第19話 高揚

 男は通路前に立つ二人の姿を見た。

 気持ちをもう一度、戦闘モードへと切り替える。


 さて、どうやってあの平民を殺そうか。


 男は思考を巡らせた。


 俺の手札はテレポート、カタルシス、そして、さっきの戦闘では使わなかったサバイバルナイフ、この三つだ。

 肉弾戦はあの平民と互角。いや、Sランクスキルのせいでこちらが少し不利か。

 あの女は『カタルシス』をかわすために、『テレポート』を二回使った。

 『テレポート』は自らが触れているものでなければ移動させられない。つまり、男のもとまで移動した後、男に触れてもう一度移動した。これで消費MPは100。女の最大MPは157。『テレポート』は使えてあと一回だ。

 このテレポートの使いどころが、勝負を分けるだろう。


 俺がじじいと会話している間に、あの二人はこれからの動きを話し合ったな。

 二人とも、覚悟を決めた迷いのない目をしている。

 どんな戦いを見せてくれるのだろうか。楽しみだ。


 この戦いで重要なのは、俺が『カタルシス』を使えないことを相手が知らないこと。相手は『カタルシス』をかわすために、あと一回の『テレポート』を残したいと考えるはず。だから『テレポート』は攻撃に使ってこない。


 と俺が考えると予想するだろう。

 だからこそ、不意を突くために攻撃でテレポートを使ってくる!!


 張り詰めた空気。

 最初に動いたのは、悠人と桜の二人だった。


 男の前から、二人の姿が消えた。


 初手から『テレポート』だと!?


 男が振り返る。

 すでに悠人の剣が、眼前まで迫っていた。

 男はサバイバルナイフを両手に出現させ、その剣を間一髪で受け止めた。

 上から振り下ろされた剣。

 それを受け止めたため、視線が上を向く。

 これでは『テレポート』で回避できない。

 地面から離れた場所に『テレポート』はできない。


 あの女。

 この短い時間でどれだけ『テレポート』を……。


 じりじりと押し込まれていく男。


 サバイバルナイフがなければ、この時点ですでに負けていた。

 相手もこれで決着をつける気だったはずだ。

 だからこそ、この攻撃を止めたのは大きい。

 ここを凌げば次はこちらの番だ。


 男は体をのけぞらせ、後ろへの視界を確保した。

 これで『テレポート』を使って回避できる。

 そう踏んでいた。

 だが、そこに広がっていたのは、思いも寄らぬ光景だった。


 煙で満たされたフロア。

 耳を澄ますと、シューシューと何かが燃える音がした。

 これは、煙玉!


 『テレポート』を使う。

 移動できたのは二メートルほど。

 すぐに平民の攻撃がとんできた。

 剣のせいで、二メートル程度じゃ回避にならない。

 いつの間にか、男と平民の四方が煙で満たされていた。


 男の防戦一方。

 未だ、剣が有利の間合い。

 『テレポート』も満足に使えない。


 おもしれぇ。


「おもしれぇじゃねぇか! お前ら!!」


 男はサバイバルナイフを膝もとに出現させた。

 そのナイフを膝で蹴り上げた。

 ナイフが悠人めがけて飛んでいく。

 悠人は軽快にそのナイフをかわした。

 だが、その一瞬で男と悠人の距離が縮まった。


 これでナイフが有利な間合いになった。

 悠人はなんとか距離をとろうとするが、男がそれを許さない。

 転じて防戦一方になる悠人。

 苦し紛れに、悠人は煙の中に紛れ込んだ。

 男は笑った。

 ナイフが煙の中に飛び込んでいく。

 一本、二本、三本……。

 その数に限りはない。

 ナイフによって、煙が晴れる。

 悠人は全てのナイフをかわしていた。


「お前のスキル、『イリーガルセンス』だな。

 ということは『カタルシス』はかわせねぇ」


 悠人の額から、一筋の汗が流れた。


「この煙も時間がたてば消える。

 そうなれば、俺は『テレポート』を使いたい放題だ。

 それまでになんとか決着をつけたいよなぁ。

 だが、そうはさせねぇぜ」


 男はそう言うと、先ほどの悠人のように煙の中へと姿をくらました。


 やられた。


 苦虫を噛みつぶしたかのように、顔をしかめる悠人。


 『イリーガルセンス』は自分にふりかかる危険には敏感だが、無害なものには反応を示さない。このまま時間を稼がれれば、煙が晴れてしまう。かといって適当に攻撃しても当たる確率は低いし、下手な隙をさらすだけだ。

 さっき距離をとるために煙の中へ紛れたのは、愚策だったか。


 大きく息を吸い、吐き出す。

 まだ戦いは終わっていない。

 勝負はこれからだ。


ーーーーーーーーーー


 息を潜める男。

 平民から離れた今、女を捕まえてこの戦いを終わらせることも考えたが、あの男の『イリーガルセンス』が女への攻撃にも反応を示しそうだったので、実行には移さなかった。


 平民の剣を振る音が聞こえた。

 あれはおそらく罠だな。反応して攻撃すれば『イリーガルセンス』でかわされるだろう。本気の振りなら、もっと煙が晴れるはずだ。


 男は耳を澄ませながら移動した。

 煙がどんどん濃くなっていく。狙っていたものは、簡単に見つかった。

 シューシューと煙を出し続ける煙玉。

 まずは一個。これで想定より早く煙が晴れるだろう。

 最後の『テレポート』でMPを使い切った女は、おそらく離れたところで待機しているはずだ。煙が晴れ、それがはっきりしたら『カタルシス』で男だけを消滅させる。


 思わぬ展開ばかりで苦戦したが、なんとか仕事をやり遂げられそうだ。

 ここまで楽しめたのはいつぶりだろうか。源の盗賊団を壊滅させたとき以来かもしれない。だが、序盤の都市でここまでやれる奴がいたとは驚きだ。最近のやつもなかなか侮れない。


 二つ目の煙玉を壊す。

 だいぶ煙が晴れてきた。


 三つ目もすぐに見つかった。

 だが、三つ目の煙玉はすでに壊されていた。


 男の口角が思わず上がる。


 これは、勝負を受けろという合図だ。

 煙玉を壊すことで、小細工はもうなしだと俺に伝えている。

 やっぱりあいつは最高だ。戦いというものを分かっている。


 男は高ぶる気持ちを抑えながら、これからの展開を予想した。


 あいつは煙玉を壊したが、この煙の効果が未だ大きいことは理解しているだろう。

 つまり、あいつは煙が晴れる直前に奇襲をかけてくる。

 おそらくカメレオンを倒して得たスキル『ステルス』を使った奇襲だ。

 これまで使わずに意識の外へ追いやったつもりだろうが、俺は忘れていない。


 攻撃中は『イリーガルセンス』が反応しても、かわせるとはかぎらない。

 奇襲を『テレポート』でかわし、カウンターをたたき込んで終わりだ。


 終わってしまうのは悲しいが、決着がついてこその戦い。

 さあ、存分に楽しもうじゃないか!

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