第265話 ベタ村の母子像
――ベタ村へはベルに接触するためだけに寄る形になる。
いつものように道中で魔獣がいないか確認しながら進む案もあったが、今回は目的地と目的がはっきりしているため、陸路や空路で帰るのではなく人工転移魔石で直接飛ぶことになった。
魔石は回復魔法でサルサムを治療した後にも余裕があったからとヨルシャミにより魔力充填済みである。
サルサムはすでにヨルシャミが引くほど転移魔石を使いこなしており、一発でベタ村近くの歩道に座標を合わせてみせた。あとは魔石による転移魔法を発動させて飛ぶだけである。
ちなみに転移魔石はサルサムが一行の仲間になってからも道中で何度か使ったことがあり、幸いにも全員転移酔いは軽いものだったため、転移後の行動に差し支えることはないだろう。
最後に改めてバルタスにも『不死鳥が死んだかどうか調べる』という約束をし直し、伊織たち一行は遥か遠くのベタ村手前、村とライドラビンを繋ぐ道へと転移した。
「……っうお! 着込んでると暑いな!」
転移するなりバルドが己の上着とマフラーを剥ぎ取る。
季節は変わらないが、やはり南と北では大分気候に差があるようだった。
何年も離れていたというわけでもないというのに懐かしい風景に感じ、伊織はきょろきょろと辺りを見回した。
「この道を歩いてた頃はまだ僕と母さんとリータさんだけだったっけ……」
「ふふ、今じゃ驚くほど大所帯になっちゃいましたね」
リータも薄茶の髪を揺らして周囲を見る。季節の変化により植物は様変わりしていたが、他はそのままだ。
ベタ村もそうなのだろうか、と気になった伊織は村への道を先導して歩き始めた。こうして皆を案内できる機会はほとんどなかったため、なんだか新鮮だ。
しばらく進むと立ち並ぶ家々の屋根が見え始め、伊織は懐かしい気持ちで足を早める。
――ここでこういった気持ちが湧いて初めて、ベタ村に他の場所よりも親しみを持っていると伊織は自覚した。まだ故郷と言えるほどではないが、それに近い気持ちかもしれない。
そう思っていると村の出入り口に着き、そこから続く大きな道の先に広場が見えた。
その広場の中央に母親の銅像が立っていた。
「……」
母親の、銅像が、立っていた。
雄々しく仁王立ちし大岩を掲げている。何でそのポーズにした、もしかして皆の前でも大岩を持ち上げたことがあったのか、と伊織は疑問に思ったがこれは現実逃避だ。まずもっと先に疑問を抱くべきことがある。
「うおー! なんだこれスッゲェ、マッシヴの姉御そっくりじゃん! 特にこの僧帽筋の伸びる角度とか計算され尽くしててどんな職人が手塩にかけて作ったんだろうとか考えるとこの感情を簡単に一言で表していいものかと大いに悩むぞ……!」
「お姉ちゃん! それ一息で言うのやめて!」
「この角度から見ると太陽を掲げてるように見えて最高だな……」
「バルド、傍目から見ると下から覗く変態みたいだからやめとけ」
そうにわかに騒々しくなった中、ヨルシャミは銅像をしげしげと眺め――静夏の銅像の陰を覗き込んで不可思議な声を漏らした。
「ど、どうしたんだヨルシャミ?」
「いや……っふ、ふは、あははは! 素晴らしい出来ではないか、なあイオリ!」
どういうことだろう、と伊織はヨルシャミの視線を追い、そこにサイドチェストのポーズを決める自分の銅像を見つけて叫びそうになった。無理やり抑え込んだため喉の奥が不自然に振動してしまい痛い。
静夏の銅像の陰になっており気がつかなかったが、銅像は母子で並んでいたのだ。
半歩引いた伊織は首を横にぶんぶんと振る。
「いやいやいや! なんで!? 百歩譲って母さんはいいとして僕までいらなくない!?」
「っふふふ、ふ、いや、聖女の息子だぞ、銅像くらいあってもおかしく……おか……っえほ! げほっ!」
「ムセるほど笑うなよ……!」
見れば他の皆も目を逸らしたり口元を隠している。もしや全員笑っているのか、と思った瞬間、唯一平常心を保っているように見えた静夏が呟いた。
「……うむ、さすが私の息子。男前だ」
何やらツボに入ったらしいヨルシャミが喉をきゅうと鳴らして丸まる。笑うというレベルを越えてしまったらしい。
その時騒ぎに気がついた村人がひょこりと顔を覗かせ、広場に静夏が立っているのを見つけると「マ、マッシヴ様だ!」と大きく叫んだ。
その一報は瞬く間に村中に行き渡り、マッシヴ様がお帰りになられたぞ! と多数の村人が駆けつける。
中にはよく知る顔――村長も混ざっていた。
「マッシヴ様、おかえりなさいませ!」
「わざわざ迎えてくれてありがとう。そして事前に連絡出来ずすまない、まだ旅の途中だがベルに用があってな」
「ベルに、ですか?」
「そうだ。少し頼みたいことがある」
村長は久方ぶりに見る静夏を嬉しそうに見上げて頷いた。
「今ベルは山に冬季の薬草を採りに行っております。夕方までには戻りますので、それまで家で休まれては如何でしょう?」
マッシヴ様の家の手入れは毎日しておりますよ、と言う村長に静夏は頭を下げる。そう大きくないとはいえ、人の住まない家を傷まないよう毎日手入れするのは大変だろう。
久方ぶりの『我が家』に案内された一行は本当に埃ひとつ積もっていないイスへと座る。
村長や村人は「ここにはお二人分しかイスがないので皆さまの分もご用意しましょう」とてきぱきとイスの準備をし、お疲れのところを囲ってはマッシヴ様の気が休まらない、とまるで訓練でもされているかのような動きで撤収しようとした。
ヨルシャミたちは言葉を失っていたが、慣れっこなのか気にしていない様子で静夏が村長を呼び止める。
「ところであの銅像は?」
「……! ご説明を後回しにしてしまいすみません、あれはマッシヴ様とイオリ様の像です。お二人が旅立った後もマッシヴ様を一目見ようと訪れる旅人が後を絶たなかったので、誠に勝手ながら職人たちで作成しました」
「なるほど、少し驚いたが良い出来だ。特に伊織が素晴らしい」
「母さんそこピックアップしないで……」
聖女直々の賞賛に村長と村人たちは嬉しそうににこにことした。
そして満面の笑みを浮かべて言う。
「旅人たちにも人気でして、筋肉のご加護が宿っているのか筋肉増強にストレス解消、神経痛や肥満予防に貧血にも効くと評判です!」
「ララコアの温泉よりやべぇ」
「筋肉関係あるのかそれ」
思わずつっこむバルドとサルサムをよそに、ミュゲイラは「わかる、わかるぞ」と呟いていたが――何がわかるのかは永遠の謎だな、と伊織はどこか遠くを見ながら思った。
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