平民と勇者

第19話 天使の微笑みだった

「本当にいいのか?」

「はい! 私は悠斗くんについて行きます!」


 神の声が、俺たちの頭の中に響いてから、1時間ほど時が経過していた。

 桜は、意識を取り戻してからは、健康そのものだった。少し休めたのか、顔色も良くなっている。MPも40ほど回復したようだ。


 洞窟の中で、俺は桜に1つ提案をした。洞窟を出た後は別々に行動しよう、と。


 始めはこんな絶望的な状況でも、桜がいてくれると思って喜んでいた俺だった。しかし、よくよく考えてみれば、これから俺と共に行動するという事は俺と一緒に命を狙われるということだ。

 そんな危険な状況に桜を巻き込むなんて出来ない。そう考えて出した結論だった。


 だが、桜は聞く耳を持ってくれなかった。


「私は絶対に悠斗くんについて行きますからね!」

 

 この言葉を何度聞いたか分からない。

 それでも俺は桜に負けじと説得を試みた。

 しかし、俺が説得しようとするたびに桜はそっぽを向いた。しまいには両手で耳を塞ぐ始末。

 

 そりゃ、俺だって桜と一緒に冒険したいと思ってる。桜は本当に頼もしいし、何より一緒にいて楽しい。

 平民という職業でも、ここまでやってこれたのは桜のおかげだ。だからこそ桜には危険な目にあって欲しくない。

 

 たが、説得しようとすればするほど、桜は不機嫌になっていった。

 このままじゃダメだと思い、俺はそっぽを向いた桜の顔を覗き込んだ。すると、俺の視界に入ってきたのは、桜の目に溜まった涙だった。

 よく見ると、唇をキュッと噛み、涙がこぼれ落ちないように耐えている。

 

 その表情を見て俺は白旗をあげた。


 こんな顔をさせるなら俺のしていることに意味はない。そう思ったのだ。

 

「ありがとな」


 俺の口から無意識にこの言葉がこぼれ落ちた。

 その瞬間、顔がどんどん熱くなる。

 何言ってんだ俺!

 急いで口に手を当てたが、遅かった。


「えへへ!」


 それはまさに、天使の微笑みだった。

 目の周りは、泣きすぎて赤くなっていたし、髪もボサボサ。服は重なる戦闘でボロボロで、ところどころにすり傷が見える。

 それを全て踏まえた上で、天使の微笑みだった。

 

 顔がさらに熱くなるのを感じる。

 俺は洞窟を抜けるまで、桜の顔を見ることができなくなってしまった。


・・・・・・

 

 今日という日は、俺にとって最悪な日なのだろう。それは間違いない。そうでなければ、この状況をなんて説明したらいいんだ。


「お前、山中悠斗か?」


 洞窟を出た直後、俺たちは1人の男に出会ってしまったのだ。一目見て分かる。こいつは悪人だ!

 鋭い目つきに、オールバックの髪型。

 なにより、跪くオーガの首を掴み、不敵な笑みを浮かべる奴が善人なわけがない!!


 咄嗟に桜を庇うように腕を前に出す。

 男はオーガの首を掴んでいた手に力を加えた。オーガは呻き声を上げると、跡形もなく消え去った。

 オーガを握りつぶすなんて、どんなスキルなんだ? それとも、重点的にちからにポイントを振っているのか?

 理由はどうあれ、侮れない。

 

「俺はついてるぜ。

 いきなりお前に出会えたんだからな!」


 男はオーガが消えた場所に生まれた金貨に目もくれず、こちらに向かって歩いてくる。

 相手のスキルが分からない以上、迂闊に動けない。ここは、あのスキルを使って逃げるか・・・


「ストップ!!」


 今まで、俺の後ろで隠れていた桜が、急に顔を出した。

 

「争うのはやめましょう!

 悠斗くんは、何も悪いことしてません!!」


 いや、桜さん?

 そんなこと言っても「はい、分かりました」とはならないと思うよ。というか、そういう問題じゃないしね。


 だが、桜のこの言葉は、意外にも効果を表した。

 男はポカンと口を開けると、そのまま動かなくなってしまったのだ。

 もちろん、このチャンスを逃す手はない。

 俺は桜の手を掴んで叫んだ。


「ステルス!」


 俺と桜の姿が消える。


「しっかり掴まっとけよ!」


 俺は急いで桜を抱きかかえて、走った。

 そして、男の横を勢いよく通り過ぎる。

 

 男は俺たちが、急に消えたことに驚いていたが、すぐに逃げられたことを察したようだ。


「どこ行きやがった!?

 出てこい!!!」


 後ろの方から、男の虚しい叫び声がこだましてくる。俺は気にせず走った。

 ステルスは意識していれば、持続して使えるようだ。それでも俺のMPなら4秒だけだが・・・

 まあ、4秒もあれば逃げ切れる。

 

 俺はステルスの効果が切れた後も走り続けた。

 道中、数匹のオオカミのモンスターと出会ったが、イリーガルセンスで全て1発で仕留めた。

 本当に俺と相性が良すぎる、このスキル。


 俺たちは、そのまま無事に森を抜けた。


「桜、ごめんな!

 大丈夫だったか?」


 俺のすばやさは253だ。

 イリーガルセンスを持っていない桜にとっては、このスピードは恐怖でしかないだろう。

 だが、その心配は杞憂に終わった。


「お姫様抱っこ・・・」


 虚ろな目で、鼻から血を出す桜。

 桜の心はここにあらずの状態だった。

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