第264話 静夏の実家

 二日経ち、三日経ち、四日経った頃。


 再びボシノト火山に赴くと、不思議と火山として活動していた痕跡が一切合切無くなっていた。

 徐々に治まったというわけではない。更には一度噴火をした際に周囲に流れ出ていたという固まった溶岩までもが姿を消していた。

 これについてはヨルシャミが「火口及び流れ出た溶岩は不死鳥が自らの住処とすべく変異させたものだったとすると、世界から魔獣の一部と認識され消え去ったのではないか」と語っている。死んだ魔獣は死体が残っても土に還らず消え去るため、これが溶岩諸々にも適応されたのではないか、ということだ。


 ここから考えられることはひとつ。

 不死鳥はナレッジメカニクスに連れ去られた先で死んだ可能性が高い。


 火山の異変もなくなり、ララコアの温泉にも影響はなく、周囲に新たな魔獣が湧くこともなく、更に数日経って静夏はようやくこの地から離れることに決めた。

「元々ここにいたもう一羽の魔獣も気になるが、魔獣は追っていった者を討つまでは戻ってはこないだろう。ならこちらから探しに行った方がいい」

「たしかに何年もここで待つことになるかもしれないもんな」

「それを含む情報収集及び伊織の味覚を治癒させるすべを探すために向かいたい場所がある」

 向かいたい場所? と静夏の言葉にバルドが首を傾げる。

 人の多い大きな街だろうか。そう漠然と思っていると静夏は「伊織やリータはよく知っているだろうが……」と二人を見た。


「ベタ村だ」

「べ、ベタ村……!? 今ここで!?」


 ベタ村は伊織が生まれ、今の年齢まで育つまで肉体を世話してもらった村である。

 要するにこの世界における伊織の生まれ故郷だ。

 筋肉信仰がとことん厚い以外にこれといって目立ったところのない村だったはずだが、そこに情報収集に役立つものや治癒方法が隠されているのだろうか。

 しかし静夏は「ベルに用がある」と付け加える。

「ベルさん……ええと、僕の体のメンテとかしてくれた魔導師さんだよな」

「うむ」

 ゴーストゴーレムから村を守る際に村人全員が入れる結界を張ってくれたこともある魔導師の女性だ。

 伊織が懐かしさを感じていると静夏が何かを言い淀んだのがわかった。ここしばらくこれに近い様子を何度も目にした気がする。

(……母さん、何か話しにくいことでもあるのかな)

 そう思っているとヨルシャミと目が合った。

 同じことを考えていたのか、ヨルシャミは伊織に耳打ちする。

「話したくないことではなく、話したいが迷っていることのように感じる。後押ししよう」

「……! うん」

 頷く伊織に頷き返し、ヨルシャミは「シズカよ」と声をかけた。

「何か話すべきことがあるなら我々はいつでも聞こう。それにより何かデメリットがあろうが、漠然とした話であろうが、何であったとしても否定することはない」

「母さん、口外はしないから何かあるなら聞かせてくれ。それに色んなことがあったし、今更ちょっとやそっとのことじゃ驚かないからさ」

 二人の言葉を聞いたミュゲイラやバルドたちも同意するように首を縦に振る。

 静夏はしばらく言葉に詰まった後、肩から力を抜いて笑みを浮かべた。

「皆……ありがとう、そして気遣わせてすまない。我々は仲間だ。故に話せば受け入れてもらえるとわかってはいたが――この世界の故郷を出てからずっと伏せていたことでな、少し心の準備が必要だった」

 静夏は呼吸を整えて言う。

 故郷を出てから、ということはベタ村を出てからずっと我慢していたことがあるのだろうか。

 そう伊織が思った数秒後にそれは否定された。


「まず、私の故郷はベタ村ではない」

「……へ?」

「形式上はベタ村ということになっているが、それは事情を話した村長の配慮によるものだ」


 事情、と伊織は口の中で反芻する。

 静夏は伊織よりも大分先にこの世界で生まれ、28年間生きてきた。最近意識を取り戻したばかりの伊織と違い、その間に様々なことがあっただろう。それは察していたが、配慮が必要、しかもその配慮が出身地の偽装というのは一体何故なのか。

 己の顎をさすった静夏は再び口を開く。

「私が伊織を生んだように、私をこの世界に生み出した両親――この世界での両親がいる。この場合は伊織の時と事情が違う故、処女懐胎ではなく父親は正真正銘の父親だ」

「……え、え、僕おじいちゃんとおばあちゃんいるの? え、マジで?」

 伊織としては寝耳に水だ。

 しかしありえないことではない。少し面食らいはしたが、驚かないという有言実行をすべく冷静になる。

「肉体の血縁だがいるぞ。あとは伯父……私の兄と弟もいる」

「ふ、増えた……。あ、もしかしてその人たちが何か情報を持ってるとか?」

 ならなぜベルを経由するのだろうか。

 不思議に思っていると静夏はベルについて話し始めた。


 ベルの本名はベルティーラナティカといい、元々他の大陸からやってきたところを宮廷魔導師として採用されたのだという。

 そういえば本名は長いって言ってたなと伊織は思い返した。

 ベルは宮廷魔導師として重宝されており、今なお人脈が活きているらしい。

「ベルが村へ来たのも聖女の調査という名目だった」

「たしかそのまま母さんの在り様に惚れ込んで村に居ついたんだっけ……?」

「それは……凄いな、普通宮廷魔導師を辞めるなんて本人が望んでも上がなかなか許可しないぞ」

 重宝した分だけ外に出したくない情報を持った人物になるのだ。そう簡単に管理下から外すことはないはずだ、とサルサムは言う。

「そこは、その、父様の計らいがあってな」

「父様の?」

「私が救世主として活動するにあたり、大規模な迷惑をかける可能性が高かった故、表向きの縁は切ったんだが……やはりこんな私でも子として案じてくれていたようでな」

 静夏は自身の大きな手の平を見下ろし、そこに父親の面影を見たのか目を細めた。

 そして言う。


「この世界での私の父は、国王なんだ」


 国王。

 つまり首都にラキノヴァを据えたベレリヤ国の王ということだ。――ということはすぐに理解できたが、それが母親の父だということがなかなか頭に浸透しない。伊織は固い表情のまま隣のヨルシャミを見る。ヨルシャミもどう返事をすべきか迷っている顔をしていた。

「……あの、さ」

「なんだ……?」

「驚かないって言ったけど驚いていいかな……」

「わ、私は許可しよう」

 伊織はありがとうと小さく言うと、頭を抱えて丸まった。

 それと同時になるほど、騎士団の話題の際に妙なことを口走っていたのはこれか、と納得する。

 納得はしたが驚くものは驚くのだ。


「ビッ……クリした……ッ! いやつまり僕のおじいちゃん王様なの!?」

「そうなるな」

「伏せる必要があったのはともかく、なんで僕にまで黙ってたんだ……!?」

「それに関しては本当にすまなかった。その……目覚めたばかりで覚えることが多い伊織には少々インパクトがありすぎる話だと思ってな、話すにしてももう少し後にしようと考えていたんだ。そもそも再び血縁者として王都の者と付き合うつもりがなかった、というのもあるが……」


 インパクトを心配するならもっと他にも色々あったわけだが、説明を聞いて伊織はそれ以上追求できなくなった。悪意からではないのだ、それに驚きつつも受け入れるつもりではある。

「そ、そういうことならわかった。じゃあ……ベルさんに会うのは、その」

「父様たちにコンタクトを取ってもらうため、だな。私が直接赴くといらぬ詮索をされる可能性がある故、秘密裏に招き入れてもらえるか交渉してもらおうと思っている。――宮殿にはとても腕のいい治療師がいる。もしかすると伊織の味覚の治し方を知っているかもしれない」

 これがベタ村に一旦戻る理由だ、と静夏は言った。

 伊織としては自分のためにそこまでしてもらうのは申し訳ない気持ちだったが、騎士団経由の魔獣情報や各地の異変についても聞けるかもしれない。そう思うと選択肢としては有りだ。


「かなり驚いたけどさ……静夏が実家に帰るのが嫌ってわけじゃないんなら、まあ里帰りするかーって軽い気持ちで帰ってもいいんじゃないか?」

「実家ってお前な……」


 にこにこしながら提案するバルドにサルサムが半眼になる。

 合ってるだろ~、と言いながらバルドはヨルシャミを見た。

「たしか王都って色んな防衛機構があるんだろ、ナレッジメカニクスも下手に手を出してこれないんじゃないか?」

「私が知っているのは千年前の王都だが、まあその頃からそれなりであったな」

「なら父ちゃん母ちゃんに顔見せがてら行くのもいいと思うぞ。計らいがあったってことは別に不仲ってわけじゃないんだろ?」

 静夏はバルドの言葉に頷く。

 伊織は前世の静夏の実家のことを思い出した。織人と一緒になるために家を出た静夏だったが、なんだかんだありつつも実家の父母は遠い場所から静夏をサポートしていた。こちらの父母も似た性質なのかもしれない。

 伊織は母方の祖父母を含めた親戚は少し怖くて壁を作っていたが、今ではそれが悔やまれる。資産家特有の圧や厳しさはあったが確実に悪い人間ではなかったのだから。

(……王様って聞いた時は驚いたけど)

 前世の祖父母に感じていた壁のせいで後悔しているなら、今ここで同じ後悔をしないように考えを改めることも大切だ。

 身分に関係なく、この世界での自分の祖父母なら一度会ってみたい。

 伊織は情報を得る目的に関係なく、純粋にそう思った。


「……母さんさえ良ければ、僕も母さんの家族に会ってみたいな」


 受け入れてもらえるかわからないけれど、と小さく付け加えると、静夏は少し驚いた顔をしてから口元を緩めて言った。

 きっと大丈夫だ、と。

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