第131話 パト仮面現る!

 加速するバイクに何者かが接近したのは赤土の山が間近に近づいた時だった。

 まず疑ったのは目、そして次に疑ったのが脳である。それを二度見したネロは信じられないといった声で呟いた。

「ひ、人が並走してる……!?」

 高速で走るバイクの隣、木々の間を縫うように走っているのは女性だった。

 なぜか目の部分に穴を開けた麻袋を頭から被り、大きな葉っぱにスマイルフェイスを描いて貼り付けてある。かなり怖い。森の中で出会ってはいけないタイプの妖精に出くわした気分だ。

 いや、むしろまさしく出会ってはいけないタイプの妖精なのではなかろうか。

 ネロが口元を引き攣らせていると伊織がハッとした様子でその女性の脚を見た。


 太腿から下がすべて柔らかなフォルムと鋭いフォルムを組み合わせた銀色のパーツで構成されている。それは逆関節の獣のような脚を形作っていた。

 時折魔法によるものかはたまた特殊な機構によるものか、オレンジ色の燐光がジェット機のような排気口から散っているのが見える。

 それは明らかに人智を越えた技術で作り出された機械だった。

「ナレッジメカニクス……?」

 はぐれ、弱っているところを見つけられた。そんな焦燥感に背筋を凍らせていると、女性が声高らかに言った。

「そこの御仁! 故あって私と競争して頂きたい!」

「き、競争? あなたは一体……」

「私の名前はパ……ッ」

 女性は名乗りかけて一瞬静止した。足は動いているが他がすべて固まってしまったように錯覚する。

 ややあって腕組みをした女性はパッと笑みを浮かべて答えた。


「私の名前はパト仮面!」

「パト仮面!?」

「速さを愛し速さを追い求める者! ここで出会ったのも運命、あの山を先に登りきった方が勝ちというシンプルな競争は如何でありましょうか!」

「今パト仮面って言いました!?」

「まずそこから離れて頂きたい!」


 無茶を言いながら女性――自称パト仮面は赤土の山に向かって更に加速した。

 こちらの返事を聞く前からすでに勝負は始まっているらしい。目的と競争内容は合致するけどどうしよう、と伊織が戸惑っているとバイクの気持ちが流れ込んできた。

 速さを競うなら負けたくない、自分の方が速い、と。

「……お前がそう思うならいいよ。どの道最短距離を魔力を使い切る勢いで突っ切ってもらうつもりだったからな」

 にっと笑って燃料ゲージを見遣る。もう一勝負に出る分しか余裕がない。

 なら迷っている時間すら惜しいものだ。伊織はネロに「しっかり掴まっててください!」と声をかけると前輪を大きく持ち上げた。


     ***


 パトレアは赤土の急斜面を跳ねるように登っていく。

 途中からほとんど崖のような垂直の形状になるため、この走り方を出来るのも今だけだ。

 長い距離を延々と走るのも好きだが、こうして変わり種な地形で勝負をするというのも悪くない。むしろ新鮮味があって良い感じだ。

「とうっ!」

 ついに斜面から飛び出したパトレアは風を切ってごつごつとした壁面に蹄を乗せてジャンプした。

 その姿はまるで山岳地帯の崖を跳び走る山羊の如し。あの謎の乗り物には真似できないだろうが、こうした移動も速さを極めるためには必要不可欠。多少ずるい気もするが競争には負けられない。

(それにあの二人の目的地はこの山の様子……なら向こうにとっても益はありましょう! きっと!)

 なぜか良いことをしている気分になりながらぴょんぴょんと跳び上がっていると、パトレアの真横を質量のあるものが横切った。

 その速さは突風のようだったが、風にあんな影はできない。

 思わずきょとんとしながら目で追うと――なんと、それはほぼ垂直な崖を走り上がっていく聖女の息子の乗り物だった。

「ん、んなっ……!?」

 まさかの挙動だ。

 しかもよく見ればただ走っているだけではない。パトレアのように足を掛けられそうな僅かなでこぼこを利用している。まるでタイヤで崖を蹴っているかのようだった。その蹴り上げる瞬間だけエンジン音をさせてタイヤが回転している。


 やはりあの乗り物には意思がある?


 そんな考えが過るほどだった。

 驚愕の波間にふつふつと湧き上がる熱い気持ちを見つけ、笑みを浮かべたパトレアは乗り物の背を追った。

(ここまで何かを追ったのは久しぶりであります……!)

 なぜか幼い頃に父親の背を追った時のことを思い出した。パトレアの元の脚はとても『出来損ない』だったため、父親に追いつけたことは一度もない。その時の追体験をしているかのようだ。


 しかし今はこの脚がある。

 脚を使って速さを競うことは、やはり面白い。

 そう再認識する。再認識できることすら嬉しい。


 パトレアはその気持ちを噛み締めながら、高鳴る胸を押さえてまるで弾丸のようなスピードで美しい車体を追い続けた。

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