第327話 ふるさとの死
仰天した顔になったのはセルジェスとヨルシャミだけでなく、この場にいる『セラアニス』を知る人物全員だった。
それを『何の脈絡もなく驚いてしまった自分への驚きの表情』だと受け取ったセルジェスは慌てた様子で取り繕う。
「す、すみません、ええと……死んだ妹に似ていたので驚いてしまって……!」
「死んだ……妹?」
思わずそう返したヨルシャミの声音には疑問に思う気持ちがたっぷりと籠められており、そこで「やはり妹ではない」と感じ取ったのかセルジェスは恐縮した様子で言った。
「もう随分前に妹が事故で亡くなりまして……もう、ええ、そうですね、千年以上は経とうとしているのに未だに夢に見てしまうほどで」
そこにあまりにもそっくりな少女が現れて取り乱してしまったとセルジェスは正直に謝る。
長命種は人間よりも古い記憶に劣化が少ない。とはいえ個人差はある上、さすがに千年前ともなれば色褪せるものだが、今でも夢に見るほど色鮮やかだということはセルジェスにとってよほど衝撃的なことだったのだろう。
しかし不可思議な点がある。
それは問わなくてはならない。そう決意した伊織は口を開いた。
「でもここはリラアミラードじゃないですよね?」
セラアニスの故郷はリラアミラードのはず。
ここはラタナアラートだ。姉妹里とはいえ他の里である。
セラアニスの父はリラアミラードの里長であるはずなのに、なぜラタナアラートで里長として暮らしているのか。それがはっきりするまでヨルシャミとセラアニスに関することを明かすわけにはいかない気がした。
セルジェスは目をぱちぱちさせて伊織を見る。
「はい、ここはラタナアラートです。……? 僕が元々リラアミラードに住んでたってご存知なんですか?」
「あ、ええと」
質問には答えてもらったが予期せぬ質問を受けてしまった。
いや、予期しておくべきだったのだ。
ナスカテスラに聞いた、というのは先ほど彼がセルジェスの素性を知らなかった点と矛盾するため理由にできない。
慌てているとヨルシャミが助け舟を出した。
「――私の親類がここの出でな。それだけ妹と似ているならお前とも親族かもしれんが、詳しいことは聞いていない故説明できん。すまないな」
「ああ……なるほど」
親族が他所で子孫を残し、しかし伝聞が風化してわからなくなってしまった、というのはこの世界ならままある。
いくら里を出ていくことに厳しい目が向けられている里でも千年の内なら里を出る者もいただろう。ナスカテスラとステラリカもそういった類だ。
セルジェスは深追いはせず「これは広間についてから説明しようと思ったのですが」と切り出した。
「二十年ほど前にリラアミラードとラタナアラートが魔獣に襲われてしまい……リラアミラードはほぼ壊滅、そしてラタナアラートは住人のほとんどは無事だったものの、里長を失ってしまいました」
ステラリカがこの時ばかりはジト目を見開いて口元を手で覆う。
「そんな、里長が……!? それにリラアミラードも壊滅なんて……」
「王都でもそのような話は聞いていませんが」
前へ出たランイヴァルはセルジェスを見下ろして問い掛けたが、セルジェスは冷静に「伝えておりませんので」と答えた。
「防衛に関して我々は誇りがありました。これは……この被害は恥です。里の外に出すことは憚られました」
「しかしここまでの大ごとを」
「我々の事情ですが、否定はしないで頂きたい」
セルジェスは王都の人間にはあまり良い感情を持っていないのか、やや突き放した言い方をすると咳払いをして仕切り直す。
「……そこで姉妹里で協力するなら今こそその時、ということで里を切り盛りするノウハウを持つ我々がラタナアラートの里長に就き、里の復興に努めてきたというわけです」
そのまま続けられた話を聞く限り、セルジェスたち以外に生き残ったリラアミラードのベルクエルフも今はここ、ラタナアラートに住んでいるのだという。
つまり、リラアミラードは事実上すでに存在しないということだ。
「……」
伊織がヨルシャミを横目で見ると、丁度あちらも伊織に視線を向けたところだった。
故郷が無くなった、その情報をどうセラアニスに伝えればいいのか。
家族が生きているというのは救いかもしれないが、それもまだ情報が足りない。
セラアニスとの関係についてヨルシャミが咄嗟に伏せたのも同じ理由だろう。情報が足りないのだ。普通、家族に対してなら明かすのが筋というものだろうが――その選択肢をすぐ選ぶには、事実が重大すぎる。
今はまだ様子見を。
そうアイコンタクトし、ヨルシャミは廊下を進む。
全員が座れるほど広い広間で待つこと数分、そこへ現れたのはエルセオーゼと名乗る男性だった。
目の色がセルジェスそっくりだが、髪質はどことなくヨルシャミにも似ている。
セラアニスの父、リラアミラードの前里長、そしてラタナアラートの現里長だ。
外見は四十代といったところだが、千年前のセラアニスの父親であることを考えるとナスカテスラより年上なのだろう。
彼もヨルシャミの姿を見て目を見開き足を止めたが、セルジェスが経緯を耳打ちするとひとまず落ち着いたようだった。
「――事前に連絡のあったことは受け入れよう。我々も謎の魔獣が住み着いているかもしれない、という不安は払拭しておきたい」
騎士団は王都出発前に里に連絡をし、調査の許可を得ている。その再確認だ。
調査は魔獣についてだけでなく、行方不明になった調査員のことも含まれている。
「ただし留まる期間の上限は二週間だ。それ以上は出直してほしい。その間の宿が必要ならこちらで家を貸す」
「宜しいのですか?」
「里に宿はないのでな」
リラアミラードとラタナアラートでは去る者への対応は同じでも『来る者』への対応は異なっていた。
来訪者に厳しいラタナアラートには旅人向けの宿がない。そしてそれは二つの里が合併した後も、住人のほとんどがラタナアラートのエルフである影響か変わらないようだった。山に点在する小屋もベルクエルフではなく人間が建てたものだ。
ベルクエルフは山に住むが、自分たちが住む領域外のことなら関知しないことが多い。そのため小屋も見逃されていたのだろうが、領域内となると話は別である。
元々派遣されていた調査員は極少人数であり、その際は里長の家に部屋を借りたと報告があった。今の人数だと厳しいとランイヴァルは考えていたが、それでも家ごと用意してくれるらしい。
(態度が軟化したのも里長が変わったからか? いや、しかし騎士団だけで動いていた時よりも明らかに対応が違う)
何か理由があるとすれば――やはり聖女マッシヴ様か。
しかしベルクエルフの筋肉に対する信仰心が篤いという話は聞いていない。
(だが里長交代の件のように聞いていないことも多い、……)
それも含め調査するしかないか。
ランイヴァルはゆっくりと呼吸をすると「お世話になります」と頭を下げた。
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