第18話 わたしが唯一自慢できること

「おいじじい、終わったぞ」


 男はこめかみに手をあてて、仕事の結果を報告をした。


 不本意な結果となってしまったが、久々の肉体を使った仕事。

 十分楽しむことができた。欲を言えば、純粋な戦いで決着をつけたかったが、しょうがない。もしあれ以上、あの平民が成長してしまえば、この肉体で倒すことは厳しくなっただろう。ただでさえ、久々で本調子ではないのだ。仕事を全うするには、『カタルシス』を使うしかなかった。


「あいつの全力、重かったなぁ」


 痛む腹をさすりながら、さきほどの戦いを思い出す。

 次食らえば、この肉体もただではすまないだろう。


「おいじじい! 聞いてるのか!?

 観戦してたんだろ!? 反応しろ!!」

「すまん。すまん。

 茶菓子の準備をしとった」


 呑気なじじいだ。

 思わず溜息が零れる。


「なんじゃ、もう終わったのか。

 これからが楽しみじゃったのに」

「あいつ、Sランクのスキルを習得しやがった。

 だから厄介なことになる前に、『カタルシス』で消滅させたんだよ!」

「ほぉ、さすがじゃな。

 魔王に気に入られるのも納得じゃ」

「まぁ、そういうことだ。

 だからさっさと俺を戻してくれるか?

 あいつから食らった攻撃のせいで、さっきから体がいてぇんだよ」

「ホッホッホッ! お主が弱音を吐くとは。

 珍しいものが見られたわい。

 あの平民には感謝せねばな」

「うるせぇ! さっさとやりやがれ!!」

「分かった、分かった。戻すからそう急くな」


 じじいに嫌なところを見られた。

 思わず舌打ちが零れる。


 戻ったら、あいつと話す機会がある。 

 どんなスキルを獲得したか、聞いてみるのもいいかもしれない。


「ふむ、おかしいのぉ」


 じじいの声が頭に響く。


「うーむ」

「おい、どうした?

 何か問題でもあったのか??」

「お主、本当にあやつを殺したのじゃよな?」

「あぁ!? 当然だろ!

『カタルシス』を使ったんだぞ!!」

「ふむ。じゃが、こちらにあの小僧は来ておらん」

「またじじいがミスしたんじゃねぇのか?」

「それはない。転移者は死ねば確実にここに召喚される。

 たとえどんな奴でもじゃ。例外はない」

「じゃあ、なんであいつはそっちに……」


 男は目を疑った。

 通路前に佇む二人の人間。

 一人は、先ほどまで自分と戦っていたあの男。

 もう一人は、男と一緒にいた、逃げ出したはずのあの女だ。

 

 ありえない。

 いや、ありえないことがありえない。

 現に今、俺の目にはあの二人が映っている。


「……じじい。今のあの女のデータを寄越せ」

「わしが目を離した隙に、一体何が……」

「じじい! 早くしろ!!」


 女はじっとこちらを見ていた。


 俺の落ち度だ。油断した。

 『カタルシス』をかわせる能力は限られてくる。

 その中から、あの状況で女が習得できるスキルは……。


 送られてくるデータ。

 女のデータが、脳内に入ってくる。

 女の元々の能力値は、勇者として平均より少し高いくらいの能力値だった。そして、スキルも同様、悪くないが脅威にはならないものだった。だが、これは……。


『A ハイブロー(他人がもつスキルを5回連続で見た時、そのスキルを獲得する[常時スキルは獲得できない]。 MPとかしこさがより上がりやすくなる)

 A テレポート レベル1(任意の位置に移動する)消費MP50』


 ……やられた。


 俺が使う『テレポート』を見て、あの女、学習しやがった。

 そして、その『テレポート』を使って『カタルシス』をかわしたんだ。


 女が『A ハイブロー』を獲得する可能性があるのは分かっていた。

 だが、今じゃないと考えていた。

 まだスキルは『C 学ぶ者』だったから、俺は油断していたんだ。

 いや、どっちにしろ女を警戒しながらあいつと戦うのは厳しかった。

 戦闘が始まった時点で、俺のあの女への意識はゼロだった。

 それであの互角の戦い。


 つまり、俺はあの二人に想定を越えた動きをされて、この状況を作られたということだ。


「やるじゃねぇか」


 『カタルシス』はもう使えない。

 攻撃範囲が広すぎて、あの女まで巻き込んでしまう。

 この仕事は平民のあいつを殺すこと。

 勇者を殺すことは含まれていない。

 使うなら、男があの女と離れたとき。さっきのように、女だけが逃げたときだけだ。つまり、今は肉弾戦であいつを殺すしか、道はない。


「いいねぇ。おもしろくなってきた!」


 男は笑った。


ーーーーーーーーーー

 

 足手まとい


 この言葉が、私の頭の中でこだまする。

 これまでの人生、ずっとそうだった。

 なんでもできるお姉ちゃん。その影に隠れるわたし。

 みんな初めて会ったときは、あのお姉ちゃんの妹としてわたしに期待してくれた。

 でも、わたしが何もできないことを知ると、みんなわたしを軽蔑の眼差しで見た。


 お姉ちゃんはこれくらいすぐできたよ?

 こんな簡単なこともできないの?

 本当にあのお姉ちゃんの妹なの?

 あなたみたいな妹がいて、お姉ちゃんも大変だね。


 それでも、こんな駄目なわたしでも、お姉ちゃんはいつも優しくしてくれた。


ーーーーーーーーーー


「今わたしのほうがなんでも優れてるのは当たり前。

 わたしはお姉ちゃんなんだから。でも、双子ならきっと桜のほうが優秀だったよ。桜はわたしよりも才能があるんだもん。本気になれば、わたしなんて手も足もでないよ」

「嘘だ。わたしに才能なんてない」


 お姉ちゃんはどこか寂しそうな顔で微笑んだ。


「……桜、わたしがなんで優秀かわかる?」

「そんなの、お姉ちゃんは天才だから」

「ううん、違う。

 わたしが優秀なのは、わたしが桜のお姉ちゃんでいたいと思ってるから。

 桜に、わたしのお姉ちゃんは凄いって思ってほしいから。

 だからわたしは、頑張って優秀なふりをしてるの」

「そんなの……嘘だ」

「嘘じゃない。本当だよ。

 わたしは桜にいい格好を見せたいだけだもん。

 ただそれだけのために頑張ってる。

 でもいつか、桜がわたしの元を離れるときが来る。

 桜が、わたしの背中を見るのをやめるときが来る。

 きっとそのときは、桜に大切な人ができたとき。

 わたしはその日まで、凄いお姉ちゃんでいつづけるの」


 お姉ちゃんは嬉しそうな、でもやっぱりどこか寂しそうな顔で笑った。


「桜はわたしの自慢の妹だから、そのときはとっても立派になってる」

「……そんなこと、ありえないよ」

「自信を持って、桜。

 あなたならできる!

 それでも不安になったら、思い出せばいい。

 わたしはあの優秀なお姉ちゃんの妹だぞ!って」


 笑顔でわたしの頭をなでるお姉ちゃん。

 その手はあたたかくて、わたしの空虚な心にいつも光を灯してくれた。


「……わかった」

「さすがわたしの妹!」


 お姉ちゃんが笑う。

 わたしも自然と笑顔になった。


ーーーーーーーーーー


 そうだ。

 わたしが唯一自慢できること。

 それは、お姉ちゃんの妹であること。


「お姉ちゃん。わたし、頑張ってみるよ」


 ダンジョンの入り口へ向かう足を止め、振り返る。


 悠人さんはわたしが助ける。

 わたしならできる。きっとできる。いや、絶対できる。


 絶対、助けるんだ!


『B エッグヘッド(MPとかしこさがより上がりやすくなる)が、A ハイブロー(他人がもつスキルを5回連続で見た時、そのスキルを獲得する[常時スキルは獲得できない]。 MPとかしこさがより上がりやすくなる)に進化しました』


 突然、目の前に現れたステータス。

 わたしはそこに書かれたものを読み終えると、すぐに悠人さんの元へと走りだした。


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