第153話 伊織、尾行される
数分前のこと。
まいったな、と伊織は口の中で自分の舌を動かした。
ヒルェンナには自分が回復魔法の効きにくい体質だということにしたが、どれくらい信じてもらえただろうか。
ネロ曰く、ニルヴァーレは伊織を風属性だと言っていたそうだ。
つまり水属性である回復魔法との相性は悪くはない。
そもそも攻撃魔法ならともかく、回復魔法の属性相性については使う側に影響は多々あれど、使われる側にはあまり関係ないというのが通説だった。
これだけ効かないならもしかすると相性の問題かもね、と消去法で辿り着いただけである。
ヒルェンナは一目見ただけで属性を判断できる技術は持っていないようだったが、属性の相性が悪いということ以外に効きづらい理由が浮かんで来ないのも事実だった。
(でも多分、僕の魂の力が強いからなんだろうなぁ)
回復魔法は他人の魔力が身体に作用するもの。
どうにも魂の強さが逆にそれを阻害している気がする、と伊織は無意味とわかっていながら己の体を見下ろした。
強化や補助系の魔法も効きにくいのだろうか。回復もさすがにヨルシャミのものなら効いていたことを考えると、今後のために彼が目覚めたら検証してみる必要がありそうだ。
そこでセラアニスではなくヨルシャミの顔が頭の中に浮かぶ。
(ヨルシャミ……)
記憶が戻るのかどうかは伊織にはわからない。
せめて母さんたちが傍にいてくれれば頼もしいのに――と考えかけて思いとどまった。
母親がいて頼もしいと感じるなんて子供のようだ。そしてこの頼もしさは自分が楽になるからというのが大きな理由だろう。人を救いたいならそんな甘えた考えではいけない。
(自分が皆から頼もしいって思ってもらえる存在にならないと)
今すぐには無理かもしれないが、意識して精進していこうと握り拳を作りつつ伊織は病院の外へと出る。少し体を動かすために散歩でもしようと考えたのだ。
と、その時前方から周囲を不安げに見回している少女が歩いてきた。
ついさっきまで人通りがなかった道。そこに現れた伊織を見つけて少女はホッとしたように駆け寄る。
「すみません、ラトアナの花屋ってお店を知りませんか?」
「花屋さんですか?」
話を聞くと彼女はそこで旅の仲間と待ち合わせをしていたが、道をいくつも間違えてしまい現在地すらよくわからなくなってしまったのだという。
伊織もこの街については知らないことばかりだが、よくお見舞いに顔を出してくれたセラアニスが綺麗な花を扱うお店があったと話していたのを思い出す。
確証はないが試しに行ってみましょうか、と伊織は少女と同行することにした。
***
リータとセラアニスはこそこそと気配を殺しながら伊織と少女の後を追う。
大分距離は開いていたが目視は出来る距離だ。
伊織と少女は慣れない様子で道を歩いている。伊織が病院の周囲以外を歩くのはこれが初めてだった。
「一体どこで接点を……」
接点も何もついさっき出会ったばかりである。
「いえ、それより距離が近すぎません……!?」
人通りが多いためはぐれないようにしているだけである。
しかしそんなことは露知らず、リータは耳を忙しなく動かしながら様子を窺っていた。
セラアニスたちベルクエルフはフォレストエルフより耳が短いため、感情の起伏で動きはするもののここまで激しくはない。
こんなに動かさなければ二人の会話も聞こえるのでは? とセラアニスは思ったが、無自覚にやっていることなのでコントロールが難しいのだろう。
しばらくして伊織と少女が入っていったのは花屋だった。
「あっ、あのお花屋さん、先日私がイオリさんに教えたお店です」
「え!?」
リータはセラアニスの顔を見た後、再び花屋に目をやった。
ここからでは中で何をしているのかわからないが、花屋なのだから花を選んでいるのだろう。
むむむ、という顔をしているリータの隣でセラアニスが微笑む。
「あのお花屋さん、この辺でも珍しいお花を取り扱っているらしいんですよ。なんと観賞用の食虫植物まで売ってるんです! 今度リータさんも一緒に――」
「自分の教えた花屋に他の女の子と来られるって悔しくないですか!?」
「ふへ?」
危機感皆無なセラアニスの様子にリータはもどかしげにその場で足踏みした。
不思議な質問にセラアニスは思わず変な声を出してしまったが、そのまま首を傾げて思案する。
「楽しいこと、面白いことを共有するのは良いことですし、うーん……」
好きなら焦りましょうとリータは言っていたが、セラアニスとしてはまだ焦るには早い気がした。
もちろん伊織が知らない女の子とイチャイチャべたべたしていたら思うところはあるが、今はまだ一緒に歩いて花屋に入っただけなのだ。
きっと何か理由があるのだろうと察せる光景だった。
(むしろリータさんの方が焦ってるみたい……って言ったら怒られるでしょうか)
そんなことを考えていると、伊織と少女が花屋から出てくるのが見えた。
不思議なことに二人とも花を持っていない。
目ぼしいものがなかったのかもしれないが、しかしそれよりも二人の目が釘付けになったことがあった。
「……」
「……」
小走りに出てきた二人がなぜか手を繋いでいたのである。
セラアニスは一度だけ耳をぱたりと動かすと、笑顔でリータをちらりと見た。
「リータさん……追いかけましょう!」
「は、はい!」
「イオリさんすとーきんぐ部隊、本格始動です!」
「そのネーミングはちょっと……!」
でも頑張りましょうね! と謎の連帯感を感じながら、セラアニスとリータは負けじと手を繋いで二人を追った。
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