第328話 帰省あるある

 里長、エルセオーゼの話を聞いている間に日没となり、山の調査は暗い中では難しいだろうということから一行は朝になるまで休むことになった。

 割り当てられた家はツリーハウスで、円状になっており中央がリビング、そこから五つの部屋に繋がるドアが壁に並ぶという少し面白い作りをしている。他の民家よりやや離れた位置にあるが――恐らく里の住人が外部の人間を歓迎していないという表れだ。離れているのは住人に対するエルセオーゼの気遣いだろう。


 ナスカテスラとステラリカは「俺様たちは実家があるからそっちに行くよ!!」「皆さん、また朝にお会いしましょう」と去っていった。

 ――が。


「イオリ! ヨルシャミ! ああもう誰でもいい、開けてくれー!!」


 見送って一時間ほど経った頃、玄関ドアの向こうからそんな大声が聞こえて伊織はぎょっとした。

 ナスカテスラの声だ。聞き間違えようがない。

 この時ばかりは周囲と離れたツリーハウスでよかった、と思うほど近所迷惑な大声だった。

「ど、どうしました?」

 慌てて迎え入れるとナスカテスラは眉をハの字にした。普段は謎の自信に満ち溢れているため珍しい表情だ。


「ステラリカと家に帰ったら……」

「か……帰ったら?」

「――俺様の部屋だけ物置きにされていた! びっくりだ!!」


 ナスカテスラは頭を抱えながら「ステラリカの部屋は驚くほど綺麗に保持されていたのに!」と嘆く。

「あー……こんなところでも久しぶりの帰省あるあるが……」

「せめて寝るスペースだけでもと少し整理してみたがどうにもならなくてね! あと姉さんに文句を言っていたらうるさいと追い出されてしまった! だから俺様もこっちに泊まるよ!」

「もちろん大丈夫だ。しかしナスカテスラよ、相部屋になるが大丈夫か?」

 ひょいと顔を覗かせた静夏が問う。

 前述の通りツリーハウスの個室は五つ。対してこちらは聖女のパーティーが七名、ランイヴァルのパーティーが九名、合計十六名だ。一部屋を三~四人で使おうかという話になっていた。

 各部屋は王宮の個室よりは狭いものの、ベッドも複数用意されておりさながら宿屋のようになっている。この里に宿はないとのことなので、家具を動かした形跡もあることから事前連絡を受けた里長が準備をしてくれたのだろう。

 ナスカテスラは「いいともいいとも!」と即首を縦に振った。


 結果、玄関から見て時計回りに左から一部屋目が静夏、リータ、ミュゲイラ、ヨルシャミ。

 二部屋目がベラと他の部下二人。

 三部屋目がサルサムとランイヴァルと部下一人。

 四部屋目がミカテラと部下二人。

 五部屋目が伊織とバルドとモスターシェとナスカテスラという組み合わせになった。希望のある者はそれを優先、どこでもいい者はくじ引きにした結果だ。


 モスターシェは「イオリさんと召喚についてもうちょっと話をしてみたいので」という理由で同室を希望したらしいが、王宮付きの治療師では最高位に当たるナスカテスラが突如同じ部屋で寝るとになりガチガチに緊張していた。

 ――本来なら王の孫である伊織がいる時点で緊張ものなのだが、そこは知らぬが仏である。

「はっはっは!! 緊張しなくていいよ、睡眠不足になっちゃ困るだろうしね!」

「その大声でそのセリフを吐くか……!」

「僕、検査の時に死ぬほど寝不足にされたんですけど……」

 それも含めて細かいことは気にしない気にしない! とナスカテスラはバルドと伊織に言い放つ。


 しかしその日の夜は移動の疲労もあり、全員あっという間に眠ってしまった。朝に寝過ごしそうになったくらいだ。

 どうにか目覚め、些かぼさぼさになった髪を整えながら伊織は同じくぼさぼさになったナスカテスラを見上げて言う。

「そうだ、ナスカテスラさん。落ち着いてから訊こうと思ってたんですが――ミッケルバードっていう地名に聞き覚えはありませんか?」

 イリアスのコレクション部屋で見つけた石の採取地。

 それはウサウミウシがナレッジメカニクスに捕えられた際に捕まえたとされる土地と同じ名前をしていた。

 その時に「現在は使われていない名称ではないか」という仮説が立ったのだ。ナスカテスラは1500才を越えるとされている。ミッケルバードは恐らく数千年は前の名称だろうとのことだったが、その頃に生まれていなくてもナスカテスラなら何か知っているのではないか、となったわけだ。

 訓練や儀式、出発の準備などでどたばたしておりなかなか機会がなかったがようやく訊ねられた。

 ナスカテスラは「ふむ? ミッケルバード?」と首を傾げつつベッドサイドの眼鏡をかける。


「そこに何かあるのか?」

「じつは、この……」


 伊織はカバンの中ですやすやと眠るウサウミウシを見せた。

 昨晩は夕飯も終わった後であり、王宮での食事の際にナスカテスラは同席していなかったため、ウサウミウシを直接見せるのは初めてになるだろうか。

「ウサウミウシっていうんですけど、出来れば群れに帰してあげたいなって思ってるんです。けど古い地名らしくてなかなか資料がなくて……」

「ん、んんん? ウサウミウシ……?」

 薄紫色のレンズの向こうで目を細め、ナスカテスラは鼻ちょうちんを出して眠るウサウミウシを凝視した。

 三秒ほど経ったその時、あッ!! と声を――爆音を放ったナスカテスラは、その爆音をものともせず眠るウサウミウシを指して言う。


「クズが大好きだったぬるっとした生き物だ!!」

「ク……!?」

「クズレイン! 救世主ネランゼリの同行者だよ、知らないか?」

「それ名前の一部だったんですね!?」


 前にニルヴァーレにもクズだクズだと言われていたが、まさか本当に名前の一部だったとは思わなかった。

 ナスカテスラは随分昔にネランゼリ一行と会ったことがある、と言いながら着替えを進める。

「随分愛でてたなぁ、そんなに突っ込んだ話はしなかった気がするけど愛だけはビシバシ伝わってきたよ! 好きすぎて各地に定着させようとしてたのはクズだが!」

「やっぱクズだった……」

 同室にモスターシェもいるため、伊織は声を潜めながらナスカテスラにネランゼリの子孫であるネロという少年と交流があったことを明かした。

 ナスカテスラは昔の知人の孫でも見たかのような顔で「へえ! 会ってみたいものだね!」と笑う。

「人間はすぐ血筋を見失ってしまうから、昔の知り合いの子孫に再び巡り合うのは……なんというかな……縁の再確認って感じで嫌いじゃないぞ!」

「ふふ、いつかまた会おうって話になってるんで、その時は伝えておきますね」

 ネロは先祖が忘れ去られるのを是とできないでいた。

 そんな彼に実際に見た先祖の話をできる人物は重要かもしれない。そう考えつつ伊織はウサウミウシを撫でる。


「しかし群れに帰す……か、それってそのウサウミウシが望んでることなのか?」

「……イリアスにも言われました」


 伊織はウサウミウシ入りのカバンをベッドの上に置き、呟くように言う。

 群れに帰す。もしくは出来るのなら召喚元の世界に送り返す。

 それがウサウミウシにとって一番良いことだと思っていたが、実際はそうではないのかもしれない。他人から指摘されて伊織はようやくそういう考え方もあると知ったのだ。

「一緒に旅をして再確認しましたけど、こいつ……多分テイムとかの理由がなくても適応能力がめちゃくちゃ高いんですよ。天敵がいないせいですかね……だから今の状況、ええと、同族のいないパーティーで各所を巡りながら旅してる状況……であったとしても、僕らを仲間として見ながら楽しく生きてるっていうか……」

「ああ、この生き物の生き方はとっても楽しそうだよね!」

「へへ、縄張り意識だけは高いんですけどね。……だから、今こいつが馴染んでるこの場所から離すことの方が酷なことになるのかな、って」

 ウサウミウシ自身に訊ねてみよう、とあれから試みてはみたものの上手くいかなかった。

 言葉がなくても何を望んでいるかわかることはあるが、バイクやリーヴァのように十分なコミュニケーションが取れるわけではない。

 それを伝えるとナスカテスラは眼鏡を押し上げつつ言った。


「それはイオリがサモンテイマーとして未熟というよりは、ウサウミウシが元々コミュニケーションそのものを重視していない生き物だからかもしれないな!」

「コミュニケーションそのものを重視していない?」

「フィーリングで生きてそうじゃないか? 多分生き方のフォーマットが我々と違うんだろう! バイクはヒトの思考をベースにして魂を得たようだし、ワイバーンは元から知能がヒトに近い。だから会話可能だった可能性がある……ホント多分ね!」


 俺様はサモンテイマーじゃないからわからないが! とナスカテスラは笑う。

(テイムした虫も特に何も言ってなかったし、そうか……やっぱそんな感じの理由で言葉のコミュニケーションができないのかな)

 伊織は頷きつつ自分の服のボタンに視線を落とした。

「……とすると、ウサウミウシにこんな込み入ったこと訊ねられませんね……」

「ん? 込み入ってなくないか?」

 ナスカテスラはきょとんとする。

「これからも僕たちと一緒にいたい? ……って、ただそれだけきけばいいんだよ」

 最後の方は音量を絞り、声音を和らげてナスカテスラは言った。

 ウサウミウシはさっき言った通りの生き方をしているから、大切なのは「今」「ウサウミウシが」「どうしたいか」だけだ、と。


 難しいことはスルーしていい。

 なにせウサウミウシも難しいことは一切考えていないのだから。


「……」

「物事に対して深く考えるタイプの君には難しいかもしれないけど、今度試してみるといいよ! 解釈が難しい反応をされたら何度だって試せばいい!」

 しつこく訊かれたからって主人を嫌う生き物じゃないだろう? とナスカテスラが言った言葉に、伊織はこくんと頷いた。

「で、ミッケルバードなんだが――」

 ウサウミウシの答え次第では必要になるかもしれないから言っておこう、と彼は歯を見せて笑う。


「俺様も詳しくは知らないが、クズレイン関連でその地名をよく耳にすることが……あったような、なかったような……! いや、あった気はする……! あったあった!」

「あれだろ、つまり聞き覚えはあるが忘れたってことだろ?」

 威勢よくハネていつもの調子に戻ってしまった髪を手櫛で整えながらバルドが言った。

 ナスカテスラは親指を立てる。

 それはじつに迷いのない動きだった。

「その通り!!」

 でも完全に忘れたわけじゃないぞとナスカテスラは謎の自信を漲らせて言う。

「その土地がそう呼ばれていたのは俺様が生まれるより少し前のことかもしれないが、まあ聞き覚えがあるのは確かだ! 気にしておくから思い出したら教えてあげよう!」

「……! 宜しくお願いします、ナスカテスラさん!」

「ではひとまず身を入れるべきは……調査は騎士団に任せて、我々は本題である目的の器具を探さないとね! 明日物置きを整理しながら探すとしよう! あと……」

「あと?」


「……部屋の掃除も手伝ってほしい!!」


 本題はそっちじゃないのか? というバルドの身も蓋もない言葉に伊織は笑った。

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