーーーー


 ボロボロのカーテンの隙間から陽光が差し込む。

 賑わいはまだ見せないが、この都市が本格的に動き始めるこの時間。


 俺は昨日桜が教えてくれた、図書館で学んだというダンジョンについて思い返していた。


 ダンジョンは突発的に現れ、モンスターを生みだし続ける場所。様々な形をしており、放置すればどんどん成長していく。成長すれば得られる報酬も大きくなることから、ギルドは基本、自分たちの強さにあったレベルまでダンジョンを成長させてから攻略する。


 想像していたダンジョンとは少し違ったが、予想の範囲内だった。この情報だけなら、俺たちが勝手に攻略していいものかと不安になったが、実はこの街では近々大きなお祭りが開かれるようで、そこで、不安要素でもあるダンジョンを早めに攻略したいというのが、今この街のギルドの方針だった。

 ギルドメンバーは祭りの準備にかり出されており、そこでギルドメンバー以外で攻略する人を探していた元ギルドメンバーのレオンが、桜にこの話を持ちかけた。


 まだ出来たてのダンジョンで、オーガを倒せる実力があるなら攻略は簡単。攻略できれば、ギルドから50000Gはもらえる。レオンの言葉を信じるならば、俺たちにとって得しかない話だった。


 これから桜と合流して、レオンの店へ行く。レオンがダンジョンの位置が記された地図を持っているらしく、それを受取りに行くのだ。レオンの店は街の人だけでなく、冒険者もターゲットにしているため、明朝から店の準備を始めているらしい。なので、この時間でも会えると桜が言っていた。


 桜とレオンを会わせないために、ダンジョン攻略を今日にしたというのに。

 これじゃあ意味がない。


 沈む気持ちを奮い立たせながら、荷物をまとめる。

 慣れたもので、あっという間に部屋からものがなくなった。


 ダンジョン攻略が成功すればお金が入る。

 そうすれば、このぼろ部屋ともお別れだ。

 うまくいけば、桜と同じ宿屋に泊まれるかも。

 そう考えると、やはりレオンには会わなければいけなかった。

 ダンジョン攻略成功の確率を少しでも上げるためには、ダンジョンの情報は必須だ。


 あらためて気合いを入れ直す。

 油断は死につながる。

 この世界で学んだことの一つだ。


 扉を開ける直前、ふと部屋を見渡した。

 十日ほどしかいなかったが、ここは異世界で初めて俺の家と呼べる場所だった。

 異世界に来たときのことを思い出す。

 まだ、海斗と行動をともにしていたあの頃。

 今ではあまりいい思い出ではなくなってしまった。その後も、モンスターと戦って何度も死にかけたっけ。オオカミ、熊、オーガ。いや、実際に死んだりもした。

 それでも、俺は生きている。

 なんとかこの世界でやっている。


 少し寂寥を感じながら、部屋を出る。

 廊下をとおり外に出ると、冷たい風が頬をなでた。


 そういえば、この世界の季節はどうなっているのだろう。

 俺はまだこの世界のことを何も知らない。もっといろんなことを学んでいかなければ。ただでさえ、俺は平民だ。他の奴らとは違う。人一倍頑張らないと、この先も生きてはいけない。


 四角いタイルが、道を綺麗に埋め尽くしていた。

 一歩、一歩、タイルを踏みしめていく。


 少し歩くと、桜を見つけた。

 俺に気づいた桜が、こちらに向かって大きく手を振った。

 朝日の眩しさに、俺は思わず手で顔を覆った。


ーーーーーーーーーー


「あっらぁ~!

 あなたがサクラの言ってたユウトくん!!

 いい男じゃない!!」

 

 開店準備を進めるレオンが、俺の肩を強く叩いた。


 訪れた店で待っていたのは、伸ばした髪を後ろで一つにまとめた、百八十を越えるがたいのいい男の人だった。


「悠人さん。この人が元冒険者で美容師のレオンさんです」

「レオン・バッカスよ。よろしくね、ユウト!

 分からないことがあったら、お姉さんになんでも聞いてちょうだい」

「……山中悠人です。

 ……よろしく、お願いします」


 想像の斜めをいく展開に、体が固まる。


「かわいいサクラをたぶらかすなんてどんな男かと思ってたけど、優しそうな人で安心したわ。あなたならサクラを任せられるわね!」

「ちょ、ちょっとレオンさん! 何言ってるんですか!!

 そんなことよりも、今はダンジョンの位置が書かれた地図をください!!」

「あら、そうだったわね。すぐ持ってくるわね!」


 レオンは俺たちにウインクをすると、店の奥へとさがっていった。


「すいません。レオンさん、初対面でも距離感がとても近いので。

 そのおかげでわたしは変わることができたので、レオンさんにはとても感謝しているのですが……」

「そういえば、レオンさんと出会ったのって……」

「二日前です。自分でもびっくりしてます。

 こんなに話せるのは、家族以外だと……悠人さんだけです」


 桜が下を向いた。

 恥ずかしくなったときによく見せる癖だ。

 俺もなんだかこそばゆくなって、上を向いた。


「おまたせ! これが地図よ」


 タイミングよく現れたレオン。

 桜が慌ててレオンから地図を受けとった。


「それと、ダンジョン攻略に必要な道具をいくつか渡しておくわね」


 レオンが肩に掛けていたカバンを俺に手渡した。

 なかなかの重さに、思わず腕に力が入った。


「私のすすめで大怪我をしたなんて困るから。

 それと、いいものを見せてもらったお礼!

 さぁ、二人とも、初ダンジョン頑張ってらっしゃい!!」 


 レオンが俺と桜の背中を叩いた。

 俺たちはレオンにお礼を伝え、店を出た。

 レオンは俺たちが見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。


ーーーーーーーーーー


「いい人だね」

「はい! 出会ってまだ間もないですが、あの人のおかげで今のわたしがあります」


 桜と目があった。


「悠人さん。ダンジョン、絶対攻略しましょうね!」

「ああ、もちろん!」


 俺は力強く頷いた。


 久方ぶりに、桜と二人で森に入る。

 心が軽くなった。

 準備は万端。



 だが俺は、この日痛感することになる。

 俺はどこまでいっても平民なのだということを。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る