第784話 魔獣の不思議
「え、え、なんであんなに魔獣が湧いてるの……!?」
伊織は目を白黒させながらモニターを見る。
空飛ぶ個体がいの一番に現れただけで、よく見れば海上にはアメンボのような魔獣が浮かび、海中にも不穏な影が見えていた。
本部のあった島でも突然複数の魔獣が湧いていたが、それはミッケルバードでも起こる謎の現象だったということか。伊織がそう混乱していると一心不乱にキーボードを叩き続けていたオルバートが言った。
「不可解だけれど幸いにも聖女一行に向かってくれているようだ。足止めが目的の僕らとしては願ったり叶ったりだね」
「シェミリザ姉さんとセトラス兄さんは大丈夫かな。それにじいちゃんたちも……」
「シェミリザとセトラスは不利になれば戻ってくるよう言ってある。大丈夫さ。ヘルベールは――」
オルバートは一瞬だけ手を止める。
恐らくヘルベールは裏切っているとオルバートは考えていた。戦闘中の挙動がおかしすぎる。
音声は拾えないため、伊織はナレーフカを人質に取られ無理矢理従わされていると思っているようだが、そもそも聖女一行はそういう手を好まない。
それに加えてシェミリザたちが作った隙を脱出に活かす素振りが一切ないのも不自然だった。
だが今伊織にはっきり告げる意味はない。無駄に混乱させるだけだろう。
オルバートは言葉を飲み込むと「それより最終調整がなんとか完了したよ」と額の汗を拭った。
隣に控えていたパトレアが「素晴らしいショートカットの嵐でありました!」と手を叩く。
彼女は最後の最後、もしここへ押し入られた場合にオルバートと伊織を抱えて戦線離脱するための脱出装置係として留まっていた。
最良なのはシェミリザが常に控えておりいつでも転移魔法を使える状態にしておくことだったが、多数を相手に立ち回りやすい彼女を足止めとして派遣する方がいいと判断したのだ。
そんなパトレアと共にコンピュータの先、コードで繋がれた人工ワールドホール発生装置を伊織は見る。
「ってことはやっと僕の出番かな!?」
「そうだね。ただ今回は本格的なものだから、ここでやると危ない。セトラスのいる屋上に行こうか」
オルバートはコードを抜き取ると代わりに小さな無線端子のようなものを差し込んだ。
「ただ屋上で起動後にここのメインコンピュータで制御するから、僕はそっちに向かおう」
「そちらのシステムは完成してるのでありますか?」
「シェミリザに手伝ってもらってなんとかね。さっきした調整分を反映させなきゃならないけど、それは君たちが装置を起動してる間に終わるよ」
オルバートは装置を伊織にそっと手渡す。
伊織はそれを大事そうに抱えると「頑張るよ!」と頷いた。
――そんな様子を伊織の隣で見守っていたニルヴァーレは装置を睨みつける。
どうにかしてあれを起動させる前に伊織の洗脳を解けるか試みたい。しかしオルバートはともかくパトレアがいるのが厄介だった。
もし伊織の洗脳を解けたとしても傍にナレッジメカニクスが居てはすぐに捕まってしまう。せめて聖女一行がここへ押し入ってからの方がいいだろう。
しかし魔獣の乱入もあり、静夏たちは大分足止めを食らっていた。
(しかも施設の出入り口にはシァシァが最後の砦として控えてる。もしヨルシャミたちが屋上から直接イオリに接触しに行ったとしても、内部構造がシンプルな建物のせいで駆けつけるのもあっという間だ)
面倒だな、と思っていると更に面倒なことをオルバートが言った。
「伊織の護衛はパトレアに任せよう。セトラスの安否も気になるだろう?」
「……! はい!」
「そして僕も失敗したくないからね、こちらの護衛はニルにお願いしたいんだけれど、いいかい?」
「……僕に!?」
ぎょっとしたニルヴァーレは瞬時に首を横に振る。
「そんなの逆にしてくれ、僕だってイオリが心配なんだ」
「しかしパトレアは屋内だと動きが制限されてしまう。派手に走り回ってメインコンピュータを破壊する可能性もあるからね、だから君に頼みたいんだ」
「さっきパトレアの気持ちを汲んだみたいに言ってたけどそれが本音か? 何を言われたってこんな状況でイオリの傍から離れる気は……」
「ニル、頼むよ、父さんを守ってあげて」
伊織の懇願する声。
その『父さん』こそ君を洗脳して今も利用している相手なんだよ、とニルヴァーレは口にしたくて堪らなかった。
いくらオルバートが絆されたようだとはいえ、世界の穴を人工的に作り出す計画のトリガーに採用している時点でその親心は歪んでいる。
「……」
だがシンプルな構造の建物ということはニルヴァーレが駆けつけるのもあっという間ということ。
メインコンピュータは吹き抜けの下に設置されているものだ。そこから階段で屋上に出られる。泊りがけでここに留まっていた時に何度も見た。
静夏たちが妨害を切り抜け、誰か一人でも伊織の傍に近寄ったタイミングで一気に駆け上がり、屋上で伊織の洗脳を解けるか試みるしかない。
それが装置起動前であることを祈るばかりだ、とニルヴァーレは心の中で独りごちた。
「……わかったよ」
機会が巡ってくるまで疑われないよう行動するしかない。
ニルヴァーレはため息をつくと頷き、そんなにイオリ殿と離れるのが嫌だったのでありますか〜、とパトレアに笑われた。
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