第3話 裏切り

 日が傾き、森に深い影が伸び始めた頃。

 海斗の所持金は720G、俺は110Gだった。


 今日分かったことは、主に二つ。

 一つ目は、モンスターを倒せばお金が自動的に増えていく、ということ。お金を得られるのはモンスターにとどめをさしたもの一人だけで、これはモンスターから得られるアイテムも同様、倒せばステータスのアイテムボックスに自動的に入れられた。

 二つ目は、レベルアップについて。レベルアップはお金やアイテムとは違い、とどめをさしていなくても、近くにいれば上がった。俺と海斗は、戦うことが苦手な子のためのシステムではないか、と推測している。


「今日の成果はこんなもんか」

「ごめん、海斗。俺が足手纏いだったせいだ」

「そんなことないよ。俺は楽しかったぜ」


 海斗の慰めの言葉が胸に刺さる。

 申し訳なさでいっぱいになりながら、俺たちは帰路についた。


ーーーーーーーーーー


「その所持金だとうちでは泊まれないね。他をあたってくれ」

「お前らなめてるのか? それで泊まれるのは豚小屋だけだよ」


 門前払いをくらうこと五軒目。

 一日中森の中を歩き、まだ何も食べていなかった俺たちはすでに半分心が折れかけていた。

 

「悠斗、この世界に来た時、どれくらいの金を持ってた?」

「ごめん。俺、一文無しだった」

「……そうか」


 さすがの海斗も落胆の表情を隠せない。

 おもむろに道の端に座った海斗。

 あの海斗がうなだれる姿を、俺はただただ見るしかなかった。


「しょうがない、今日は野宿でもするか」


 両手を地面につけ、海斗が空を見上げる。


「まずは何か食おう。二人の金を合わせて買えるだけ買って」


 こんなときでも俺を見捨てない海斗に、またも涙がこぼれ落ちそうになった。

 だが、今大切なのは海斗のいうとおり何か食べること。

 俺は海斗に向かって手を差しだした。


「海斗、ありがとう」

「なんだよ照れくさい。

 さっさと飯屋を探そうぜ!」


 腕を引き、海斗をひきあげる。

 俺たちは街灯が煌めく街を、もう一度歩き始めた。


 その時だった。


「あのー、ちょっといいですか?」


 背後から声をかけられ、思わず振り返る。

 そこには、見慣れた服装をした男女が二人。

 この服は……制服だ!


「いきなりですけど……二人って転移者ですか?」

「……はい、そうです!」

「やっぱり! 俺たちもなんですよ!!

 俺は平山仁、こいつは……」

「山口朱音です。よろしく!」


 同じ制服を着た二人が軽く頭を下げる。


「俺は暁海斗、よろしく!」

「山中悠斗です、よろしく」


 軽く応えると、二人は一歩俺たちに近づいた。


「もう宿屋は決めた? 決まってなかったら俺たちと一緒のところに泊まらないか? 親睦を深めるのもかねてさ」

「……いや、俺たちお金がないんだ」

「お金ぐらい貸すよ。せっかくの転移者同士、仲良くしようぜ!」


 海斗と顔を見合わせる。

 海斗が頷いた。俺は平山仁を見た。

 俺と目があった平山仁は、優しく微笑んだ。 


「それじゃあ、お言葉に甘えて」

「やったぜ! 朱音、晩飯は豪華にしよう!!」

「そうだね! なんだか楽しみになってきた!!」


 軽やかに歩き始めた二人。

 そんな二人の後を、何か考えているのか、眉間にしわを寄せた海斗がついていく。

 どんな形であれ、宿屋に泊まれる嬉しさに思わず顔が緩んでしまった俺は、このとき海斗が何を考えているのか何も分からなかった。


ーーーーーーーーーー


 宿屋に着いた後、俺たちは様々なことを話し合った。

 話の内容はこの世界に来る前のことがメインだった。

 何のクラブに入っていたかとか、どれくらい勉強ができたか、などだ。

 

 平山仁と山口朱音は同じ高校に通っていたようで、さらに小学校からの友達らしい。いわゆる、幼なじみというやつだ。二人とも明るい性格で、俺たちの状況を知っても馬鹿にすることなく、むしろ協力的な姿勢を見せてくれた。


「俺たちが異世界に来たとき、朱音が50000G持ってたんだよ。

 俺は5000Gだったから……なんか意味でもあんのかなぁ?」

「俺は1000Gだったな」

「俺は0G」

「0G? それはかわいそう」

「よーし! それじゃあ今日は朱音のおごりだ!!」

「任せて! でも仁は自分で払ってよ。今日森で狩りをした分があるでしょ!」

「えぇ~、朱音のケチ」

「うるさい!」


 俺と海斗が笑う。

 たわいもない話ばかりだったが、皆ノリがよくまあまあ盛り上がった。


 意外にも、俺たちにお金がなく路頭に迷っていたこと以外のこの世界の話やお互いのステータスの話は、話題にあがらなかった。お互いを完全に信用しているわけではない、といったところで、海斗にも宿屋に入る前に、この世界で得た情報はまだ伏せるよう念をおされた。相手も同じような感じで、三人の優秀さが垣間見えた。


 俺はその夜、自分が平民であることを話さなかったことに、一抹の罪悪感を抱きながらも、突然の異世界転移と一日中歩いた疲れによって、一瞬で眠りにおちた。


ーーーーーーーーーー


 次の日、俺たち四人は昨日と同じ森へ向かった。

 

 仁と朱音が躊躇なく奥へ進んでいく。

 大きめのカラスやオオカミが瞬殺されていく姿を、俺と海斗は呆然と見ていた。

 俺は二人が昨日この世界に飛ばされたばかりの人だとは、到底信じられなかった。


 森にきて三十分ほど。

 俺の耳にレベルアップの音が鳴り響いた。俺は何もしていなかったが、おそらく仁と朱音が倒したモンスターの経験値が俺にも入ったのだろう。昨日とは比にならないモンスターの強さにより、おこぼれの経験値でもレベルはどんどん上がっていった。


 ブンッ!


 急に、俺の目の前にステータスが現れた。

 おかしい。一言もステータスとは言っていないのに。


 ……なんだか、嫌な予感がする。


ヤマナカユウト

 職業 平民

 レベル 13

 HP 45

 MP 10

 ちから 13

 かしこさ 3

 みのまもり 3

 すばやさ 3

 みりょく 3


 スキル なし


『レベルアップポイント 100』

 (ポイントが上限に達しました。今すぐポイントを割り振ってください)


 なになに? ポイントが上限に達した?

 なんだ、それだけか。よかった。

 後で割り振ろう。


 そう思って、俺はステータスを閉じようとした。

 しかし、ステータスの画面は消えなかった。いつもは右上にばつ印があり、そこを押せば消えたのだが、今回はばつ印が無かった。

 

 仁と朱音がどんどん前に進んでいく。

 数分前から戦闘に加わり始めた海斗も、こちらを見る様子はない。


 このままでは、みんなに置いて行かれてしまう。

 早くなんとかしなければ!


 ステータスの右上を押す。

 もちろんステータスは消えない。


 これはもうポイントを割り振るしかない!

 急げ、急げ! 前回はちからにポイントを多めに振ったから、今回は……。


 焦りで思考がまとまらない。

 そのせいで、俺はいつの間にか近づいていた海斗の存在に気づけなかった。


「悠斗、またレベルが上がったのか?」


 海斗が俺のステータスを覗きこんできた。

 海斗の表情が、一瞬で変わった。


「海斗……その、悪い。いつか言おうと思ってたんだけど……」

「……ぷっ、あっはっはっは!」


 海斗が突然、腹を抱えて笑い始めた。

 俺は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。


「悠斗。お前、平民だったのかよ!

 そりゃ、弱いはずだわ!!」


 海斗はまだ笑っていた。

 海斗があまりにも大きな声で笑うので、奥へ進んでいた仁と朱音が戻ってきた。


「どうしたんだ?」

「何か面白いことでもあったの?」

「仁、朱音、ちょっとこれを見てくれよ」


 海斗は仁と朱音を手招きしながら俺のステータスを指差した。二人は言われた通り俺のステータスを見た。その瞬間、二人とも腹を抱えて笑いだした。


「嘘だろ!? 平民じゃん!!!」

「めっちゃうけるんですけど!!」


 俺の顔が更に赤くなった。


「はぁ、今までお前に気をつかってきて損したわ。

 強いスキルを持ってたら、頼りになるかもって思ってたんだけどな。

 まさかの平民だとは。しかもスキルなし」


 海斗がまた笑い出す。

 何も……言い返せなかった。


「はー、笑った笑った。

 それじゃあな、悠斗。

 俺たちはこのまま森の奥に進んでいくから、お前は気をつけて帰れよ」


「えっ? それって……?」


 海斗は驚いた様子で俺を見た。


「分かるだろ? ここでお別れってことだ。

 平民と一緒に冒険なんかできねぇよ。

 魔王討伐なんて夢のまた夢だ」


 まてまてまて!

 そんなことされたら俺は……。


「じゃあな! 悠斗。

 また会えたらいいな」


 そう言って三人は、笑いながら森の奥へと進んで行った。


 俺は一人、森に置き去りにされた。


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