第118話 伊織の『勝負』は?
「くっ……! 夕飯前なら勝機があったものを!」
「ヨルシャミさん本気で悔しがってますね……」
「しかし! やっぱり魔法で勝負しておけばよかった~、などということは絶対に口にせんぞ!」
「プライドが良い方向にも悪い方向にも高い……」
ころころと百面相しているヨルシャミを眺めながらリータと伊織は小声でそう言い合った。
何はともあれネロとヨルシャミとの勝負も終了、残るは伊織のみとなったわけである。最後ってなんだか緊張するな、と深呼吸を繰り返した伊織はネロがウサウミウシをじいっと凝視しているのに気がついて近寄った。
「どうしました?」
「あっと、コイツなんだが……なんかどこかで見たような気がしてな、でも図形としてはかなりシンプルだし他の物だったのかなぁって見てたんだ」
ネロの故郷がフォレストエルフの里に近ければ本物を見かけた可能性もあるのでは?
そう思ったが、よく考えてみれば長命であるリータたちの「昔」だ。
未だに実年齢は不可侵の聖域のように思えて訊ねることすらできていないが、自分と年のそう変わらないネロだと生まれていない可能性もある、と考えて伊織は憶測を口にするのを控えた。
「あ、けど……勝負の前に説明した通り、ウサウミウシの群れを探してるんです。もしどこで見かけたっていうのを思い出したら教えてもらってもいいですか?」
「ん、ああ、わかった」
頷いたネロはウサウミウシから視線を外し、伊織へと向き直る。
「――次はお前との勝負だ。その前に言っておくことがある」
「……!」
いわば初の勝負の最後を飾る勝負だ。もしや勝利するのは俺だという宣言だろうか。
身構えた伊織にネロは言う。
「き、傷に響くようなら早めに言えよ。次の機会でもいいからな」
いい人だった。
宣言のせの字も見当たらないほどいい人だった。
破顔した伊織は笑いながら「わかりました!」と頷くと移動を始める。
あれだけ必死だったネロが勝負の延期や次の機会にしてもいいと口にできるようになったのは、ひとえに『この一行は逃げも隠れもせず勝負を受けてくれる』と知り、且つ信じてくれたからこそ。
その信頼が伊織は嬉しい。
自分もきちんとそれに応えたい。
――そう思っていたが、じつはまだ勝負内容が決まっていなかった。
仲間たちの勝負を見ていれば何か思いつくのではないかと思っていたのだが、どうにも現実的ではないものばかり浮かんでくる。
バルドではないが出来れば皆とは被っていないものがいい。
それに加えて伊織にとって「自分の得意なこと」といえばバイクを乗り回すことだが、生憎バイクは一台のみ。ターン制で貸し出したとしても伊織不在の状態でバイクが誰かを乗せてくれるか不明の上、そもそもが伊織の召喚したものなのでフェアではない。
召喚勝負は――思い浮かんだものの、いやまだ得意じゃないし現実世界で試してもないだろ、と自分で即却下した。
料理対決ならできそうだが、昼に厨房を借りてしまったため連続ではお願いし辛い。
(料理なら野営の時に使う道具を設置するか? うーん、でも村の中で展開していいもんかなアレ……火も使うし……、ん?)
伊織がそう思案していた時だった。
宿屋の向かいの道を男女の二人組が歩いている。
男性は屈強な戦士のような風貌で、服越しでもわかるほど立派な筋肉を持っていた。しかし歩き方が見た目の印象に反してとても落ち着いている。
女性は人間の耳の代わりに頭の上から馬の耳を生やしていた。
この世界に転生してから初めて見る特徴に伊織は目を瞬かせる。
「……獣人の一種でハイトホースというものだ。この辺りに居るのは珍しいな……」
それとも千年の間に交流が進んだか? とヨルシャミは小さく呟いた。
「いえ、私も初めて見ました。なんだか体調が悪そうですね……?」
そう言ってリータが心配そうにハイトホースの女性を見る。
たしかに足取りがおぼつかない様子で、時折道を仕切る柵に手をついて肩を上下させていた。目の下にうっすらと隈があるが体調不良で眠れていないのだろうか。
そこへ静夏が足を進め、二人に声をかける。
その瞬間、男性は目を大きく見開いて驚きの表情を作った。それはそうだ、自分並みに筋肉に愛された肉体の女性に突然話し掛けられれば驚くだろうと伊織は少しはらはらしながら見守る。
そのまま二言三言話し、静夏が伊織たちを呼び寄せた。
「旅の途中で体調を崩したが、どうやら薬の素となる薬草がないらしい。泊まるところもなく難儀していたそうだ。故に今だけでも我々の部屋で休んでもらおうと思うが、いいだろうか?」
「ありゃー、そりゃ災難だったな。俺はいいと思うぜ!」
「あ、あたしもあたしも! ハイトホースの子はウチで、そっちの男の人はイオリたちの部屋でどうだ? もちろん一緒の部屋でもいいならどっちか片方で」
ミュゲイラの言葉に男性と女性は視線を交わし、ではそれぞれ別室でお願いします、と頭を下げた。
「よっし、じゃあおぶってって――」
「そ、そこまでしてもらうわけにはいきません! 大丈夫であります!」
「そうか?」
きょとんとするミュゲイラにもう一度「大丈夫」という言葉を重ね、女性はパトレア、男性はヘルベールと名乗ってもう一度頭を下げた。
***
もしかするとハイトホースと人工転移魔石の相性が悪いのではないか。
情報不足にも関わらず、そう仮説を立ててしまうほどパトレアはなかなか回復せず、しかし初日よりは歩けるようになったため仕方なくこの状態のまま情報を収集することになった。
元より転移魔石は使用時に不調が出やすいとはいえ長引きすぎており症状も劇的だ。
ハイトホースは優れた三半規管を持っているが、それは通常の重力下で高速移動するために特化したもの。転移魔石による未知なる移動には人間の三半規管より大きなダメージを負うのかもしれない。
ヘルベールはため息をつきながら情報収集の準備をした。
今回は聞き込みの他に魔法を用いた計測器による情報収集を遠距離から行なう。ただしヨルシャミに感知されないよう微弱なものを使っているため時間がかかった。魔法を組み込んだ器具に反応するかは未知数だが警戒することに越したことはない。
そんな中、幸いにも何らかの勝負――ヘルベールには競技大会もどきに見えたが、聖女一行はそれらに熱中していたため様々なデータを得ることができた。
なぜあんなことをしていたのかはわからないが、利用できるものは利用するに限る。
しかし移動中に再びパトレアの体調が悪化し、足取りがおぼつかなくなる。
それに気を取られている間に間近まで聖女が接近しており、さすがのヘルベールも仰天した。
かけられた言葉は至極優しいもの。どうやら体調が悪そうに見えるパトレアに部屋を貸してくれるらしい。
(一行が泊まっている、と知ってから敢えて宿泊せずスルーしてきたが、……)
これはチャンスかもしれない。
外からの計測データだけでなく、可能なら生体サンプルも得ておきたいところだ。
数日寝泊まりしている室内なら毛髪くらいは採取できる可能性もある。しかも申し出の選択によっては男女どちらも得られるわけだ。女性側のサンプルは――多少不安はあるがパトレアに任せ、自分は男性側のサンプルを採取しよう。
そうヘルベールが決めたところで、黒髪の少年が「薬草って山にあるんですか?」と訊ねてきた。
彼が聖女の息子のイオリだ。内心でそれを再確認し、ヘルベールは頷く。
「そうらしい。が、パトレア一人を残して採取に向かうのは不安でな」
そんな答えを返すと伊織はしばし思案し、そして金色の瞳でヘルベールたちをしっかりまっすぐ見て言った。
「それ、僕らが探してみます!」
「む……?」
そのまま伊織は背後の赤毛の少年を振り返った。
「ネロさん、薬草探しを僕らの勝負にしましょう!」
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