第67話 断じてシリアスではない戦いの予兆

 双子の住んでいた盗賊の隠れ里とでも言うべき土地。


 一般人が足を踏み入れることは稀なため里としての名称すら持たないそれは、ロストーネッドから遥か離れた先にあるマウダロス山とボシノト山の間にある谷に存在していた。

 そこへ現れた巨鳥の夫婦とその『子供』とされる紫の炎の不死鳥。

 その不死鳥も『親』とされる巨鳥と同じく魔獣なのだろうが、恐ろしいほど強敵なのだという。

 ボシノト山は休火山で、数百年前に大噴火して以来鳴りを潜めていたが周囲の人間はその恐怖を覚えており近寄らない。そこにこれ幸いと盗賊集団が住み着いたわけだ。


 しかし紫の不死鳥が現れ、元火口を住処にしてから状況が変わった。

 ボシノト山は活火山としての力を取り戻し、時には小規模な噴火を起こすようになったのだ。

 きっとあの魔獣のせいだろうと目星をつけて精鋭を引き連れた盗賊のボスが討伐に向かったが――彼らが帰ってくることはなかった。

 残った者でどうにかこうにか親鳥の片割れは倒せたものの、その後もう片割れと不死鳥に敵視されるようになり、ついに仲間の数が両手で数えられる程になったところで里を捨て逃げ出した……というのが経緯らしい。



「事情はあれど罪を重ねて生きてきたことは変わらない。四人にはこの街で今までの罪を償ってもらおう」

「……あの子供だけでもきちんと力を活かせられるよう、勉強する機会がありゃいいんだけどな」

 廊下の先を振り返ってミュゲイラがぽつりと言った言葉に静夏が笑みを浮かべた。

「兄妹に自分たちを重ねたか?」

「ま、まあ、否定しませんけど……」

「そうバツの悪そうな顔をするな、悪いことではない。……子供であろうが大人であろうが罪を償うことは平等にしなくてはならない。しかしそれは償う機会もやり直す機会も平等にある、ということだ」

 静夏の言葉にミュゲイラはきょとんとする。


「それはつまり……」

「償った後はあのふたりも、他の大人のふたりも一般社会で生きられるよう学ぶ機会をと上の人間に掛け合っておいた」


 双子はヨルシャミが「宝の持ち腐れ」と呼んでいた。磨けば光る宝だ。

 大人のふたりも里生まれで、犯罪に手を染めて生きることを強制された人生だった。他の生き方を考える思考すら持ち合わせていなかったのだ。しかしそこにもし新しい考え方が――普通に生きるという考え方が根付いたならどうだろうか。

 そこで元の道を選ぶか新しい道を選ぶかは本人次第だが、そこへ至るまでの道は示しておきたい、と静夏は言った。

「さ、さっすがマッシヴの姉御ォ……!」

「私のエゴによるものだ、我慢している者も多いだろう」

「でもあたしは褒めますよ!」

「ミュゲイラさんはブレないなぁ……」

 この場にリータがいたらどんな顔を姉に向けていただろうか、と想像して伊織は笑った。


 そう、現在病院の廊下を歩いているのは伊織、静夏、ミュゲイラの三人だけだ。

 双子の事情を把握した後もヨルシャミは魔法についてあれこれ訊ねていた。それが長いのだ。長話で有名だった校長の朝礼でももっと短かったぞと伊織に思わせるほど長いのだ。

 どうやら『ガラパゴスのような環境で特異な成り立たせ方をした魔法』というものは得てして王道の道を行く魔導師の好奇心を駆り立てるらしい。ヨルシャミだけかもしれないが。


(いや、多分ニルヴァーレさんも似たような反応しそうだな……)


 兎にも角にも熱中したヨルシャミから直接「ああそうだ、次なる見舞いがあったのだな。果物が傷む前にお前たちで行ってくるといい」と言われたため、こうしてバルドの病室へ向かっているという寸法だ。

 たしかにヨルシャミはバルドとほぼ関係がないため、こういう形式でも問題はない。

 しかしあの状態のヨルシャミをひとりにしておいたら夜まで話し続け、双子も立会人もやつれてしまうのでは? というさほど大袈裟でもない気がかりから、リータが「私も残ります」とヨルシャミと共に病室に残ってくれた。

 ミュゲイラも関係ないといえば関係ないのだが――


「そうだ、もうそろそろ病室っすよね? あたし挨拶には自信があるんですよー!」


 ――と、本人が張り切りながら自分の拳と拳をぶつけ合っている。

 その挨拶は本当に自分の知っている挨拶なのだろうか。そう伊織は無意識に冷や汗を流した。

 ミュゲイラの気持ちはわかるが、仮にもバルドは怪我人だ。しかも静夏の報告を聞く限りかなりの重傷に思える。

(そんな相手に殴りかかることはないとは思うけど……万一のことがあったら止めなきゃ。……なんか僕が重傷を負いそうだけれど)

 その前に静夏が動くかもしれないが「そうか、どんな挨拶か楽しみだ」などと真正面から信じ切っている静夏を見ていると若干の不安がある。信頼から初動が遅れるというのはよくあることだ。


(……いや! いやいや、仲間を信じろ藤石伊織!)


 きっと大丈夫、ミュゲイラも自身のもやもやとした感情を少しでも発散すべく不穏な言い回しをしているだけに違いない。こうすることでバルドに会った時に冷静に接することができるのだろう。確実に、きっと、恐らく、多分。

 そうこうしている間にバルドの入院している病室の前まできた。

 中から話し声が聞こえる。声質からして相手はあの後バルドの世話に残ったサルサムだろう。こちらは特に不穏な内容ではなく、病院食がクソまずい、という至ってシンプルな話だった。

「あ、よかった、意識はあるみたいだ」

 伊織はほっとしてドアをノックした。


「あの、すみません。伊織です。お見舞いに来ました」

「話し中にすまない、よければ少しだけ時間を頂けるだろうか」


 そう声をかけた瞬間。

 室内からどたんっ! という音がしたかと思えば「お前さぁ……」というサルサムの呆れ声と共に凄まじくどたばたとした騒音が響き、そしてドアが勢いよく開いて髪を整えたバルドが顔を出した。

 自分の足で立って。

 まるで怪我なんてひとつもしていませんよといった様子で、だ。


「あれ、怪我――」

「ようこそ麗しの君! やっぱりまた会えたな、これって運命ってやつだと思ゥうわッ! ビビったァ!!」


 伊織と静夏の間、そこから豪速で突き出された拳をまるで忍者のような動きで避けたバルドは騒ぎながら体勢を立て直した。

 拳の持ち主はもちろんミュゲイラだ。

(ゆ、有言実行した!)

 伊織はどう動くべきか一瞬戸惑う。

(だって何かバルドは怪我人の動きじゃないし、怪我人じゃなきゃ……いいのか!? いや、でも止めるべきだよな!?)

 思わず母を見上げると、静夏は感心した様子で頷いていた。


「なるほど、拳で語るタイプの挨拶か。珍しいな」

「僕の不安当たりすぎじゃねぇ!?」


 ここにリータが居てくれれば、効果のあるなしに関わらずとりあえずは伊織と共にツッコミに回ってくれただろう。


 だがいない。

 いくら現実逃避してもいない。


 ツッコミ不在の空間に放り込まれるほどやばいものはないのだ。

 そう身を以て感じながら、伊織は真後ろから放たれるミュゲイラの研ぎ澄まされた闘気に背中を押されたような気がしてよろめいた。

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