第8話

 屋敷に帰った孝子は夜、女中たちに囲まれた。理由は二つある。一つはお土産の大福を食べるため、もう一つは女中たちが今日のお出かけの詳細を聞くためだ。孝子があいすくりんを食べた話をするとその場で飛び上がる女中もいれば、うっとりと話を聞く女中もいた。

「孝子さんが奥様になればいいのよ」

 ある女中がそう声を上げると賛同の声がその場から上がる。

「そんな、恐れ多いこと。身分も違いますから。父が申していましたが、そのうち大層お綺麗な華族のお嬢様がお嫁に来るようです」

「そんなのが来ても私たちは歓迎しないわよ。坊ちゃまはいいかもしれないけど、私たちはよくないわ。きっと華族のお嬢様なんて苦労知らず。私たちを顎で使うんだわ」

 再び賛同の声がその場から上がる。孝子は苦笑いをした。

「そんなことはないわ。きっと、坊ちゃまに来るお嫁さんは良い方よ」

「孝子さん、いいのそんなこと言って。本当にそうなっちゃうわよ」

「私は一介の女中ですから……」

 乙女はうつむく。それを合図にその場は解散となった。孝子は風呂を沸かすべく、庭に出る。するとそこには仕事で外に出ていた筈の春奈がいた。勇作が奥から歩いてきた。とっさに孝子は身を隠した。孝子は二人を垣間見る。勇作と春奈は親しげに話し始めた。会話の内容は孝子には聞こえない。しかし、二人の距離は心なしか近いと孝子は感じた。春奈は屋敷の中でも古参の女中だ。勇作のねえやと言っても過言ではない。孝子は心がだんだんと暗くなっていくことが手に取るように分かった。

勇作が空を指差した。春奈がその方向を見る。感嘆の声が孝子の元にも聞こえてくる。勇作が何かに気づくように春奈の髪を触る。春奈がその手を抑えるところを孝子は目撃してしまった。

「私とのことは遊びだったんだ。一時の夢だったんだ」

 孝子は一人ごちる。垣間見を孝子はやめて、その場にしゃがみ込む。ゆっくりと涙がほほをつたった。孝子の心臓は痛いほど動いていた。それでも上を向こうと、孝子が空を見上げると痛いほど綺麗な満点の星空であった。孝子は立ち上がり、その場をそろそろと離れた。孝子の涙は容易には止まらなかった。孝子は屋敷の門をくぐり、屋敷の外へと出る。ふらふらと孝子は歩く。足を引きずり、涙を地面に落としながら孝子は歩き続ける。やがて、孝子は勇作と散歩で訪れた公園に着いた。

 孝子はそっとしゃがみ込む。地べたには孝子の知らない草が華憐な花を咲かせていた。孝子はその花を摘んだ。白い小さな花だ。その白い小さな花をまるで心の奥底の思いを出すように孝子は握りつぶす。

「そっか、わたし、勇作さまに恋、してたんだ」

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