第66話 双子はかく語る

 捕まえた犯人グループを街の自警団に引き渡して問い詰めたところ、彼らの依頼者は先日伊織たちが話を聞いたロトウタだと判明した。

 なんでもまだロスウサギの畜産業を始めたばかりの自分はどうやっても後れをとる。上手くもいかない。しかし生来の完璧主義が祟り、自分の仕事が経営難に陥りつつあると認めたくなかったロトウタは――元盗賊団である男たちに依頼をしたのだ。


 大手の同業者が持つ上質なロスウサギを盗んでこい、と。


 盗んだロスウサギは肉に加工しこっそりと近隣の村に卸したり、もしくは良い遺伝子を頂戴しようと種ウサギにされていた。後者はその後の調査でロトウタ所有の建物内から発見され、無事に元の所有者の元へ帰ったそうだ。

 ヨルシャミ、つまり魔導師らしきエルフが犯人捜しをしていると情報を流したのもロトウタだった。

 犯人グループはその対策にと特殊な魔法を仕込んでいたが、それは徒労に終わった。そして今に至る。


「……ふむ、あの子供の魔導師は双子か。接触することで互いの魔力を混ぜ合わせ力を増幅していたようだな」

「増幅?」

「恐らくあれは片方だけでは弱い力しか出せん。しかし才能か努力か魔力操作だけがとことん上手い。互いに違う魔法を極め、そしてそれを補い合っていたのだろう。直接詳しく聞きたいものだな」


 拠点にしている宿屋にて、自警団の青年からあらましを聞いたヨルシャミはそんなことを言った。冗談にも聞こえるが本気も本気だ。

 すると自警団の青年が「少しの間なら会えますよ」と提案した。

「ふたりは病院で監視の下治療を受けています。立会人は必要ですが、面会という形でしたら」

「おお! では早速ゆこう!」

「ヨルシャミさん、魔法のことになると目が輝きますね……あっ、お姉ちゃん」

 荷物から何か取り出していたミュゲイラの背中にリータが声をかける。


「殴っちゃダメだからね?」

「……どっちを?」


 妹を危険な目に遭わせた犯人たちにか。

 それともあの後静夏に抱えられて直接病院に運び込まれたバルドにか。

 そんなことをわざわざグローブからメリケンサックに替えながら問う姉に溜息をつきつつ、リータは「どっちも!」とメリケンサックを没収した。



 病院に直接連れていかれたバルドは伊織たちと合流することはなかったが、静夏曰く「色々なものが色々な方向に向いていた」という背筋の寒くなるような状態だったらしい。

 一段落ついた後、あのバルドの元に母親ひとりを行かせたのはマズかったのでは? と一瞬でも――正直に言うと状態を聞くまでずっと思っていた伊織は見舞いの品くらいは持っていくべきかな、と道中で「ホラお兄ちゃん、これにしなよ! 甘いよ!」と勧められたメロンのような果物を購入した。


 街には病院の数が少なく、大きなところは一ヶ所だけのため犯人グループとバルドが入院している場所は同じだった。

 とはいえ階層は分けられており、警備の人間が何人も見回りしているため一般の患者も含め安全ではあるらしい。

(警察……自警団? 専用の病院ってないんだな)

 栄えている街だがやはり偏りがある。

 そんなことを考えながら一行はひとまず先にヨルシャミご所望の双子の魔導師に面会することになった。


 双子は何人もの立会人と見張りに囲まれながら、怯えたような視線をこちらに向ける。

「臆するな、今は何もせん。お前たちが大人しくしているなら、な」

「……な、何の用で来たんだよ」

「お前たちの魔法について訊ねにきた!」

 嬉々として言うヨルシャミを前にふたりはきょとんとするも、すぐに警戒して互いの手を握った。

 不安によるものか、それとも今ここで力を増幅させ最後の悪足掻きでもしようというのか。

 思わず伊織は身構えたが、ヨルシャミの「それだ!」という声に別角度からびっくりした。


「その接触で互いの魔法を増幅する技術、そして縛りを科して更に強化を重ねる技術。後者は時折見かけたが前者は見たことがないぞ。血筋によるものか? それともお前たちで編み出した技術か? 双子にしかできぬのか? それにしては男女ということは二卵性、双子とはいえただ同時に生まれた普通の兄弟も同然だが……」

「ぼ……僕らの里に伝わる技術だ。魔導師の才能がある血縁者なら使えるよう訓練される」

「お兄ちゃん!」


 話していいのか、という視線を少女のほうが兄に送ったが、兄は「どうせもう戻れない」と眉間に皴を寄せて言った。観念しろということらしい。

「こうなったら少しでも媚び売って、なるべく良い条件で生き延びるんだ」

「そんな……」

「小声だが丸聞こえだぞ、ふたりとも。しかし私は気にせん、さあもっと聞かせろ!」

 食いつきの凄まじい様子に若干引いている双子を見つつ、伊織は心の中で手を合わせた。


 なんでも彼らの里――とある谷に住み着いていた盗賊集団の里では、時折魔力の才能を持つ子供が生まれていたという。元から才能のある者が集まり犯罪に手を染め、その子孫故ではないかということだった。

 しかしヨルシャミのような天才はほとんど現れず、力の弱い者ばかり。しかも独学である。

 そこで縛りを科した上で犯罪に役立つ魔法を一点集中で覚えることが習わしになった。

 習わしをやり遂げるにはどうしても魔力操作が上手くならなくてはならない。覚える魔法は属性に縛られない特殊なものもしばしば見られたため、操作が上手くなくては発動すら困難だったのである。


 その過程で現れたのが、近親者のみに限られるものの互いと触れ合うことで魔法の力を増す技術だった。


 兄の魔法は他者の魔法を封じる魔法。しかし単身では発動しても二秒か三秒。

 ただし妹と増幅させることで大抵の魔導師なら十数分黙らせることができる。大抵の、ならば。

 それを石に付与して他者に貸し与えることも可能で、縛りの条件として『自分が意識を失っていること』を設定し一日限定の疑似魔石のようなものを作ったそうだ。

 条件は要の自分が倒れた時こそ必要だろうと見立ててのことだったという。

 ヨルシャミは「器用な!」と感心しながら先を促していた。


「私の魔法は隠蔽魔法。効果は見ての通りよ」

「その増幅した力は同時に使用可能なのか?」

「ううん、片方の力を底上げしている間はもう片方は何もできない」


 荷車を押していた魔法はリータを襲ったのとは別の男性によるもので、彼も魔導師といえば魔導師だったが本当にああして物を押すくらいしかできない弱々しいものだったらしい。近親者もいなかったため増幅もできなかったようだ。

「……ヨルシャミにゃ敵わなかったようだけどよ、一般人相手ならその技術があれば無双できてたろ。なんでわざわざこんな遠方まで来てみみっちい仕事してたんだよ」

 腕組みしたミュゲイラがふたりを見下ろしながら言った。

 双子は物怖じしながら口を開く。


「……里はもうないんだ」

「ない?」

「鳥の魔獣にやられた」


 ミュゲイラは虚を衝かれたような顔をした。

「鳥の魔獣って……あの落ちてきたやつか?」

「違う。あれは『親鳥』だ、僕らのことをしつこく追ってきてここまで来たけど、里から追われるような奴じゃない。――本当にヤバいのはその子供だよ」

 双子は顔に影を落として下唇を噛む。その所業を思い出したのか脂汗が浮かんでいた。

 ヨルシャミが怪訝そうな顔をする。


「魔獣は土に還らないのと同じように繁殖もしないはずだ」

「でも見たんだ、つがいの魔獣から生まれてくるのを! あいつは……生まれた後に火山の火口を根城にして、そして腹が減ったら僕らの里に下りてきて……、……」


 黙り込んだ兄の背中を妹が支える。ヨルシャミは口元に手をやって考えた。

「生まれたように見える方法でより強い個体に分裂をした……という可能性はある。だがそこまで強くなるものなのか……おい、見目も同じ個体が生まれたのか?」

 双子は同時に首を横に振り、紫色の炎という単語を口にする。


「何度殺しても死んだままでいてくれなかった。あれは紫色の炎を纏った不死鳥だよ」

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