第338話 最悪の食事
セトラスの食事を一言で表すなら『最悪』に限る。
延命装置を埋め込んでいる者は魔石を摂取することで魔力の補給を行なう必要があった。他にも方法はあるが大抵の者が経口摂取で魔石を『食べて』いる。
魔石が胃に入りさえすれば後は装置がなんとかしてくれるが、そこに至るまでが問題だ。
特にセトラスのように魔法を使えない者は。
人によっては歯に一時的な強化魔法をかけて魔石を齧るなり何なりしているという。セトラスからすれば羨ましい限りだった。
更には食道も強化しておけば傷つくことはない。
一方セトラスはさざれ石状に加工した魔石をざらざらと呑むことになる。
食道が細い者にはつらい作業だ。
――そう、作業である。そしてセトラスにとっては通常の食事も延命に必要なこの食事も同じようなものだった。食に楽しみを見出せないのだ。
命を繋ぐためだけに食べる。そして延命処置済みならほとんど通常の食事はとらなくても一応は死なない。なら魔石だけでいい、とこの食事を続けてきたわけだが最悪なものは最悪だった。
しかし歯を物理的に強化するのは至極面倒。しかも強化したらしたで口内や舌も弄らなくては噛みちぎりかねない。そのバランスを取る時間を考えたら現状を維持してその時間を研究に当てたほうがいい、というのがセトラスの見解だ。
他人の強化魔法を歯に植え付けるという方法もあるが――強化魔法は一時的なもの。つまり食事のたび植え付けなくてはならない。その都度提供者の元へ行かなくてはならないのも面倒だ。
(……まあ昔は試してみたわけですが)
細かな魔石を口に放り込みながらセトラスは思う。
試してみた時はたしかに楽ではあったが、結局「やってられない」という結論に辿り着いた。楽になっても他の面倒事が出来るだけだと気づいた形だ。
シァシァがもう少し機能を改善してくれればいいのだが、なんとなくリクエストをするのは癪に障るため伝えていない。
今日は少し多めに摂っておいた。
魔獣の詳細なデータを取るために今日はカメラアイの義眼を使う予定なのだ。この目も多少は魔力を食う。体内に自力で魔力を溜めておける総量が心許ないセトラスはこうして物理的に増量しておくのが一番手っとり早い。
ただし多く摂っても超過分は長く体内に留まれないので、作業に時間がかかるなら何度か『食事』をしなくてはならないだろう。
「……本当、難儀なことですよ」
うんざりした顔で呟きつつ、セトラスは最後の一粒を飲み下した。
***
ランイヴァルたちはエルセオーゼの許可を貰って山の中の一定範囲内を虱潰しに調べたが、数日経っても何も発見することができなかった。里の中もそうだ。
ステルス機能を有した魔獣である可能性が出てきたものの、そうすると目撃証言があったのが気にかかる。
さあ、次はどうしようかと考えていると道の向こうから静夏が歩いてくるのが見えた。
手には何かの包みを持っている。随分小さく見えるが静夏の体躯との対比のせいだ。
「オリ……シズカ様、どこかへ向かう途中ですか?」
「ああ、少し手が空いたので伊織たちに差し入れをと思ってな」
「なるほど、差し入れですか」
正確な時刻はわからないが、そろそろ昼時だろう。
静夏は包みに視線をやって言う。
「本当は私が作ってやりたかったんだが……厨房を借りたら包丁が折れてしまってな」
「包丁が……折れ……」
「幸い壁にも人にも当たらなかったが、やはりまだまだのようだ」
昔は吹き飛んだトマトで天井に穴が開いたことがある、と静夏は照れ臭そうに続けた。なぜトマトが天井を貫通したのかは気になるが、なんとなく深追いしてはならない気がしたランイヴァルは話を逸らした。
「……とすると、それは他の方が作ったのですか」
「そうだ。サルサムに頼んだ」
せめて届けることくらいは自分の手でしたくてな、と静夏は微笑む。
「おっと……だというのに引き留めて申し訳ありません」
「いや、気分転換になって嬉しかったぞ。……ランイヴァルたちもたまには休憩を取ってほしい。時間は有限、特に今回は期限もあるが根を詰めすぎては見落とす事柄もあるだろう」
「ありがとうございます、我々も……そうですね、この後は昼食にしましょう」
ひとまず次の予定は決まったわけだ。
更に後の予定は昼食をとってから決めます、とランイヴァルは笑って頷いた。
***
服を着たリスがずらりと並んでいる。
事前命令式の召喚術でニルヴァーレが呼び出したのは通常のリスよりは大きい、しかし両手に乗るサイズの召喚獣だった。
彼らは伊織に憑依したニルヴァーレの魂経由で契約を結んでいるため、苛烈なほど強い伊織の魂に妨害されることなく呼び出すことができた。
ニルヴァーレの憑依が切れた後も『目的の品を見つけるまで整理を続ける』という目標を達成するまで消えないそうだ。
「そうだ、ニルヴァーレさん。今日はリーヴァにも手伝ってもらいますね」
「おや、今まで呼び出してなかったのかい?」
「この作業だとどうしても人型になるわけじゃないですか、けど里の中に里長が許可していない人が増えたら里の人が混乱するかなと思って……けどやっと倉庫の中だけでも作業できるようになったので」
足の踏み場もないということは足の踏み場を作るために物を一旦外に運び出す必要があるということだ。
それがようやくスペースに余裕ができて倉庫内でも行なえるようになった。つまりリーヴァを他の住民に見られないよう隠しながら手伝ってもらえるということだ。
注意は必要だがワイバーンの腕力はなかなかのもの。整理の戦力としては申し分ない。
(これで今日のうちに目当てのものを見つけられるかも……)
そうすれば自分も早く魔獣の調査に加われる。
そんなことを思いながら、伊織はリス型召喚獣たちに心の中で頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます