第20話 99人の勇者と平民の俺
煙が少しずつ晴れていく。
お互いが、次の一手で決着がつくことを理解していた。
今まで静止していた男が、近くの煙を払う。
これで数メートルは『テレポート』できる。
だが、まだうっすらと残る煙。
周りを見渡す。
煙のせいで『テレポート』はまだ満足に使えないが、それは相手も同じ。
『ステルス』を使っても、煙の揺らぎは隠せない。
どこか、確実に変化が起こる。
「さあこい!! けりつけようぜ!!!」
心臓がうるさいほど鳴っていた。
これだ。命の取り合いとはこういうものだ。
やはり生身の戦いは楽しい。
張り詰めた空気。静寂。
男は笑っていた。
男の体が後ろに反応した。
反応したのは煙への変化じゃない。
これは、殺気だ。
平民が剣を向け、突っ込んできた。
体は透明になっていなかった。
ちがうものに『ステルス』をかけたのか?
いや、剣は持っている。
もし飛び道具に使っていても、テレポートでかわせばいい。
なんだ? 何に『ステルス』をかけたんだ??
……まさか、MPが足りずに『ステルス』を使えないのか?
ありえる。
こいつの異常なすばやさとちから。
勇者ならまだしも、こいつは平民だ。
他のステータスが低くてもおかしくはない。
そして防御を全く考えずに突っ込んでくる、こいつの姿。
万策が尽きたのか、『ステルス』をかけた飛び道具があるのか。
どちらにせよ、これなら俺がお前を殺す未来に変わりはない。
ギリギリまでひきつけて『テレポート』で移動し、カウンターを決める。
残念だぜ。
決着がこんな形だなんて。
切っ先と男の距離は約二メートル。
男が『テレポート』で移動しようとした、そのとき。
男は悠人に微かな違和感を感じとった。
何かおかしい。
……こいつ、明らかに無防備すぎる!?
男が戦いの中で得てきた数々の経験。
その経験から、一瞬で悠人が無防備だと感じ取った男は、『テレポート』をするためにすぐに移動先へと目を向けていた。油断ではない。油断をしていないからこその行動。それが、男の強さだった。しかし、それが仇となった。
男は、悠人が目を閉じていることに気づけなかった。
突如、男の近くに姿を現した女。
女が叫んだ。
「シャイン!!」
男の目の前に光の球が現れる。
あまりの眩しさに、男は思わず目を閉じた。
平民は、女に『ステルス』使ったのか……。
「うおおあぁぁーーー!!!」
男の胸を剣が貫いた。
「がふっ!」
男の口から血が溢れ出る。
男はその場に、膝をついた。
悠人はすぐに剣から手を離すと、予備の剣を取りだし、男の首めがけて振りかぶった。
「待て!
そんなことを、しなくても、俺はもうじき消える」
悠人の剣が止まった。
だが、男を見る目はまだ敵意で溢れていた。
「……お前らの、名前を教えてほしい」
悠人と桜が顔を見合わせる。
桜が、頷いた。
「山中悠人だ」
「渡辺、桜です」
「悠人に、桜か。覚えて、おくぜ。
これから大変、だろうけど。
頑張れよ……。
お前ら、最高、だった……」
男が倒れた。
その表情は、とても晴れやかだった。
数秒後、男の死体が消えた。
ーーーーーーーーーー
あの男が消えてから、奥に新しいフロアが生まれた。
そのフロアの中央には、おそらくこのダンジョンの真のボス、オーガがいた。
少し青みがかった肌で、二本の棍棒をもった特殊なオーガ。
俺はそいつを二秒で倒して、拳大の魔石を手に入れた。
ダンジョンを出る。
数時間しか経っていないのに、太陽の光が懐かしく感じた。
「やっと、終わりましたね」
「ああ、大変だった」
桜と顔を見合わせる。
汗と涙の後が残った桜の顔。
そこには、今回のダンジョン攻略における桜の頑張りが表れていた。
「桜がいなかったら、俺は死んでたよ。
本当にありがとう」
「そんな、悠人さんがいなければ、わたしこそとっくに死んでいます。
それも何度も。お礼を言うのはわたしのほうです」
「ははっ。じゃあ、お互いに感謝だな」
「そうですね」
桜の笑顔に癒やされながら、森を歩く。
穏やかな時間。
爽やかな風が木々の隙間を通りぬける。
小鳥のさえざる音が聞こえる。
桜の柔らかい声に、明るい笑顔。
この時間がずっと続けばいいのにと思った。
だが、俺の頭からずっと離れないこと。
カメレオンとあの男。
結局あの男は何だったのか。
カメレオンもあの男も、おそらく何かの干渉により用意されたものだ。
この二つだけ、今回のダンジョンのレベルに合っていなかった。
今の俺たちが、対峙していい相手ではなかった。
では、あの二つの目的は何だったんだ?
俺と桜を殺すこと? 勇者による特別なイベント?
どれも腑に落ちなかった。
何か意味があるはずなんだが……。
「大丈夫ですか、悠人さん?」
桜と目があった。
「なんでも話してくださいね。
微力ですが、わたしも考えますから」
胸の前で、両手をぐっと握る桜。
かわいい仕草に、思わず気が抜ける。
「ありがとう。
今日の成果なら、桜と同じ宿に泊まれるかなと思って。
そうしたら、会うのも楽になるなって」
「え、え、ええぇ!? お、同じ宿ですか?」
「ご、ごめん。嫌だった?
嫌ならやめるよ」
「ぜ、全然。嫌じゃないです。
た、ただ、まだ、いろいろ準備が」
「ああ、たしかに。
部屋が空いてるとはかぎらないもんな」
「……そ、そうですね!
同じ宿屋に泊まるんですもんね。
部屋、空いてたらいいなぁ」
「はははっ」と笑う桜。
なぜか、桜と目が合わなくなった。
森を歩くこと三十分ほど。
俺たちはオーガと遭遇した。
オーガが倒れる。
「悠人さんの凄さにも、だんだん慣れてきました」
オーガが消える姿を見ながら、桜は言った。
「これなら、ギルドも簡単に入れるかもしれませんね」
ギルド。そうだ、俺たちはギルドの依頼でダンジョン攻略に来ていたんだ。
いろいろありすぎて、完全に忘れていた。
「ギルドに入れたら、わたしたちもあの都市の一員になれますね」
「そうだな。きっと生活も、今より楽になる」
「はい。あの、悠人さん。もしそうなったら……」
下を向く桜。
「どうした?」
「もしそうなったら、わたしと一緒にお祭りに行ってくれませんか?」
桜の手は、震えていた。
もう、オーガにも臆することがなくなった桜。
そんな彼女が、震えながら勇気をだして言ってくれたこと。
断る気など初めからなかったが、桜の言葉は俺の胸に強く響いた。
「ああ、行こう!
祭りだけじゃない。俺はあの都市のことを全く知らないんだ。
だから、桜。俺と一緒にあの都市をまわってほしい。
飯屋も、服屋も、雑貨屋も。いろんなところに行こう!」
「……はい! もちろん!!
いっぱい行きましょう!!」
生きててよかった。
俺は桜の笑顔を見ながら、そう思った。
明るい未来が俺たちを待っている。
なんだ、異世界生活も悪くないじゃないか。
『おっほん。諸君、久しぶりじゃな。神じゃ。
異世界生活、楽しんでおるかね?』
突如、脳内に響き渡った聞き覚えのある声。
桜を見る。どうやら、桜にもこの声は聞こえているみたいだった。
桜が静かに頷いた。
『異世界での生活は辛く、大変なこともたくさんあると思うが、めげずに頑張ってほしい。
お主らは勇者なのじゃ。必ず活路は開かれるじゃろう』
俺は平民ですけどね。
自称神よ。
見ているなら、今すぐ俺の職業をなおしてくれ!
『時間がないので本題に入ろうかの。
皆にこうして話しているのは、一つ頼みたいことができたからなんじゃ』
桜と顔を見合わせて、首を傾げる。
俺たちは魔王を倒すために送られた。
転送位置もばらばらだし、そもそもお互いの顔も満足に知らない。
そんな俺たち全員にお願いすること。
新たな魔王でも誕生したのか?
『それはじゃな。ある者の討伐じゃ』
討伐?
ということは、ある者を殺してほしいってことか?
ずいぶん物騒な頼みだな。
『そのある者とは、皆と一緒に異世界に送られた者』
冷や汗が背中を伝う。
嫌な予感がした。
『皆が勇者として送られる中、一人だけ平民として異世界に送られた者』
呼吸が荒くなる。
まだだ。まだわからない。
俺じゃ……俺じゃない!
『その者の名は、山中悠斗。平民じゃ』
目の前が真っ暗になった。
何も、考えられなかった。
だって。いや、そんな……。
そんなこと……。
『こやつは皆の中に紛れ込んだ、魔王の手先なのじゃ。
被害が出る前に皆に伝えられてよかった。
くれぐれも平民だと侮ることのないよう。こやつは、勇者のふりをして皆を殺そうとしておる。皆、他の勇者を思って発見次第、討伐してほしい。
もちろん、倒した者には特別なスキルを与えよう。
ちなみに、山中悠人とはこやつじゃ』
脳内に、桜を熊から助けたときの俺の姿が映し出された。
『では皆の衆、頼んだぞ』
声が消えた。
「ははっ」
乾いた声が零れた。
なんだよ。つまり、そういうことかよ。
99人の勇者と平民の俺。
これが、俺の異世界生活かよ。
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