第335話 ある夜の目撃証言
ラタナアラートの住人は口が固い、というよりもまずランイヴァルたちの接近を察知すると家の中へ姿を消してしまうのが問題だった。
話術を駆使してなんとか情報を得ようと思っても、まずその前段階――交流から拒絶されるのだ。
里長のエルセオーゼたちですら歓迎していたのは聖女一行のみ。
これは難航しそうだ、とランイヴァルが心の中で溜息をついていると後ろから明るい声が聞こえた。
「ランイヴァルさん！ この方が話を聞かせてくれるそうです！」
――聖女一行のひとり、フォレストエルフのリータだ。
どうやら情報提供者を見つけたらしい。提供者の男性は先に家に戻って準備をするからしばらくしたら来い、と言って去っていく。
「なんと……」
やはり同じエルフ種なら話しやすいのだろうか。
そんなことを思っているとリータが微笑んで言った。
「やっぱりラタナアラートのベルクエルフは警戒心が根強いので……リラアミラード出身の方を探してみたんです」
「リ、リラアミラードの？ たしかにそちらの里なら話を聞かせてくれそうですが……」
リラアミラードは来る者拒まず去る者は追う文化である。つまり同胞以外への耐性がこの里出身の者より高いのだ。
それでも大抵のベルクエルフは余所者を見ると家に姿を消す。
そこから訊ねに行けばリラアミラード出身者なら教えてくれるかもしれないが、ラタナアラート出身者だと余計な反感を買い、更に警戒されてしまうわけだ。
何か判断基準があるのだろうか。
これは有益な情報かもしれない、とランイヴァルは素直に頭を下げて教えを乞う。
「申し訳ない。我々はどうにも他種族の知識に乏しく……もし見分けるヒントがあるなら教えて頂きたい」
「へ？ あっ、えっと、簡単ですよ！ リラアミラードのベルクエルフの方が緑の髪の色の出方がちょっとだけ明るいんです」
「ちょ……っとだけ、明るい……？」
たしかにセルジェスの緑髪とナスカテスラの緑髪はほんの少しだけ差がある。
里を形成して生活する種族は血が濃くなりがちなため、外見の特徴が似ることが多いが――これはまさしく「ちょっとだけ」の差だった。
「ああ、それだけが判断基準じゃないぞ」
リータの隣に立っていたサルサムが腕組みをして言う。
「さすがにリータさんもこれだけで声をかけていいか迷ってたからな」
「では他に何か……」
「家が周りより比較的新しいんだ。たしかリラアミラードが潰れたのは二十年くらい前だろ、それなりに経年劣化もするが元からここにある家ほどじゃない」
魔獣の被害で壊れた家が建て直された、もしくは新築で作られたという可能性もあったが、住んでいる者の特徴と合わせて総合的に判断しリータの後押しをしたという。
「あとそれに……なんというか、余所者を見つけるとラタナアラートのベルクエルフはお互いにアイコンタクトで情報共有して身を隠してる節があるんだが、中には孤立して反応が遅れてる人も混ざってたからな」
多分、さすがに姉妹里とはいえ里の合併を行ない同じ地で暮らすことまでは想定していなかったんだろう、とサルサムは言った。
要するにラタナアラートのベルクエルフから見ればリラアミラードも余所者。親しみはあるもののコミューンの一員としてはまだ迎え入れられていないのだ。
表向きは交流もする。しかし情報の共有を行なうレベルではない、と。
まあどれもこれも予想だけれどな、とサルサムは腕組みを解いた。
「なるほど……よく見ていらっしゃる……」
「聞き込み対象の選択肢は狭まるが、誰からも何ひとつ訊けないよりはマシだろ」
もちろんです、とランイヴァルが頷いたところで、情報提供者から準備が出来たと合図があった。
簡素な作りの家の中で聞けた話は魔獣に関することだった。
まず二十年ほど前に里を襲った魔獣は二つの里の者総出で討伐済み。熊のような外見でおぞましいほどの凶暴性を持っていたが、最後はエルセオーゼがとどめを刺したという。
そのためもし今この里に何らかの魔獣がいるなら、それは別物だろうということらしい。
「あと――お前らの、騎士団の調査員だったか。それが最初に消えた夜に見たんだよ」
ベルクエルフの男性はカーテンの向こう側にある窓を気にしながら言った。
「……長い影だ。そして大きかった。あのシルエットは熊じゃない」
「ヘビ、とかでしょうか……？」
いいや、と男性は首を横に振る。
「あれは……百足だよ」
＊＊＊
騎士団がラタナアラートへ派遣されたのは、強力な魔獣がいるかもしれないという情報によるもの。
その情報の最初の出どころははっきりとしている。里を訪れた旅人たちだ。
ラタナアラートの特性を知らずに訪れた旅人は追い返されるのが常だったが、今はリラアミラードの特性も加わり僅かに軟化しているため、この旅人も珍しく里に迎え入れられた者だった。
とはいえ一晩だけだったが、その夜に仲間と共に何かに襲われ、交戦中に仲間の一部が姿を消してしまったのだという。
その消えた仲間はまだ見つかっていない。
腕に覚えのある旅人だったため、野生動物ではないだろう。なら魔獣か。という話になったらしい。
しかし生き残った旅人はその姿をはっきりと見ておらず、そこで派遣されたのが最初の調査員だった。
彼は里を調査し、そしてたしかな魔獣の痕跡を見つけた。
これは手に負えないと思ったのか、鳥による一報を王都に送ったのち――消息を絶ったのだ。
里には武器を含めた荷物一式が残されており、近くで争った形跡もあった。その上で安否がわからない場合、経験上ほぼ命はないだろうとランイヴァルが予想してから何日も経過している。
しかし王都としてはまだ失踪しただけという可能性もあるため大きく動けない。
そこで次なる調査員を派遣。
今度は人員不足の中で人数も増やし、安全面にも考慮したが再び一人消息を絶ってしまった。
そこで少人数でも選りすぐりの者を再派遣したわけだ。
ランイヴァルとしては姿を消した調査員はすでに命を失っているだろうと考えている。彼らはどんな状況でも連絡を第一に動くよう訓練されており、その訓練にはランイヴァルも携わっていた。
彼らの力を信頼しているからこそ、最悪の予想の信憑性が高まってしまうという状況にはよく胃を痛めていたが――もし。
もし、何か特別な理由で連絡を寄越せず、生きているなら助けてやりたい。
その気持ちは自らの手で調査を進めるたび強まっている。
魔獣の外見情報を知ることができたのは大きかった。本当に魔獣がいる、という確信への第一歩でもあるのだ。もし今回真相に辿り着けなかったとしても、魔獣がいるという事実さえはっきりすれば王都ももう少し大きく動けるようになるだろう。
「……しかし、その、目撃証言を今まで伏せられていたのは複雑な気持ちになりますね……」
証言者の家から離れたところでベラがぽつりと言った。
百足の姿をしていたというのは初めての情報だ。調査員が魔獣について調べるために里へきて失踪したことは里の者たちにも伝わっていただろう。そういう情報の伝播は早い。
しかし先ほどの男性は今の今まで言わなかった。
「あの人も怖かったのかもしれませんね、それに……」
リータは視線を落とす。
「調査員が消えた夜に魔獣の姿を見かけたってことは、もしかしたらその段階で自分が知らせなかったから被害が出たって思っていたのかも」
「そう、でしょうか……」
「同じエルフ種だからって見る目が甘いかもしれませんけれどね」
もし見殺しにしたも同然だと考えていればおいそれと口には出せなかった可能性もある。
ベラとしては本当に甘いなと思うが、それと同時にやっぱり聖女の息子の仲間だなという感想も湧いてきた。悪い意味ではない。基本的にあの一行は人が好いのだ。
「ランイヴァルさんたちも気に病まないでくださいね……？」
「いえ、我々は……、……」
リータはランイヴァルたちがここへ来るまでに時間を要したことを指している。
原因は様々だ。
人手不足、情報の少なさによる動きにくさ、他の急を要する事件の多さ、王都での騒ぎ。
それらを聖女一行の手を借りて処理し、強化訓練まで受け、今ここに立っている。ようやく立っているのだ。時間は明らかに経ちすぎていた。
訓練なしで飛び込んでもよかったが、あの時の実力で任務をこなしていくことに不安を感じ始めていたのも事実。
更には少人数での調査を強いられることを考えると、二の舞を避けるためにも必要なことだった。
（しかし……感情としては納得していない）
きっとリータが察したのは、彼女たちにも似通った気持ちがあるからこそ。
先ほどの見殺しにしたかもしれないという予想も、もしかするとこの気持ちから湧き出たものなのかもしれない。
「……そう、ですね」
ランイヴァルは言いかけた否定の言葉を飲み込むと、しっかりと頷いて「ありがとうございます」と礼を言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます