第263話 バルドとオルバート

 バルドとオルバートが似ている。


 そんな静夏の言葉に伊織もバルドも目をぱちくりさせた。

「たしかに似て……る?」

「いや、でも、うーん」

 記憶にあるナレッジメカニクス首魁の少年とバルドの顔を見比べて伊織は首を傾げた。

 バルドの幼少期はあんな感じだったと写真でも出されれば納得するかもしれないが、どうにもタイプが違いすぎてピンとこない。しかし髪色はよく似ていた。

 伊織は記憶をなくす前のバルドに子供がいたのではないか、という憶測が出ていたことを思い出す。

 つまり静夏は少年とバルドに何か関係があるのでは、と考えているのだ。もちろん本人の言っている通り確証はなく、ただどことなく似ているというだけだ。

 そう思っていると静夏が記憶を思い返すように視線を下げて言った。


「……伊織からは見えなかったようだが……ミュゲイラの最後の一撃であの少年は小さな切り傷を負っていた」

「傷……」

「それが回復魔法もなしにあっという間に治ったのを見たんだ」


 伊織は無意識にバルドを見る。

 不老不死と思しき力でバルドはどんな大怪我でもあっという間に治してしまう。

 そしてミヤタナとミヤコの件を鑑みるに、転生者の能力は遺伝する可能性があるのである。

「いや――さすがにそれはあるまい」

 そう口を開いたのはヨルシャミだった。

「少なくともあやつとは私が捕まった時に相対している。千年以上前だぞ」

「バルドがその頃から生きてるって可能性もあるだろ」

「む……」

「それにしては前世の記憶が僕らの時代と遜色ないっていうか……あっ」

 ミヤコもそうだ。

 もし転生前の時間軸と転生後の時間軸が不揃いなら、サルサムの言っていることもありえるのだと伊織は気がついて声を漏らす。

 その時ミュゲイラが言った。


「逆のパターンもあるんじゃね? あのチビっ子がバルドの親とかさ」


 ヨルシャミが感じ取れるのは魔力の質の違いだ。そこから転生者かどうかを見極めている形になる。

 そんなヨルシャミから見ればバルドは確実に転生者なのだが、しかし『転生者の子供にもそれが適応されるのか』というデータがない以上「ありえない」とは一蹴できなかった。

 もしくは伊織のように転生者の子供が転生者というパターンなのだろうか。

 はっきりしないまま考えることだけが増え、一同が黙り込んだところで当の本人であるバルドが笑って言った。

「うーん、それ聞いて思い出そうと頑張ったけどサッパリだ! 今はお手上げ!」

「おいおい、自分のことなのに軽いな」

「マジでわからないし、それに重くなってても仕方ないしさ。まぁ」

 どうしても気になる時は次に会った時に本人に訊こう、とバルドは親指を立てた。


     ***


 翌日は村長が早速手配した調査員を連れてボシノト火山へ向かい、火山は未だ活動中であることを確認した。

 送迎はリーヴァを呼び出して行なったのだが、とどのつまり一般人をワイバーンに乗せることになったため不要な緊張をさせてしまった気がする。しかしかかる時間を考えれば致し方ない。

 芳しくない結果ではあったが「活動が鈍っているのでは」という意見もあり、火山についてはまた時間を置いて確認することとなった。


 送迎には伊織も付きっきりになる必要があったため、バルタスの元へ訪れることができたのは翌々日のことだった。

 里の様子や事の顛末を聞いたバルタスは「そうか……」と牢の中で足を組む。

「親父の姿は見たか」

「はい、僕の位置からだと遠目にでしたが、きっとあの人だろうなっていうのは」

「やっぱりあの後も親父の姿が使えなくなった、なんてことはなかったんだな……」

 バルタスは複雑そうな表情を浮かべつつも伊織を見た。

 こちらが座っているからと律儀に自分も座って目線を合わせている。見た目はただの子供だが、目標を達成しきれなかった報告をたった一人でしに来たのだ。そう思うとバルタスにも思うところがある。

「……きちんと殺してくれ、とは言ったが……もう十分――」

「あっ、待ってください。十分じゃないです」

 伊織はふるふると首を横に振る。

「僕、ここへ来るまでにずっと考えてたんですけど……多分火山の影響が元に戻ったら、それは不死鳥が死んだってことだと思うんです。前に吹雪を起こす魔獣にも出会ったんですが、その時も死後まで影響が残っていてもずっと続くってことはなかったんで……ただ」

 それは絶対の情報ではない。

 そんなものを理由に「約束を守りました」とは伊織は言いたくなかった。


「予想でしかないし、例外もあるはず。だから、その、もし火山が戻っても戻らなくても、今後不死鳥がどうなったかちゃんと調べて……もし生きていたら、その時はちゃんと約束を守りたいって思うんです。バルタスさんを待たせてしまうことになるんで最善策じゃないとは思うんですが……」

「これからもずっと? もうオレから取れる情報はないのに?」

「はい、ナレッジメカニクスとは今後も接触することになりそうなんで、探りを入れる機会はあるかなと」

「……」


 なんでそこまで背負おうとするんだ、とバルタスは思わず問いそうになった。

 自分なら約束など早々に放棄して見捨てていっただろう。今までそうして生きてきた。生まれ育った里をなかなか見捨てられなかったのは里が特別だっただけだ。

 伊織にとって自分がそんな特別のはずがない。そうバルタスは思う。

(なのになんでここまで……、……いや)

 そういう奴だからか、と納得する。

 あの時共にいた母親含めてそういう奴だと認識したからこそ、バルタスも協力しようと思えたのだ。

「……わかった。まぁお前らが約束を果たした時にゃ、オレはどこにいるかわかったもんじゃないだろうがな」

「その時は探し出して報告に行きますね」

「本気でやりそうで怖ぇな」

 口角を下げつつも珍しく目元は笑いながら、バルタスは「気長に待ってやるよ」と牢の中から言った。


     ***


 実験用に、と用意してもらった部屋から出てきたシェミリザは巻いた黒いツインテールを揺らして額の汗を拭う。

 そこへコーヒーを啜っていたオルバートが声をかけた。

「結果はどうだった?」

「ええ、少し骨は折れるけど魂の傷跡を的確に狙えば通りそうね。それでも二回ほど逆流して私を焼こうとしたから恐ろしい魂だわ」

 魔力は詰まっていないのに魂単体でこちらを圧倒してくる、と恐ろしがっている風に言いながらシェミリザは笑みを浮かべる。

「本当はもう少し実験したいのだけれど……」

「ああ、もうもたないのか」

「そうなの。……それにしても不思議ね、あれだけ精巧に聖女の息子を模しているのに精神は獣そのものなんて」

 弱っているせいかもしれないけれど、とシェミリザは不死鳥を残してきた部屋のドアを振り返った。


 もはや虫の息である不死鳥は間もなく死ぬだろう。

 そういえばシァシァがあれを欲しがっていたことを思い出し、完全に死ぬ前に連絡を入れておこうとシェミリザは外へ出ようとして――オルバートに呼び止められた。

「聖女は」

「ん?」

「聖女はたしかフジイシシズカといったっけ。転生者は東の国と同じで漢字で名を書くんだ、これの字は何と書くか知ってるかい?」

「漢字に興味はないから専門外ね。それならシァシァ辺りに訊ねた方が早い……けれど、あの子たちがこちらの世界でそれを書いてない限り知らないんじゃないかしら」

 ああそうなるか、とオルバートは頬を掻いた。

 シァシァから貰った羽虫型のロボットで監視していた間も聖女一行が漢字を書くことはなかったのである。

 宿屋にはご丁寧に異世界の宿に倣った宿帳があったが、宿帳としての役割を優先させるためか読めない漢字は使っていなかった。もしくは本人たちは書いているつもりでも超常的な翻訳が行なわれた結果なのか。

「いや、繰り返し転生者を扱ってきたからか、それともどこかの転生者に聞いたのか……今までも何度か「漢字で書くとこうかな」って思うことがあってね。それが当たっているか少し気になったんだよ」

「オルバは相変わらず知りたがり屋ね」

 知りたがり屋。

 前に自分からシァシァにそう言ったな、と思い返して笑いつつ――

「だって」

 オルバートは片目だけでシェミリザを見る。


「そうやって少しでも気になったことを調べていかないと……僕が何を知りたがっているか、わからないじゃないか」


 何もかも捨て去ったような熱中期を繰り返し、繰り返し、繰り返して長い年月をかけ、それだけやっても未だにわからないことがある。ある、とそれだけしか「わからない」のだ。

 オルバートは自分が何を求めて知識を集めているのかわからない。

 それを知るために知識を集めている、そんなウロボロスのような生き方をしていた。

「ふふ、その方が生きることに目標が出来ていいじゃない。私なんてもう飽き飽きしているわよ」

「まるで本心みたいだね」

「本心だもの。でも今は少し興味が出たわ」

 その浮かんできた漢字ってどう書くの? と何の気なしにシェミリザが問うと、オルバートはカップを置いて紙とペンを手繰り寄せ、小さな音をさせて四文字の漢字を書いた。

「合っているかはわからないけれど、これだよ」

 癖字で書かれたそれをシェミリザに向ける。

 紙にはこう書かれていた。


 『藤石静夏』――と。

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