第20話 よし、グーでいこう

「ご、ごめんなさい」


 桜が体を90度に曲げながら謝ってくる。


 あの後、都市の目前で桜は目を覚ました。

 まあ、元々から目は覚めていたので、意識がはっきりしたといったほうが正しいかもしれない。


「いや、気にしないで。

 それよりも、桜はどんな攻撃を受けたんだ?」


 そう、桜は俺の知らない間に攻撃を受けていた。

 鼻から血を出していたあたり、顔に攻撃を受けたのだろう。いや、もしかしたら脳に直接ダメージをくらったのか? 

 それだと、相当やばいスキルだ。

 やはり、森で出会ったあの男は侮れない。


「……え? 攻撃??

 

 そ、そうですね! 攻撃、攻撃を受けました。

 ただ、どんな攻撃だったかは分からないです」

「そうか……

 何か気づいたことがあったら言ってくれ」

「は、はい」


 どんな攻撃だったか分からない、か。

 あの男ともう1度出くわすのは危険だな。

 そういうことなら一刻も早く、この都市から出たい。しかし今の俺たちはMPも0だし、精神的にもボロボロだ。こんな状態で行動するのは危険すぎる。

 都市を出るのは明日の明朝にするしかないか……


「悠斗くん。大丈夫ですか?」


 桜の不安げな顔が視界に入る。


「ああ、大丈夫。

 とりあえず今日は、宿屋で休もう」

「はい!」



ーーーーーーーーーー



 今、負けられない戦いが、ある宿屋の1室で始まろうとしていた。

 俺は心を落ち着かせる為に、深呼吸をする。

 よし、グーでいこう。


 桜も真剣だ。パンチをくりだすかのように、右手を握りしめている。

 互いの目が合った。


「分かってるよな?」

「はい」

「1発勝負だぞ」

「はい!」

「いくぞ!



 さいしょはグー、ジャンケン……」


 イリーガルセンス発動!

 振り下ろされる手がスローモーションになる。

 

 よし、いいぞ! 発動した!!

 桜の手は……パーだ!!


 俺は振り下ろしている右手の人差し指と中指を無理やり外に押し出した。


「ポン!!!」


 結果は少し歪なチョキとパーで、俺の勝ちだった。


「よっしゃーーー!!」


 少しずるいが、勝ちは勝ちだ!

 そう、勝てばよかろうなのだ!!

 

「悠斗くん。今、ズルしましたよね」


 桜の目が細くなる。


「えっ? そ、そんなことないよ??


 待て! これは1発勝負の約束だからな。

 再戦は無しだぞ!!」


「……ずるい」


 いや、その表情、桜の方がずるいだろ!

 そんなに頬を膨らませてもダメだからな!!

 その顔は何度も見た。うん、何度も見たんだ。

 

「じゃあ、俺の勝ちだから行ってくるよ」


 俺は「じゃあもう1回するか?」という言葉を喉の奥に押し込めた。

 危ない、危ない。

 もうちょっとで負けるところだったぜ。



 俺たちは、どっちが食べ物を買いに行くかをジャンケンで決めていた。

 

 始めは桜が買いに行こうとしていたのだが、俺がそれを止めた。

 桜は、森で出会った男と、海斗たちに顔が割れている。そんな中、宿屋から外に出すわけにはいかないからだ。

 当然、桜も引き下がらなかったので、ジャンケンで決めよう、という流れになったのだ。


 とにかく、勝ててよかった。

 都市の中で勇者に見つかっても、俺1人なら余裕で逃げられる。桜にも危険が及ばないだろうし、これがベストだ。


 俺はリスみたいな顔をした桜を置いて、部屋から出た。直後、他の客と肩がぶつかる。

 

「あ、すいません」

「チッ。気をつけろよ」


 一瞬、目が合う。

 俺の体から冷や汗が滝のように溢れ出す。


 目の前にいたのは、森で出会ったあの男だった。

 悪人ずらに不適な笑みが浮かんだ。


 やばい。


 俺の足が瞬時に動く。

 あいつの狙いは俺だ。なんとか桜から引き離さないと。


 だが、あの男は俺を追って来なかった。

 逆に、俺が出てきた部屋のドアノブに手をかけている。

 やばい。中には桜が……


 急いでUターンするが間に合わない。

 男はドアを開けて部屋の中に入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

99人の勇者と平民の俺 ナタナシ @natanasi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ