第119話 薬草探しに向けて

 酔い止めや気分の悪さを緩和する薬草は山に生えているらしい。


 山は件の内部にトンネルが伸びている山だ。

 枝分かれした出入口の中には薬草や他諸々の採取地への近道があるそうだが、それは通り慣れた村人向けの道であるため不慣れな伊織たちだと迷うこと必至である。

 そのため今回はトンネルは通らず徒歩で探し回ることとなった。

 薬草は群生地はあるものの、他にまったく生えていないわけではない。あくまで商売に使うため大量に必要な人が群生地に向かうだけで、個人が使用する分なら近場でも問題ないだろう、ということだった。


 ――と、そんな細々とした説明と薬草の特徴を薬屋の主人に聞いた後、伊織たちはトンネルに魔獣が住み着いている話を聞いた。


「なるほど、村長らしき者が時折こちらの様子を窺っていたのはそのためか」

 静夏が納得したように頷く。

 聖女マッシヴ様の噂はベタ村を中心に広がっており、遠くとも筋肉信仰の色濃い地域なら一目で理解してくれる人間が多い。

 しかしどうやらこの村は本当に噂の端の端しか届いていないらしい。

 トンネルを通る際に旅人が寝泊まりすることはあれど、そのまま足早に出立することが多く、情報交換が活発ではないのが原因だろうか。

 それでももし聖女マッシヴ様なら何とかしてくれるかもしれない。そう浮足立っていたようだ。


「その魔獣は山の方には出てこないのか?」

「はい、夜はわかりませんが日の光に弱いようで」


 魔獣や魔物は人を襲うが、積極的に襲わない者もいる。

 それは自分たちがこの世界に『居る』だけで世界の毒となり侵略の一因となると理解しているからだろう。いわば戦略的待機だ。今回の魔獣もそれに当てはまるようだった。

 静夏が重々しく頷く。


「……よし、ではそれについては私から村長に話を聞きに行こう。伊織とネロは勝負中に何かあったら合図を送ってほしい」

「合図?」

「それならこれを持っていくといい」


 ヨルシャミが小さな火の魔石2つをトントンと叩いて二人に手渡す。

 普段使っている炎の魔石ではなく、前に魔石を採取しに行った際に入手し、旅の火種用にと売らずに取っておいたものだ。

 魔石の表面に小さな魔法陣が浮かび、そのままスゥっと溶けるように浸透していく。

「何かあったらそれを地面に思いきり投げろ、爆ぜ上がって空高くで閃光を放つよう調整しておいた」

「器用だな……! これは負担には――」

「この程度なら何でもない。ほんのちょっと弄っただけ故な、宿屋の階段を往復する方が堪えるくらいだ」

 その様子をまじまじと見ていたネロが呟くように言った。


「魔法が得意って言ってたけど、本当に魔導師だったのか」

「うむ! 魔導師であり超賢者でもある!」

「ちょ、ちょうけんじゃ?」

「あ、ネロさん、そこは真面目に聞かなくて大丈夫なので……」


 小声で耳打ちし、伊織は「それじゃあ山の方へ行きましょうか!」と足を進めた。


     ***


 山は人の手が入っているところ以外は手付かずといった雰囲気だった。

 だが――たとえば研究施設のあった森などとは違い、まったく光が入らないほど暗い場所はほとんどないため、適切なタイミングで間伐は行なわれているようだ。

 ただし道が舗装されているわけではないので足元には注意しなくてはならない。


 薬草探し勝負のルールは制限時間式。

 日没までの間、今なら諸々準備をした後のため残り三時間ほどの間に指定された薬草を多く持ってきた方が勝ちだ。

 もし間違った草が入っていた場合はその分減点される。

 探し方は自由で魔法を使ってもOK、ただしその場合は自分の使った魔法に限る。

 他人の付与したものは禁止。


 勝っても負けても人の役に立てるため、伊織はやる気満々でいた。

 伊織にとって『薬草探し』が自分の得意なことかと問われれば首を縦には振れないが、人助けへの関心の高さはあるため「イオリが本気になれる勝負なんだったら」とネロも納得する。

「大分歩き回るだろうけど怪我してるのは肩だけなんで気にしないでください」

「……わかった、勝負中だけは気にしないでおく」

 それでも気になる様子だったが、ネロは無理やり頷いた。

 そこへサルサムが片手を上げて声をかける。


「俺もその辺で追加分の痛み止めの薬草を探しとくから、もし声の届く範囲にいたら呼んでくれ」

「は、はい」

「ありがとうございます、サルサムさん!」


 宿屋に残したパトレアたちに何かあった時のため、リータとミュゲイラは村の中に残ることになった。

 なお貴重品は持ち歩いているため盗難については心配していない。そもそも何かを盗んだとしても聖女一行がもし本気を出せば常人の足くらいならすぐ追いつけるというのもあるかもしれないが。

 静夏は村長に話を聞きに行き、ヨルシャミ、バルド、サルサムの三人が伊織たちと一緒に来ていた。

「……それ一応貴重品扱いなんだな?」

 ヨルシャミがニルヴァーレの魔石を持っているのを見てバルドが呟く。


「まあ中に居るのがどんな者であれ、効果だけは相当なレアものだからな。無くせば私の調子が戻った際にイオリに回復魔法をかけてやることも出来なくなる。いやまあ無理すれば出来るがアレはそれを望まんだろう」

「へー、なんつーか甲斐甲斐しいなぁ……」


 なんだその感想は! とヨルシャミがバルドに目を剥いている間に伊織とネロは山への出入り口前で並び立っていた。

 山の中からは鳥のさえずりやよくわからない動物の鳴き声が聞こえてくる。

 村人曰く、山に危ない野犬などは居ないそうだが緊張する雰囲気だ。まだ明るいのに少し不気味に感じてしまうが、致し方ないだろうと伊織は自分の胸元を握る。

 そしてネロに向き直った。


「……ネロさん、宜しくお願いします」

「それはこっちのセリフだ」


 二人は顔を見合わせ、そして再び前を向くとスタートの合図と共に山の中へと足を進めていった。

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