第63話 痕跡を追って

 まずヨルシャミが行なったのは『次にどこが狙われる可能性が高いか』という調査だった。


 恐らく隠蔽の魔法はかかっている本人とその人物が触れている所有物に限定される。車輪跡が残るのはそのためだ。

 足跡はどうなのか? という疑問が浮かんだが、そもそも被害者の男性が違和感を持ったのは車輪のあるものでこんなところを通っただろうか、という理由であるため足跡は残っていても見落としていた可能性がある。

 他の被害者の話も聞いて回ったところ、犯人はそれらの痕跡を可能な限り有耶無耶にするため敢えて人の行き来するルートを選んで犯行に及んでいるようだった。


 数日かけて条件を絞ったり検証したりを繰り返し、その間に起こった新たな盗難事件の現場にも赴いて魔法の痕跡をチェックしていく。

 その結果、犯人は街の外から来るが犯行後は街の中へと姿を消して魔法を解いていることがわかった。


「木を隠すなら森の中……ってことでしょうか?」

「まぁ街中ならロスウサギを運んでる業者もよく見かけるけど……肝が据わりすぎじゃないか?」

「それだけこなれているということだろう」


 魔法を解くと痕跡がそこで途絶えてしまうため、根城となっている場所は突き止められなかった。

 しかし目撃者がいるか聞き込みはしておこう、と伊織は周囲を見回す。

 すると畜産農家と思しき若い男性が歩いているのが見えた。まだ聞き込みしていない農家の人だ、と近寄って声をかける。事情を説明すると、ロトウタと名乗った男性は「すみません」と申し訳なさそうに謝った。


「僕、ここでロスウサギの畜産業を始めて日が浅いんです。なのであまり周辺に詳しくなくて」


 なんでも毎回違う道を通ってしまうほど道に詳しくないため、ロスウサギを単体で連れている人間を見かけたとしても場所まできちんと記憶はしていないという。

「なるほど、すみません突然声をかけちゃって……」

「いえいえ。ああ、もし調査に誰かの協力や許可が必要ならロスウサギ畜産協会の方に取り次ぎましょうか?」

「ロスウサギ畜産協会……!?」

「はい、協会とはいえ加盟は自由なんで古くから畜産に携わっている人の中には入っていない人も多いんですが、新しくこの仕事を始めた人はサポートを受けられるのでよくお世話になっているところなんです」

 そこならいっぺんに話を聞ける上、ロトウタの言う通り許可が必要な調査も気兼ねなく行なえるだろう。

 ぜひお願いします、と伊織は手を合わせた。


「ところで……どうやって盗難事件の犯人が街中に入っていったなんてわかったんですか? 門の周辺も基本的に泥だらけですし……」

「目には目を、魔導師には魔導師を、だ」

「魔導師?」


 ロトウタは目をぱちくりさせてヨルシャミを見る。

 エルフであることから魔法を扱っていてもおかしくないとは思っていただろう。もちろん魔法を使えるだけで魔導師の枠内には入るが――自称するのはそれなりの実力がなくては子供の戯言のように受け取られるのが関の山である。

 それを察したのかヨルシャミが鼻を鳴らした。

「魔法の痕跡すら見れぬ魔導師が蔓延っているが……驚け! 私は違うのである! 特にあれだけ色濃く残されればな!」

「は、ははあ……」

「ヨルシャミ、ロトウタさんが反応に困ってるからそれくらいにしとこう……」

 相手が雑な仕事をする、しかも悪事に手を染めた魔導師かもしれないということで張り切っているようだが張り切り方が斜め上だった。それを宥めつつ伊織はもう一度協会への取り次ぎをお願いして頭を下げる。


 思っていたよりロストーネッドで足止めを食らっているのが気がかりだったが、魔導師がこのまま犯行を重ねてエスカレートしないとも限らない。そもそも現時点で農家の人に被害を出しすぎだ。

 知ったからには解決したいという気持ちを皆が持っている。

 それに魔獣のこともあった。まだしばらくは滞在することになりそうだ、と伊織もヨルシャミのように気合いを入れる。

 もちろん斜め上に暴走しないように。


     ***


 とりあえず何でも屋をやろう。


 そんなことをバルドが言い出したのが2時間前、実行に移したのが一時間前だった。

 あまりにも思いついたら即行動な性格にサルサムはつい口元に力を入れるのを忘れてしまう。

 しかし仕事は必要である。それも街に定住しない、日払い可能な仕事が。

(聖女一行を見失わないように、そして彼女らの出発に合わせて動かなきゃならない以上長期の仕事を受けるのはネックだからな。それはわかる。……わかるけど何でも屋って……)

 稼ぎのほとんどを家族に渡したサルサムはともかく、バルドはまだそれなりに持っているはずだ。しかしそれでも旅をするなら心許ない。そのため稼ぐことは反対しないが――売れない探偵業のような仕事を連続で受けているとこんな気分にもなる。


「なんだよサルサム、つまらなさそうな顔して」

「いや、普通ここまで来て排水管掃除とか迷い猫探しとか無くした耳飾り探しなんかするか?」

「依頼が来たらするだろ」


 そうじゃなくてだな、とサルサムは眉間を押さえた。

 しかし受けたからには仕事は仕事、すべてそつなくこなしている。途中放棄はどうしても自分の手に余る時だけだ。

「まあいい……ところで次の依頼は何だ? もう一件なんか受けてただろ」

「ああ、これこれ!」

 バルドは仕事の書き込まれたスケジュール帳を見せた。こういうところは細やかなのが解せない。

 そしてサルサムはそこに書かれた仕事内容を見て固まった。

 そんなことなど露ほども気にせずバルドはテスト結果を自慢する子供のような笑顔で言う。


「人騒がせな鳥の魔獣退治だ!」


 途中放棄という言葉が脳裏を過る。

 自分の手に余る時とは今のことを言うのではないだろうか。言う言う。俺なら言う、とサルサムは可哀想な自分に同意したが――きっと、バルドが放棄することはないだろう。ということは。

「……」

 一蓮托生、という言葉が脳内に浮かんできたのを感じながら、サルサムは可能な限り遠くを見た。

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