第783話 ネコウモリの絆

 ヨルシャミとシェミリザの斬り合いに水を差したのは太陽を横切る大きな影だった。


 野生動物にも巨鳥は居る。かつて伊織とネロが遭遇した大カラスもその一つだ。

 しかしその影は嗄れた山羊の声を残していき、その場にいた全員に異様な気配を感じ取らせた。姿を確認する前に影の主は大きく旋回し、両足を突き出して急降下すると闇色狼を斬り伏せていたネロの肩を鷲掴む。

「ネロさん!」

 リータが素早く射って救出しようと試みるも、その隙を突いたセトラスの狙撃のせいでなかなか狙いが定まらない。

「っなんだコイツ!? 召喚獣じゃないのか!?」

 ネロは暴れて抵抗し、その間再度飛び立たず足でネロを押さえつけていた『それ』がリータを見た。


 ヒトの女の胴体に大鷲のような両腕と足を持つ生き物だった。

 ただし頭部はヒトでも大鷲でもなく、タコを煮溶かしたようなどろりとした形状をしている。

 その頭部にいくつものヒトの目が付いていた。


 ――魔獣だ。

 召喚獣でもキメラでもなく、突然現れた魔獣だと理解し真っ先に動いたのは静夏だった。

 距離があるというのに地盤ごと動くのではないかと思うほど強く踏み込み、地響きを連発させながら魔獣へと走り寄る。魔獣はネロを掴んだまま再び飛び立つとあっという間に十数メートルの高さまで舞い上がった。

 静夏は跳躍しその後を追う。

 同じ高さまで跳び上がったところで繰り出された拳をひらりと避けた魔獣だったが、静夏に足の付け根を掴まれると慌てた様子で羽ばたいた。ネロと違い静夏の体重は筋肉により恐ろしく重いのだ。

 重力に任せ落下する静夏に引っ張られ、体勢を崩し落下した魔獣は空中でネロを放り出す。

 つい一瞬前よりは低いものの、人間が落ちればひとたまりもない高さだ。空中で回転する体を止められず歯を食いしばっていたネロは突然その回転が緩やかになり、そして止まったことに目を瞬かせる。


「……ネコウモリ!」


 ネロの服を噛んで必死に羽ばたいていたのはネコウモリだった。

 未だ回復が追いついていないため変身はできないが、こうして落下速度を減速させることくらいは出来るとでも言うようにくぐもった声で鳴く。しかしネロは冷や汗を垂らした。

「っ一旦逃げろ! もう一匹来てるぞ!」

 高い位置まで舞い上がったからこそ見えた。

 海の近い方角から青い炎で出来たペガサスのような魔獣が宙を走って近づいている。その赤い両眼はネロとネコウモリを見ているようだった。


 ネコウモリはウサウミウシと同じ世界の生き物であり、防御力も極めて高い。

 しかし何かと有能であるが故か、ウサウミウシのようにどんな環境や衝撃にも耐えられる特殊体質めいた防御力ではなかった。

 ウサウミウシが防御一点特化ならネコウモリはいくつかの得意な能力を伸ばしたものの特化とはいえないタイプである。

(だからあんな奴に突撃されたらただじゃ済まない……!)

 魔獣は恐らくネロとネコウモリが着地する前に接触する。

「ネコウモリ! ここまで降りれば即死はしない、俺を離して逃げろ!」

 ネロはそう上に向かって言ったが、返事はなかった。

「お前まだ回復しきってないだろ!? そんな状態で無茶しないでくれ!」

 なあ! と声を張り上げるも、やはりネコウモリは口を離そうとしなかった。魔獣はもう近い。

 ネロは足元を見る。

 静夏は地上で先ほどのやけに人間らしい魔獣と戦いながらネロを気にしていた。もしかすると受け止めてくれるかもしれない。

 ただし他のメンバーは闇色狼やシェミリザたちに邪魔をされており動けないため、静夏が失敗すれば――ネロが自分で口にした通り即死する可能性は低いが、それでも打ちどころが悪ければ死ぬだろう。もし即死しなくとも足は砕け動けなくなる。

「……でも……ネコウモリ、俺さ」

 ネロは下唇を噛むと決意したように息を深く吸った。


「お前が傷つく方が嫌なんだよ」


 言い終わるなり上着を無理矢理脱ぎ、ネロは地上目掛けて落下する。ネコウモリの鳴き声がすぐに激しい風の音に掻き消され、目を瞑りそうになるのを堪えて受身の準備をしたが――風の抵抗が強く体が回転し上を向いてしまった。

 頭から落ちることだけは阻止しなくてはならない。

 そうわかっているというのに上手く動けず、人間は空の生き物ではないのだと思い知る。

「……!」

 その時、ネロの真上で眩い光が放たれた。

 まさか魔獣の仕業かと思うも、光を発しているのはネコウモリだった。変身する際の輝きに似ている。

 目を丸くしているとネコウモリが瞬時にネロへ引き寄せられ、全身を包み込むように強制変身させる。

 背中に羽が生えた、と体で感じ取るなりネロはコウモリ羽を羽ばたかせて宙に飛び上がり、ネコウモリを追っていたペガサスの魔獣を蹴り飛ばした。

 俊敏性は高くとも肉体は脆かったのか、首を吹き飛ばされた魔獣はそのまま宙を舞って首と体がそれぞれ別の場所へと落ちていく。


「……ネ、ネコウモリ、これは……」


 少年の姿になることは変わっていないが、魔法少年の服装はデザインが変わっていた。オレンジ色のフリルが増え、頭以外のリボンが紐リボンになっている。

 首元には赤い色の宝石が嵌まった装飾品が光り、中にネコの肉球マークが見えた。

 いやお前肉球ないだろ、と思わずツッコミそうになったが、ネロは本能的にこの変化はネコウモリとの絆が極まり100%のポテンシャルを引き出せるようになったからだと察する。

「まだ一緒に戦いたいのか……?」

 そうだという感覚が伝わってきた。

 ネロは口元に笑みを浮かべると首元の宝石に手をやる。すると宝石が赤いメリケンサックに姿を変えた。

 ネロはそれをガツンッと突き合わせる。


 視線の先には海の方角からこちらへ向かってくる複数の魔獣たち。

 何が起こっているのかはわからないが、戦うことに変わりはない。


「――俺もだ。最後まで一緒に暴れるぞ、ネコウモリ!」

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