第301話 ニルヴァーレにおねがい!
「へえ! やっと報告できたのか、肩の荷が下りただろ」
しばらくぶりの夢路魔法の世界にて。
不在だった間に起こったことを話すと、ニルヴァーレは王都やゴーストスライムの件より先に伊織たちがようやく自分たちの関係について仲間に明かせたことについて触れて喜んだ。
伊織は嬉しそうに「はい」と頷く。
「緊張してどうなることかと思いましたけど……なんとかきちんと話せました」
「ははは、僕もその時もっと傍にいれば聞けたんだけどなぁ」
ニルヴァーレの魔石は少し離れた荷物の中にあったため声までは聞こえなかったらしい。
同席してもらえばよかったですねと伊織が申し訳なさそうにしていると、ヨルシャミが両腕を組みながら言った。
「ところでニルヴァーレよ、……なぜそんな遠くにいる?」
伊織も気になっていたことだ。
ここへ来た当初は普通に目の前に立っていたのだが、話している間に徐々に離れていき、今では少し離れた大木の根元に座っている。あまりにも自然な動きだったので話が終わるまで言及できなかった。
ニルヴァーレはわざとらしく笑うとマントの陰に隠れた。何とも不可思議な行動である。
「いやー、なに、ちょっと思い出し照れをして戸惑っているところさ」
「思い出し照れ?」
「なんだ、桜並木のあれをまだ引きずっているのか」
「それもあるけど違う。……これ僕が言わないとダメかな?」
ちら、とマントの隙間から覗くニルヴァーレにヨルシャミは「気色悪いからさっさと言え」と半歩引く。
ニルヴァーレは珍しく歯切れの悪い様子を見せたが、ついに観念したように言った。
「……イオリ、君少し前にイリアスとかいう少年に凄いこと言っただろ」
「凄いこと? ……あ」
伊織は合点がいった顔をする。
ナスカテスラの元にいるヨルシャミを訪ねに行った道中でイリアスと遭遇した時のことだ。
あの時伊織は持っていかれ加工されそうになったニルヴァーレの魔石を奪い返して言ったのである。
――悪いけど、この人は今が一番美しいんだ、と。
「……あれ!? あれで照れちゃったんですか!?」
「いや、なんか喧嘩してるなぁと微笑ましく聞いてたら不意打ちだよ! あんなの照れるに決まってるだろう!?」
ニルヴァーレは自分の美しさは認められて当然と思っているが、自分が「美しい」と思っている者から賞賛されると大いに照れる。それは桜並木を三人で歩いた時に判明したことだった。それが今回も起こったわけである。
眉間を押さえたヨルシャミはずんずんとニルヴァーレに近寄るとマントを引っ張った。
「ええい情けない、ほら立て! こっちへ来い!」
「ヨルシャミだって同じようなことを言われれば照れるだろう!?」
「私が照れようが照れまいが今もじもじしているのはお前故な! それに頼み事があるのだ、しっかりしろ」
普段からは考えられないくらい赤い顔をしてマントを引っ張り返していたニルヴァーレは「……頼み事?」と動きを止めた。
「ヨルシャミ、君から頼み事なんて珍しいな」
「私としても乗り気ではないがな、少し思うところがあったのだ」
ニルヴァーレを定位置に戻したヨルシャミは咳払いをする。
頼み事、というのは伊織も初耳だ。今夜は報告をして久しぶりの訓練をしたら終わりだと思っていた。
ヨルシャミは伊織に視線をやる。
「ゴーストスライムが結界を擦り抜けた件、お前にも理由の予想を話したろう?」
「うん、多重契約結界はそれぞれで受け持ってるNG対象があるけど、人間に入り込んだゴーストスライムは対象外だったってやつだよな……?」
「そうだ。まだ検証が必要だが、どの道その多重契約結界を強化することになる。……が、これとは別に防衛力強化も必要だと私は思うのだ」
ヨルシャミは再び腕組みをして続けた。
「騎士団は普通の人間と比べれば手練れ揃いだが、やはり昨今の魔獣の進化により役者不足となっている。本人たちも自覚していることだろう。しかし伸び代があると私は感じた」
「伸び代……あ、もしかしてヨルシャミが鍛え直すとかそういう……?」
「うむ! ……が、私だけでは手が足りん。故に」
ヨルシャミはじっとニルヴァーレを見上げる。
「……ニルヴァーレよ、お前にも手伝ってほしい」
それを聞いていた伊織は首を傾げた。
たしかにヨルシャミ一人では手に余る。それに昔より上手くなったとはいえ、教え方がニルヴァーレほど上手くない。
ここでニルヴァーレが協力すれば騎士団のスキルアップも早くできそうだが――その手段が謎だった。
「本当は嫌だが……訓練にもなるだろう。イオリの体を借りて講師をするのだ」
「ぼっ、僕の体で!?」
「そうだ。危ない橋を渡るはめになるが、そのぶん得るものも多いだろう。無論、今回はイオリの意識を残すのだぞ。お前も学ぶべきことは学ばねばな!」
露天風呂に入った時も訓練の一環だったが、講師ともなると長い時間拘束されるのではないか。
そんな不安が過ったが、その辺は説明して上手くやるとヨルシャミは言った。
「私もしっかり目を光らせておこう。まあイオリの魂に隠れると大抵のものは見辛くなる故、見落とす可能性もあるが……」
「ヨルシャミは僕のことをよく見てくれてると信じているよ」
「さっきから気色悪いわ!」
ヨルシャミにそう吠えられながらニルヴァーレは笑った。
「とりあえず僕はいいよ! 手を貸してあげよう、制限時間も伸ばしておきたいしね!」
「ニ、ニルヴァーレさんがいいなら僕も協力します、けど……本当に大丈夫ですか? それに教える相手は僕じゃなくて騎士団の人たちですよ?」
ニルヴァーレは伊織とヨルシャミだからこそ手を貸している節がある。
赤の他人、しかも大勢を相手にストレスなく事を運ぶことができるのだろうか。
そう思い伊織が問うと、ニルヴァーレは「長い人生だし、たまには美しくない者たちに施しをしてやるのも吝かではないさ」と口角を上げた。――なんとなく余計に心配事が増えた気がする。
そんな漠然とした不安を抱いたところでヨルシャミが前に出てはっきりと言った。
「――さて、ではもう一つ頼み事だ!」
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