第789話 ここでおしまいだ

 特殊な体をしているニルヴァーレと異なり、ワイバーン形態のリーヴァは長い間離れていると強制送還されてしまう。

 それ故にリーヴァを呼び出して近接戦をするということは、伊織も巨体のぶつかり合う衝撃を間近で受けるということだった。

「っ……!」

 体当たりするだけで振り落とされそうになる。

 それを風の魔法で補助することでやりすごし、伊織は衝撃で舞い散る鱗粉に眉根を寄せながらドラゴンを見た。

 身一つで応戦したかったが、あまりにも巨大すぎる。もちろんリーヴァも一回り以上大きさに差があるが、伊織が呼び出せる者の中では一番最適だった。


(セトラス兄さんは怪我してるし、パトレアお姉ちゃんも落ちちゃった。装置は屋上に置いたままだ。早くこいつをどうにかしないと……)


 聖女たちだけ狙ってくれれば頼もしかったのだが、そんな希望に応えてくれないのが魔獣だ。

 だからこそオルバートたちも魔獣傀儡化実験を行なっていたのだろう。――そう考え、いつそんなものを目にしたっけ、と伊織は眩暈を感じた。

(ああもう、こんな時に余計なこと考えてちゃダメなのに、……!?)

 リーヴァの左右を何者かが跳んでいく。

 それは同じ風の鎌を背部から生やしたヨルシャミとニルヴァーレだった。

 ドラゴンに真正面から向かっていった二人はわざとらしく炎の球を作るとドラゴンに向かって打ち出した。


「なんでそいつに炎の球なんて……!」


 ドラゴンが炎のブレスを吐いた際、その余波はドラゴン自身にも及んでいたが鱗が焦げることも鱗粉に覆われた翼が燃えることもなかった。耐火性が恐ろしく高いのだ。

 一体どんな材質で構成されているのかさっぱりわからないが、火属性の魔法が効くようには見えない。

 しかし、ヨルシャミなら何か考えがあってのことだろう。――そう伊織は無意識に思い、なんで敵をこんなに信頼しているんだと口をへの字にする。

 そうしている間に炎の球はドラゴンにばくりと食われてしまった。

 炎を生み出せる口内に火傷を負わすことすら出来なかっただろう。

 心なしかドラゴンに余裕さえ出来た気がする。侮られたのだ。ああ、この世界のヒトとはこの程度かと。


 その時、遥か上空から落下してくる人影が見えた。

 伊織たちの位置からなら視界に入るが、ドラゴンからはまったく見えない。なにせ首元の目はヨルシャミが傷つけたのだ。

 ヒトの眼球を模してはいるものの同じ原理でものを見る器官ではなかったようだが、それでも傷がつけば観測結果は歪む。


 結果、落ちてきた人物――死角から高く跳び上がっていたシァシァに気づけないまま、ドラゴンはとびきり重い一撃を首元に受けることになった。


     ***


 ドラゴンは目を丸くする。


 首の付け根からまさにくの字になり、地面に打ち付けられるような形で墜落してしまった。

 重力制御装置のないシァシァの体重は重く、そこに落下スピードも重なり相当な衝撃が一点に集中したのだが、それでも当たった瞬間は耐えていたのだ。


 だがとにかく重かった。

 小さいくせに重量が桁違いだったのだ。


 特殊な物質で出来た鱗は軽く丈夫で、それを活かすように「巨大ながら素早く飛ぶこと」を優先したのがこのドラゴンである。

 残念ながら先に生まれた者には敵わなかったが、軽量化のおかげで他の同胞たちよりは先に到着できた。

 見た目に反して軽すぎることが長所にも短所にもなる特徴だったが、敵の動きをよく見て攻撃のインパクトに合わせて羽ばたけば相殺できる。軽くとも羽ばたく力は一級品だ。そういう風に生まれた。


 しかし不意打ちで現れた『重いもの』は首に跨り離れず、一欠片の容赦もなく呼吸を圧迫する。

 咄嗟に羽ばたこうにも一撃目で加わったインパクトを受けてからでは上手くいかない。相殺はタイミングを合わせてこそ発揮されるのだ。

 その結果、ドラゴンはクレーターが出来るほどのスピードで地面に突っ込むことになった。

 口から紫色の血を吐き、その温かさに驚きながらじたばたともがく。

 落下スピードさえなくなれば後は振り払えるはず。


 しかしそれでは遅かったのだ。


 ドラゴンは再び目を見開く。

 目前に迫っていたのは風の鎌を生やした二人組。

 ドラゴンがずっとまとわりついてくる虫のように感じていた者たちだった。逃げよう、と心は言うが体が言うことを聞かない。

 その時さっと首の上の重さが消えたが、だからといってすぐに動けはしなかった。入れ替わる形で迫った二人組が風の鎌で同時に首の根元を斬りつける。

 度重なる攻撃で鱗が割れ、先程のインパクトで周囲の鱗にも大量のヒビが入っていた部分。背面の目が健在ならドラゴンにも見えていたであろうその場所に二人の風の鎌は深く食い込んだ。

 抵抗しなくては死ぬ。

 そう感じ取ったドラゴンは死に物狂いで金色の髪の人間に噛みついたが、痛みがあるだろうに彼はまったく怯まなかった。抵抗の甲斐なく風の鎌は肉を切り骨を絶っていく。

 ドラゴンは首だけで宙を舞いながら自分の胴体を見下ろした。


 ここでおしまいだ。

 ならば悪足掻きをしよう。

 でなければ苦しみ損じゃないか。


 そんな想いに応えるかのように泣き別れしていたドラゴンの首と体が倍に膨らみ、内側に灼熱の炎を孕ませる。近づいただけで肌を焼かれるような熱気が発されるまで数秒とかからなかった。傍に居る者だけでなく少し離れた位置にいる人間たちまでぞわりと総毛立つ。

 放置してはならないものだ。

 しかし遠くへ離すにはもう時間がない。

 そう思ったに違いない、とドラゴンは最後にほくそ笑む。


 それを豪快に蹴り飛ばしたのは――遠方から豪速で飛んできた赤い髪の少年だった。

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