第337話 僕が手を貸してあげようか?
リータたちが同行した騎士団の聞き込み結果。
静夏たちが里長に直接聞いてきた話。
それらの情報を統合し共有したのは夕飯の席でのことだった。――本来なら専用の時間を設けたいところだが、丁度全員が一ヶ所に集まるタイミングだったため夕飯を取りながらと相成ったわけだ。
まず騎士団が聞いた魔獣の目撃証言。
シルエットからの判断だが、百足は大百足と呼んで差し支えない大きさをしていたという。体の色や本来の百足と異なる点があるかまではわからなかったそうだが、体の形と脚の多さはまさに百足だったと男性は語った。
何であれ大きければ大きいほど目立つ。
ならばどこかに痕跡があるはず。
調査員はその痕跡を見つけたようだが、急いで飛ばした連絡には記載されていなかった。
代わりに記されていた緊急の意思伝達用簡易サインは『会って直接伝える』という意思を示すもので、このようなサインを用いていることからも急いていたことが窺える。
ただしこの段階で里の住人に被害がなかったことから、急いてはいたが身の危険はさほど感じていなかった可能性はあった。
「そこを狙われたのかもしれませんね……一応調査員が使用していたという家も確認しましたが、おかしなところはありませんでした」
失踪後に片付けられていたのであまり参考にならない情報ですが、とランイヴァルは続ける。
この世界にも現場の保存という概念はあるものの、派遣された人間が現地に居ない状態且つ異種族の里で「長期間そのまま保存しろ」と指示するのは至難の技だ。
続けて静夏たちがエルセオーゼから聞いた話。
魔獣は夜行性である可能性がある。
また、旅人が訪れるまでは被害の報告はなかったという。例えば被害扱いではない失踪者――人知れず消えた者もいなかったそうだ。
そして今のところ襲われたのは余所者しかおらず、今現在を含めて里のベルクエルフに被害はない。
「魔獣の外見はわからないと言っていたが、目撃した者が伏せていたのなら致し方ないことだな」
静夏は「百足か……」と眉間にしわを寄せた。
「見た目通りの特性を有しているかはわからないが、毒があるなら注意したいところだ」
「回復魔法と解毒魔法はややジャンル違い故、解毒を使える者を事前に把握しておいた方がいいであろうな。なお! 私は使えるぞ!」
「俺様も使えるよ! あと魔法じゃないがステラにも数種の解毒剤の調合法を教え込んであるから、緊急時は頼るといい!」
ナスカテスラはにっこりと笑いながら言う。
自分の話より姪の話の時の方が得意げな顔だ。
「で、イオリたちの方はどうなんだ?」
コップを手に取りつつサルサムが問う。
伊織は苦笑いを浮かべながら答えた。
「いやー……ははは……それが二日目も難航してまして……」
「サルサムよ、お前も一度見にきてみろ。凄いぞあの倉庫は……魔窟だ……」
「ああ、わかった。絶対行かないって今決めた」
そう断言してから水を口に含み、サルサムはちらりとバルドを見る。
「だが謎が解けた。だから生気がないのか、あいつ」
「重いものはバルドかナスカテスラさん任せになってましたからね……」
「そして俺様は巧みな回避スキルでその八割くらいをバルドに流していたぞ! ごめんね!!」
「そんな明るい声の謝罪聞いたことないぞ!?」
イスの背もたれに全体重を預けていたバルドはがばっと前のめりになると悲壮感漂う声で言った。
「いや本当にヤバいんだよあの倉庫! 通販会社の倉庫みたいな整った場所じゃなくて田舎の物置きの規模をそのままデカくしたようなやつなんだよ……!」
「バルド、それ若干伝わらないと思う……」
伊織が小声で言うとバルドはきょとんとしてから頬を掻いた。
「あ、あー……とりあえず奥に行くほど足の踏み場すらなくなるんだ、棚を見る前に足元から片付けなきゃならないから手数の多いこと多いこと!」
「お姉ちゃんの部屋、一時期そんな時あったわよね」
「ぎゃー! 今それを言うなよリータ、すげーヤベェ部屋想像されるだろ!?」
思わぬ流れ弾を食らったミュゲイラが叫び、伊織は肩を揺らして笑う。
ヨルシャミも笑いつつバルドを見た。
「見つかるまで我々は倉庫整理の任から逃れられん。今はしっかり食べて体力を回復しておけ、バルド」
「くっ、なんであの時自ら志願したかなぁ、俺……」
「そういうのを後の祭りって言うんだ」
サルサムのツッコミにぐったりとしながらバルドは頷いた。
***
倉庫整理三日目。
バルドが声も出ないくらい疲れ果てたものの、整理のコツを掴んだため前日よりは早いスピードで進めることができた。
しかし道具発見には至らず。
倉庫整理四日目。
一部の棚に積まれていた箱が崩れてきて伊織は死ぬかと思ったと後に語った。
致し方なくそこを優先して整理するが、特にそれらしいものは見つからず。
倉庫整理五日目。
滞在の上限は二週間であるため多少焦り始める。
ナスカテスラは「最悪俺様とステラリカだけ残って探し続けるのもアリだね!!」と言い放ち、ステラリカに「残るのはナスカおじさんだけにしてくださいよ!」とツッコまれていた。なおわりと本気のトーンである。
――そして六日目。
「次の整理の際は僕が手を貸してあげようか?」
そう言ったのはニルヴァーレだった。
憑依訓練により憑依していられる時間は伸び、今はタイミングによるが大体三十分から一時間ほど継続していられる。ただし後半はニルヴァーレ曰く「相変わらず体を炙られてるみたいだけどね!」らしい。
しかしいくらなんでも倉庫整理をするには短い時間だ。
そう伊織が思っているとヨルシャミが「ああそうか!」と手を叩いた。
――なお、今日は男性の姿のため少々仕草の可愛らしさが妙な目立ち方をする。
「そうだそうだ、私は魔力消費をセーブするために控えていたが……こやつに召喚術を使わせて手を増やせばよかったのだ!」
「でも整理しながら探すのってそこそこかかるし、召喚術を使っていられるのは短い間になるんじゃ……」
ヨルシャミがセーブしていたのもそれが理由だ。効果を期待するなら時間をかける必要がある可能性が高い。
焼け石に水では? と思っているとヨルシャミがニルヴァーレを指した。
「ニルヴァーレは事前命令式召喚術が上手い」
「事前命令式?」
「こやつがネコウモリで使ったものだ。永続ではないが事前に与えた命令が活きている限り残り続ける。その分魔力は要るが、たしか消費を抑えるのも上手かったな?」
「へえ! よく覚えてくれてるじゃないか、ヨルシャミ!」
魔法関連だからだ、と言い切ってヨルシャミは伊織を見る。
「今までの召喚もニルヴァーレの魂経由故、今回も呼び出すのに特に支障はあるまい。どうだ、次回は試してみないか。……早く終わらせてお前の治療をしたい」
「ヨルシャミ……」
伊織は自分のために真面目に考えているヨルシャミと、手を貸してくれるというニルヴァーレを交互に見て嬉しそうに笑った。
「……うん、やってみよう。宜しくお願いします!」
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