第11話 勝負は一瞬だった

「あまりお金がたまらないな」

「そうですね」


 俺が海斗をぶん殴ってから三日が過ぎていた。


ヤマナカユウト

 職業 平民

 レベル 23

 HP 71

 MP 20

 ちから 83

 かしこさ 13

 みのまもり 13

 すばやさ 83

 みりょく 13


 スキル E 底力 レベル1(体力が10以下の時に攻撃力+10)

     D 逆境 レベル2(相手の方が能力値が高い場合、全ステータス+7)

     A ど根性 (HPが2以上の時、1日に1度だけ致死量のダメージを受けてもHPが1残る)

     S 死してのちむ (HPが1の時、ちからとすばやさのステータスが倍になる)」


『レベルアップポイント 10』


 三日間、カラスやオオカミを狩り続け俺のレベルは上がっていたが、食費や宿代、武器の補充などで一日一日を生きるのが精一杯だった。桜がこの世界にきたときに持っていたお金もそろそろ底がつく。そうなれば、桜も俺と同じこの悪質な宿で過ごすことになってしまう。それはなんとしても避けたかった。


「悠斗さん」


 四日目の朝、宿屋の一室。

 桜が急に、神妙な面持ちで俺を呼んだ。


「どうした?」

「私、少し勉強してきます」

「え、勉強?」


 久しぶりに聞いた単語に、思わず戸惑う。

 そんな俺を気にもとめず、桜は言葉を続けた。


「悠斗さんのスキルってこの世界に来てから獲得したんですよね?

 だから、私も何か役に立つスキルを獲得したいなと思って」


 たしかに俺のスキルはこの世界に来てから獲得したものだ。

 だが、スキルって勉強して獲得できるものなのか?

 死にかけながら獲得するイメージしかないが……。


「この都市にはだれでも使える図書館があるみたいなんです。

 なので、そこで勉強しようかと。

 今の私が悠斗さんと一緒に森へ行っても、足手まといですし……」


 消え入りそうな声で話す桜。

 桜は未だにモンスターを倒したことがなかった。

 戦闘系で使えるスキルもなく、武器の扱いや体術も苦手。

 それでも、森では回復や採取で充分役に立っていた。


 だが、桜は戦闘面で活躍できないことを気にしているようだった。

 なにも気にすることなんてないのだが……。


 しかし、現状停滞しているのも事実。

 俺一人ならいつもより深く森に入ることができるだろう。

 そうすれば、より多くのお金を得られる。

 このまま同じ行動を繰り返すよりはいいかもしれない。


「分かった! 勉強がんばってな!

 俺も狩り、頑張るよ!!」

「はい!」


 異世界に来てまで勉強か。

 桜はえらいな。


「それでは行ってきます!」

「おう!」


 桜が元気よく部屋を出ていくのを見送る。

 自分のすることが明確になったからか、桜の足取りは今までで一番軽いように見えた。

 

 さて、俺も行きますか。


 道具の確認をし、扉を開ける。

 今日は回復薬の管理を自分でしなければいけない。

 たった三日でも、桜と共にした狩りが身に染みついているのか、隣に誰もいないことに少し寂しさを感じた。


 桜は一歩踏み出したんだ。

 俺も負けていられない。


 俺は扉を勢いよく開け、宿屋を出た。

 

ーーーーーーーーーー


 熊が右手を大きく振り下ろす。

 俺はそれをぎりぎりでかわし、熊の首めがけて剣を振り下ろした。

 熊の首が落ちる。数秒後、熊の姿は跡形もなく消え去った。


 ステータスを確認する。

 今日の大きな収穫は熊一頭にオオカミ四頭。

 お金は4500G貯まっていた。桜が泊まっている宿屋は一泊3000G、俺のところは一泊700Gだから、これならなんとか足りるだろう。だが、貯金はできない。

 このままでは、あの街から一歩も外に出ることは叶わない。

 魔王を倒すことを諦めた俺に、あの街からわざわざ出る必要があるのかといわれれば、正直まったくないのだが……。まあ、お金は必要だ。

 

 俺は森の奥へと視線を向けた。

 海斗たちに置いて行かれた、あのときほどの不気味なオーラは感じなかった。

 俺が成長したのか、もしくは強い敵が今はいないのか。


 木々のざわめきだけが森に響く。

 俺は両頬を叩き、心に活を入れた。


 覚悟は決まった。あとは進むだけだ。


 森が静かに蠢いた。


ーーーーーーーーーー

 

 歩くこと三十分。モンスターと遭遇することのないまま、森の中を進む。

 これほど歩いて、一体もモンスターと出会わないのは初めてだった。

 今は小鳥がさえずる音さえ聞こえない。あまりに静かな森に、微かな恐怖を抱き始めている自分がいた。このままでは、すくんだ足のせいで一歩目が遅れてしまう。


 俺は木陰に入り、小休止をとった。

 水が入った革袋をとりだし、口につける。

 水が喉を潤していくのを感じた。

 気持ちが少し落ち着いた。その時だった。


 突然、前の茂みから二メートルを超える大男が飛び出してきた。


 丸太のように太い腕。口は耳元まで裂けており、そこから鋭い牙が二本、顔を覗かせていた。頭には牛の角に似たものが生えており、大きな棍棒が右手に握られている。赤褐色に近い色の肌に、黄色い目。その目は俺を捉えており、敵意に満ち溢れていた。


 これが海斗の言っていたオーガか。


 なで下ろされた棍棒が、俺の数センチ上を通り過ぎた。

 俺は前転をしながらオーガの足下をくぐり抜け、距離をとる。

 着地と同時に臨戦態勢に入る。


 オーガが振り向いた。

 でかい。すべてがでかい。

 おそらく、一発でも攻撃を食らえば俺のHPは1になるだろう。

 だが、ここで怯んではいけない。

 迷えば、一瞬でやられてしまう。


 俺は剣を抜いた。

 オーガが棍棒を振り上げた。


 緊張が走る。


 俺が動いた。

 オーガに正面から突っ込んでいく。 

 オーガが棍棒を振り下ろした。

 

 間一髪、俺は棍棒をかわした。

 俺はオーガの腹めがけて剣を振った。


 手応えは……なかった。


 オーガの第二の攻撃がとんでくる。

 なんとかかわす。次は腕を切った。

 ここも手応えがない。


 それからは、一進一退の攻防が続いた。

 オーガの攻撃をかわし続ける俺。俺の攻撃を全て受けきるオーガ。


 この世界にはHPの概念がある。

 ならば、俺の攻撃は少しずつでもオーガにダメージを与えているはずだ。

 これは俺の体力が先に尽きるか、オーガのHPが先に0になるかの勝負なのだ。


 この均衡を先に崩したのは、オーガだった。


 もう何度目か分からない俺の攻撃が、オーガの腹に入った。

 その瞬間、オーガが初めて片膝をついた。


 すかさず、オーガの首に向かって剣を振り下ろす。

 今度は手応えがあった。


 いける! そう確信した。

 俺は追撃の構えをとった。


 だが、そう簡単にことは進まなかった。


「ヴオオォォォ!!!」


 突然、オーガが叫んだ。

 衝撃波が走る。

 俺はその場から吹き飛ばされた。


「がはぁ!」


 木に激突する。

 全身に痛みが走った。

 HPが46/71を表示した。


 オーガが立ち上がった。

 俺も立ち上がった。


 もう報酬のことなど忘れていた。

 ただただ、こいつに負けたくなかった。


 俺は突っ込んだ。 

 オーガが棍棒を……振り上げなかった。

 オーガが振り上げたのは、右足だった。

 

 振り下ろされる右足。

 地響きが地面を伝う。

 衝撃で俺の体が宙に浮いた。

 剣が手からこぼれ落ちた。


 まずい!!


 咄嗟に両腕でガードの体勢をとった。

 宙に浮く俺に、オーガの棍棒が命中した。


 吹き飛ばされる。

 景色が一瞬で移り変わっていく。


 木が折れる音がした。

 久々に感じる地面。脳が揺れている。

 どれくらい吹き飛ばされたのだろう。

 オーガの姿は見えない。


 立ち上がる。焦点が合わない。

 近くの木にもたれかかる。

 だめだ。早く回復しなければ。


 足音が聞こえる。

 その音はどんどん大きくなっていく。


 まだ頭はぼやけたままだ。

 このままでは何もできずに殺される。


 俺は一か八かの賭にでた。


ーーーーーーーーーー


 オーガは勝ちを確信していた。

 あの人間はすばしっこかったが、力は非力だった。自分の攻撃をまともに受けて生きているとは思えない。きっとどこかの木にぶつかって、そのまま地面に倒れているだろう。

 だが、楽しい戦いだった。始めは鬱陶しい人間だと思っていたが、途切れない気迫に思わずこちらも応えてしまった。こんな戦いは久々だった。


 疲労でいっぱいのなかでも、オーガの足は軽かった。

 自らの戦利品を回収するのが、楽しみでならなかった。


 ドンッ!!


 突如、森に響いた鈍い音。

 オーガの目の前で、一本の木が倒れた。


「来いよ。最終ラウンドだ」


 倒れた木の側に、あの人間が立っていた。

 オーガは笑った。

 人間も笑った。


 なんだ、至福の時間はまだ終わっていないじゃないか。


ーーーーーーーーーー


 勝負は一瞬だった。

  

 俺はステータスの道具欄から予備の剣をとりだし、構えた。

 オーガも臨戦態勢に入った。


 右足に力を入れ、飛びこむ。

 オーガは右足を振り上げた。だが、その右足が地面を踏みしめることはなかった。

 オーガの首が地面に落ちる。

 俺は剣を鞘に納めた。


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