第43話 ふたりの好き

 世話になった村から数日進んだところにカザトユアに規模の近い街がある。


 道中も魔獣を見つけては退治していたが、旅をしながら効率良く倒していくなら定期的な情報収集は必要だ。大きな街なら比較的容易にそれをおこなえるだろう。

 それにまだ完全に回復したわけではないヨルシャミを休ませることもできる。

 伊織たちは開けた道はバイクで、それ以外は徒歩で進みながらその街を目指した。


 なお倒した魔獣の死体はその場に置いていくことになっている。


 食用肉にしようにも人間にはそれらの肉を消化吸収できない。

 更には異界からの侵攻に用いられている魔獣・魔物の類は大半が土に還らないのだ。仕組みは明らかになっていないが、この世界が拒絶しているのだろうかと思わせる現象だった。


 代わりに個体差はあるものの、おおよそ数時間から数日で塵のように綺麗さっぱり消え去ってしまう。

 中には死んだ瞬間に消えるものもいるそうだ。


 そのためよほどの理由――数日であれそんな場所に死体があると営業妨害になる、日常生活に支障を来す等の理由がない限り、わざわざ労力を割いて撤去することは稀だった。

 それに倣って先日皆で倒した蛇型の魔獣も静夏がひとつ結びにして山の中に隠しておいた。今頃人間の目に触れる前に消えていることだろう。



 ――出発から二日目の昼のこと。


 この世界には携帯食料はあるものの、長持ちする水はなかなかない。

 魔法で作り出せるなら話は別だが、唯一実現可能なヨルシャミは水属性と相性が悪かった。飲み水の確保のためだけに負荷を受けてまですることではない。

 幸いにも休憩するために選んだ森の中に大きな川が流れており、今日の分の水は心配なさそうだった。


「近場に川があって助かりましたね、ヨルシャミさん」


 ヨルシャミと共に水を汲みに来ていたリータが笑みを見せる。

 休憩ついでに軽食を取ることになり、残りの三人はその準備をしていた。

 長距離の旅は体力勝負、補給ができる時にしておいたほうがいい。逃げるために先を急ぎたいヨルシャミもそれを理解しており拒否はしなかった。

 水汲み程度ならヨルシャミひとりでもこなせるが、状況が状況だからと同行を申し出たのがリータだ。伊織はお人好しだがリータもなかなかのお人好しだ、とヨルシャミは笑みを返しながら思う。


「あのー……ヨルシャミさん」

「む、なんだ?」


 水の淀んでいないところを探しているとリータがおずおずと声をかけてきた。

 先ほどまで普通に喋っていたというのに突然どうした? とヨルシャミは振り返って首を傾げる。

「こないだ魔力操作に優れている、って言ってくれたけど……弓矢の威力が低いのが気になってて。これって訓練すればどうにかなるものなんですか?」

「攻撃力を上げたいのか。ふむ……」

 ヨルシャミは今までのリータの動きを思い返しながら考える。


「……リータは魔力操作が上手く弓矢の形を形成するのがとても早い。しかしそれは無意識におこなっていることのようであるな。それを意識的におこなえるようになれば攻撃力へ魔力を配分するコツも掴めるだろう」


 今までは魔力操作は上手いが弓矢の形成速度に偏っている状態だった。

 それを適切にコントロールし、弓の強化等に配分すればいい、ということらしい。

「もちろん形成が早いのは良いことだぞ、次から次へと射ることができる。だが時と場合により使い分けられれば更なる強みになるだろう。訓練している間に魔力のストック量が増えることもある故、ゆくゆくは両立できる可能性もある」

「本当ですか……!」

「落ち着いたら付き合ってやろう。ああ、そういえばイオリにも召喚術の使い方を基礎から教えねばな……」

 イオリ、と聞いてリータが革の水入れを川に浸しながら微笑む。


「……イオリさんって凄いですよね。最初は少し頼りないなって思ったんですけど、今ではバイク? って凄い乗り物まで呼び寄せられるようになって。ウサウミウシも懐いてるし」

「ん? うむ……まあ、あの年頃の子供にしては頑張っているな。時折妙に後ろ向きな思考をしているようなのが玉に瑕だが、それも自信がつけばその内なくなるだろう」


 子供といっても精神年齢は18才なのだが、ヨルシャミにとっては些細な差らしい。

 リータは天を仰ぎ見て言う。

「あーあ、私もテイムできたらなぁ」

「ははは! 才能には勝てないな。私も使えれば便利だと思う」

「ヨルシャミさんも?」

「召喚対象との契約にはリスクもある。テイムは成功さえすればノーリスクだ、羨ましくないわけがなかろう?」

 肩を竦めつつヨルシャミも水を汲む。

 サモンテイマーはただのテイマーより制約があるが、その分召喚術さえ覚えてしまえば世界が広がること間違いなしだ。伊織がそれを使えるようになったらどうなるか、と想像する過程で『自分が教えたい』ともヨルシャミは思う。

 それは超賢者を自称する己の驕りではなく、ただ単純に彼の成長に手を貸したいという気持ちの表れだった。


「だがまぁ……教え始めてもしばらくかかるであろうな、あれは存外辛抱強いが上手くいかないことが続くとノイローゼになるかもしれない。あと肉体のほうももっと鍛えねば! 旅にぎりぎり食らいついているがバイクの使えぬ地に出た時に大変だぞ! まあ私が言えたことではないが!」

「ヨルシャミさん素直……!」

「真実故な。――未熟だが成長過程の人間としては上質だと思うぞ、他人を思う気質も嫌いではない。あれを保ったまま成長してもらいたいところだが……」


 言葉の途中でリータがくすくすと肩を揺らしながら笑った。

 どこかに笑うポイントがあったか? ときょとんとするヨルシャミを見ながらリータが「すみません、その」と口を開く。


「ヨルシャミさん、イオリさんのことが好きなんですね」


 ヨルシャミは口を半開きにして目を瞬かせた。

 無言のまま数秒固まり、手に持っていた革袋をぼしゃんと川に落としてしまい慌てて拾い上げる。

「す……す、す、す、好き!? いや嫌いではないとは言ったがそそそそういうものでは……!」

「でも人間として好きでなきゃ普通ここまでしないんじゃ……」

「そういう意味か!!」

 真っ赤になった顔を反射的に覆ったヨルシャミはよろよろしながら川から離れた。体調不良によるものではなく精神ダメージによるものだ。

 よくわかっていなかったリータもヨルシャミの勘違いに気がついてハッとする。


「えっ、えっ、その反応って、あの」

「待て! 待て!! そういう話に弱いだけだ早とちりをするな! 頼む!」

「あっ、は、はい」


 ヨルシャミは両手をばたばたとさせる。

 そのたび手に持った革袋の中身がちゃぷちゃぷ音を立てた。

「本当に弱いだけなのだ、どうにも調子が狂う! ま、ま、まあ、よく考えてみろ、私は見目はこうでも頭は男だ。イオリと同性だ。あれを……あー……可愛く思うことはあれど男女のそういう……あ、ああー……うむ……」

「あのぉ、何か言うたび説得力がなくなってくんですけれど」

「うわぁ待て! 消えるな説得力!」


 とにかく! とヨルシャミは無理やり仕切り直す。


「水は確保した! 皆も待っているだろう、待っているに違いない。私は早々に戻ることにするぞ!」

 無意味にはっはっはと笑いながらヨルシャミは来た道を引き返していった。

 リータは堪えきれなかった笑いを手の平で隠し、自分も戻ろうと革袋の口を締める。


「……好きかぁ」


 小さく呟いて木陰を眺める。

 リータは好きと憧れの境界線がよくわからない。

 人間よりは長く生きているが、姉の世話と日々を生きていくことで手一杯で他のものに目を向けることがなかなかできなかった。それが原因だろうか、と自分でも薄々わかっている。

 それはヨルシャミが自身の気持ちをよくわかっていないのと似ていた。

 さっき己の口から発したのと同じ言葉を誰かから言われたら、自分はどんなリアクションをするだろうか。

 自覚しているのかいないのかはわからないが、あそこで素直に反応できたヨルシャミが少し羨ましかった。


「っと、私も早く戻らないと――」


 そう顔を上げた瞬間だった。

 どこからともなく森の中に吹くのとは違う風がふわりと吹いてきて頬を撫でる。

 川が広く開けているからかもしれないが、現在の風向きとも矛盾していた。

「……?」

 きょろきょろと辺りを見回すも何もいない。

 少し不気味に思ったリータが早くヨルシャミの後を追おうと足を踏み出しかけた、その時だった。


「そこのお嬢さん、少しお尋ねしてもいいかい?」


 リータは突然の声に振り返る。

 川沿いにこちらへ向かって歩いてくる男性たちの姿が見えた。

 声をかけたのはその先頭の男性で――彼はこの人里離れた森の中に不釣り合いなほどの、金髪碧眼の美青年だった。

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