第10話 1ダメージの重み

 街を抜け、森へ向けた道を歩くこと十分。

 そろそろかと振りかえる。

 海斗たちは追ってきていなかった。


「ごめんな、桜。あんな解決の仕方しか出来なくて」

「いえ、全然。その、かっこよかったです」

「そうか? 盛大に殴られたけどな」


 俺は頬をさすりながら笑った。

 桜も口をおさえて、フフッと小さく笑った。


「それでも、かっこよかったです!」


 桜と目があった。

 心臓が大きく跳ねる。

 思わず目をそらす。


「悠人さん、これ」


 回復薬を出現させた桜。

 俺はお礼を言って、二本の回復薬を受けとり口にした。

 HPが41になり、体が重くなった。


「もう一本、飲んでもいいですよ」

「いや、大丈夫だよ。またピンチになったら頼む」


 珍しく不服そうな表情を見せる桜。

 何かまずいことでも言っただろうか?


「わたし、これから一緒に行動していくうえで、お互いのことは知っておくべきだと思うんです。だから……悠人さんのステータス、見せてくれませんか?」


 まっすぐ見つめてくる桜。

 俺は少し戸惑いながらも頷いた。


 平民だと伝えているのだ。何も恐れることはない。


「ステータス」


ヤマナカユウト

 職業 平民

 レベル 20

 HP 41/64

 MP 15

 ちから 45

 かしこさ 15

 みのまもり 15

 すばやさ 35

 みりょく 15


 スキル E 底力 レベル1(体力が10以下の時に攻撃力+10)

     D 逆境 レベル2(相手の方が能力値が高い場合、全ステータス+7)

     A ど根性 (HPが2以上の時、1日に1度だけ致死量のダメージを受けてもHPが1残る)

     S 死してのちむ (HPが1の時、ちからとすばやさのステータスが倍になる)」


『レベルアップポイント 60』


 熊を倒したときに上がったレベルアップのポイントを、まだ振っていなかったな。

 森へ入る前に振らなければ。


 俺は今回の海斗との戦いであることに気がついた。それは、俺がこの世界で生きていく方法。誰よりも早く動き、誰よりも強い攻撃を放つ。相手の攻撃は全てかわせばいい。つまり、ちからとすばやさにポイントを全振りするのだ。

 もしレベルに上限があるならば、ポイントを全体に割り振る余裕がなくなってくる。勇者と渡り合うにはこれしかない。これなら、俺が今持っているスキルとも相性がいい。


「ちからにポイント30、すばやさにポイント40」


 ちからとすばやさがともに75になった。

 俺の言葉を不思議そうに聞きながら、桜が俺のステータスを覗き込む。

 あまりの近さに、心臓の音が桜に聞こえていないか不安になった。

 だが、桜はステータスを見ると、固まって動かなくなった。


「……どうした、桜?」


 恐る恐る尋ねる。


「さっき海斗さんを倒したのって、このSランクのスキルを使ったからですか?」

「ああ、そうだが。いいスキルだろ。

 ちからとすばやさが倍になるんだ。これなら平民の俺でも戦える。

 ……何か問題でもあったか?」


 じっとスキルを見つめる桜。


 このスキルについて、桜は何か知っているのか?

 回復したときに体が重くなること以外、特に副作用みたいなものはないが……。


「このスキルは、これから絶対に使わないでください」

 

 桜の口調には怒気が混じっていた。


「……え?」


 桜に気圧され、一歩後ずさる。

 桜は引く気がないようだった。

 更に一歩、踏み出してくる。


「な、なにか使っちゃいけない理由でもあるのか?」

「あります! だってこのスキル、HPが1の時じゃないと発動しないんですよ!

 1でもダメージをくらえば、悠人さんは死んでしまうんです!」

「いや、でもスピードが上がるから相手の攻撃を全部かわせるぞ?

 やられることなんてないさ」

「駄目です!! トラップでも仕掛けられたらどうするんですか?

 他にも大勢で攻撃されたり、逃げ場をなくされたり……。

 お願いします。このスキルだけは、できるだけ使わないでください!」


 桜の言葉に背筋が凍った。

 俺はこのスキルを、あまりに楽観視していた。

 思い浮かべただけでゾッとする。

 まきびしを踏んで死ぬ俺。

 たしかにこのスキルは強いが、あらためて考えると諸刃の剣だ。

 回復したときに体が重くなるのも、敵にばれれば狙われるのは必須。

 もっとしっかり考えるべきだった。

 だが、このスキルを使わないと俺は……。

 

 桜を見る。

 桜も、これだけは譲る気がないようだった。

 前髪で隠れた目が、まっすぐ俺を捉えていた。


 桜は視線を外さなかった。


 ……俺の負けだ。


「分かった。できるだけ使わないようにする」


 先程まで険しかった桜の顔に、笑顔が戻った。


「よかったぁ」

「よし、それじゃあ稼ぎに行くか」

「はい!」


 この笑顔が見られるなら充分か。

 俺と桜は森へ向かって歩き始めた。


「あ、あの。さっきは突然大きな声を出してしまってすいませんでした。悠斗さんのことを考えると、なんだか自分でも分からなくなって……」


 先程までの威勢はどこへいったのか、体を縮こまらせて話す桜。


「本当にすいません」


 桜は何も悪いことをしていないのに謝ることがよくあった。

 きっと、今までの経験が彼女をそうさせたのだろう。

 俺といる時は、もっとリラックスしてほしいものだ。


「桜が謝ることはない。

 むしろ、俺は桜に感謝してるよ。

 スキルの弱点に気づかせてくれたんだから」

「そ、そんな。私は何も……」

「桜、俺たちは仲間だ。

 大丈夫。何があっても、俺は桜の前からいなくなったりしないから」

「……本当ですか?」

「ああ、本当だ」


 桜の表情が少し和らいだ気がした。

 何があってもいなくならない。

 あまりに自分勝手な言葉に、少し恥ずかしくなる。


 俺は桜と、森へ向かって再度歩き始めた。


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