第64話 犯人の不幸

 ――トリックというトリックはない。


 魔導師にとって奇跡のような現象を起こすことは日常の一部に含まれることが多く、そこに奇跡の真似事に必要不可欠な仕掛けの類は一切含まれていないのだ。

 チーム構成は力仕事担当の男ふたりと――子供ふたりの計四人。

 まだ明るい日の光の下、影ひとつ落とさず四人は目的地まで進んでいく。

 とある事情から彼らは盗みを生業としていた。

 以前していた生活の影響から、依頼されれば大抵のものは盗むことができる。ここしばらくのターゲットは依頼主ご所望のロスウサギだ。

 子供ふたり、少年と少女の兄妹が魔法で痕跡を消し、更に魔法を使って全員が乗った荷車を操作する。本当は浮遊させたかったがそこは力不足だった。


 目当てのロスウサギへゆっくりと近づく。

 事前に目を付けておいた特上のロスウサギである。

 素早く男たちが確保し、ロスウサギを気絶させ荷車へと寝かせた。これは魔法ではなく卓越した技術によるものだ。

 あとは素知らぬ顔で街中へと入り、魔法を解いて依頼主の元へ向かうだけ。

 痕跡を消す魔法は子供たちのお家芸、遺伝によるもののため魔力の消費は控えめなもののそれでも長時間の発動は難しい。街中で解くのは少々緊張感があるが時間的制約のことを考えるとこちらとしてもありがたかった。


 しかし――今日は異変が起こった。


 荷車に寝かせたロスウサギに突如魔法陣が現れたかと思えば、荷車に乗っていた全員を外へ吹き飛ばすほどの突風が起こったのである。

 地面に転がった少女は慌てて飛び起きる。痕跡を消す魔法は兄と接触した状態で発動するもの。こうして離れてしまっては維持ができなくなる。

 案の定四人全員に影が現れ、誰から見ても「そこにいる」とわかる状態になってしまった。


「は、早くこっちへ!」


 この状態でも再び集まれば魔法で姿を消せる。依頼は達成できないが逃げることは容易になるだろう。

 そう手を伸ばしたその時だった。

 目にも留まらぬ勢いで草原の向こうから飛んできた――否、跳んできた筋肉の凄まじい女性が四人の目前に着地する。その両肩と背中には計四人もの人物が乗っていた。

 その中のひとり、左肩に乗った緑髪の少女がすっくと立ち上がる。長いウェーブヘアーが風に揺れ、逆光で見えづらい表情はまるで魔王の笑みのようだった。

 そして彼女は大きな声で言い放つ。


「少年少女よ! 魔法頼りのわりに雑な展開の仕方をするではないか、このド下手くそめ!」


 それは格上の魔導師による、格下の魔導師への言葉に他ならなかった。


     ***


 ロスウサギ畜産協会に貰った許可がある。


 それはヨルシャミがロスウサギに魔法を仕込む許可だった。

 対象となるロスウサギは目利きの関係者に選んでもらった極上の個体数羽で、それぞれに特定の魔法を検出すると突風を起こし位置を知らせると共に、犯人を隠蔽魔法の効果範囲内から離れさせる魔法を仕込む。

 犯行はひとりではなく複数によるもの、且つ魔導師から離れると効果がなくなると予想した結果だ。


「協会を通したことで一軒一軒に許可を貰う手間が省けたわ。まあお前たちが罠にかかるまで数日を要してしまったが」


 結果オーライだろう、とヨルシャミは犯人グループを見下ろして笑う。

 畜産目的で他人が飼育している個体に物騒な魔法を仕掛けるのだから許可は必要だ、という良識的な意見を言い放った者の笑みじゃないよなこれ、と伊織は母の右肩の上から犯人たちを憐れんで見下ろした。

 自分より小さな子供がふたりもいるが、目付きが子供のそれではない。


「……碌に学びもせず才能だけで魔法を繰ることを覚えた人間か」


 そうヨルシャミはぽつりと呟き、背後に渦巻く風で形作られた龍を呼び出した。

 仕込んだ魔法も風の龍も風属性。

 風属性はベルクエルフの肉体と相性が良く、エルフノワールも不得意としているわけではないため扱いやすい上、補助魔石の素がニルヴァーレ――つまり風属性を得意としていた人間であるためか無理が利くらしい。

 魔法の複数使用と巨大物の召喚は普通は同時に行なえない。ニルヴァーレでさえ延命装置から魔力を引っ張り出して行なっていたくらいだ。

 そんなあるはずのない光景に犯人の四人は口を半開きにした。


「さあ、大人しくお縄について誰に依頼されたか吐……、む?」


 遠くから叫び声が聞こえる。

 もちろんこの場にいる誰のものでもない。ロスウサギのものでもない。人間の男性のものだ。

 あまりにも予想外な聴覚情報に伊織はきょろきょろと周囲を見回したが、人の姿はなかった。そう、地表には。

「止まれ止まれさすがに急速降下はお前も困るだろーッ!?」

「待て! コイツ気絶してるだけだ! つまり降下じゃなくて落下――」

 騒ぐ男性ふたりを背中に乗せた、もとい背中にしがみつかれた巨鳥が空から突っ込んできた。

 男性の片方には見覚えがある。バルドだ。


(いや、でもなんでバルドが鳥の魔獣に乗ってるんだ?)

 もっともである。

(というかなんでこっちに突っ込んでくるんだ!?)

 もっともである。


 それは完全に偶然だったが、その日草原の一角で多数の叫び声がこだましたかと思えば、遠目からも見えるほどの立派な土煙が立ったという。

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