第二章
第22話 テイマーとサモンテイマー
新メンバーを加えた一行はヨルシャミが回復するのを待ち、次なる目的地を目指して旅立った。
村人の行方は気になるが、無人になってから時間が経過しているため今は調査を保留する形となった。それに他の村や街で聞き込みをすれば何かわかるかもしれない。
ひとまずの目的地はリカオリ山から南に向かったところにある街、カザトユア。
「カザトユアは養蚕で栄えた街なんです。色んな糸やそれで織られた布があるって聞きました」
「あたしたちは行ったことないけどな!」
「なるほど、丈夫なリュックとかあるといいなぁ……」
旅には必要なものが多い。それらをたっぷり入れられる質の良いリュックやカバンがあるといいんだけれど、と伊織は次なる目的地に想いを馳せる。
「ただ私たちが把握しているのはその街までなんで、地図もどこかで入手しないといけませんね……」
「ベタ村の付近では粗悪な地図が多く出回っていたが、そこよりも人の出入りが多い街なら当たりを引く可能性も高くなるだろう。到着したらまずは宿を取り、有名な地図屋を探すことにしよう」
伊織は静夏の提案に頷きつつ、考え込んでいるヨルシャミに気がついて顔を覗き込んだ。
「カザトユア……カザトユア……聞き覚えがないな……」
「ヨルシャミはこの辺りに詳しいのか?」
山のことも予知という映像で見て「リカオリ山だ」と把握できたくらいだし、と思い訊ねるとヨルシャミは「世界中それなりに知っている」と答えた。
「だからこそ不可思議なのだ。それだけ特徴のある大きな街なら記憶に残っていてもおかしくない。無理やり起こされたから記憶が欠けている……? 脳移植の際に何か細工をされた……? いや、いや、しかし元から似た違和感が――」
ヨルシャミが思考を止める。
伊織の肩にのっていたウサウミウシがにゅっと伸び、ヨルシャミをふんふんと嗅いでいた。
「ときに……ずっと気になっていたのだが、その生物はなんだ?」
「ええと、ウサウミウシっていうらしいんだけど魔獣や魔物の類なのかわからなくて。けど無害っぽいし僕に懐いてるから連れてきたんだ」
「ウサウミウシぃ? なんだその妙ちくりんな生物は……」
ヨルシャミはじっとウサウミウシを見る。
ウサウミウシもじっとヨルシャミを見る。
「……この生物も魂の質が違うな……しかしイオリたちほどではない。これは召喚獣のものに似ている」
「召喚獣?」
会話を耳にしていたらしいリータがぴくりと反応した。
「ウサウミウシって元からこの世界にいたものじゃないってことですか?」
「まだ予想でしかないがそういうことだ」
「もしそうなら……なるほど、だから急に大量発生したんですね。それもかなり前のことですし、途中で全然見なくなっちゃいましたけど……」
ふむ、とヨルシャミはウサウミウシの額をつついた。横から見ていたミュゲイラが「マジでなんであたしだけ触ろうとすると怒るんだ?」とぶつぶつ言っている。
「ああ、やはり召喚後に使役された痕跡があるな、魂に名残が刻まれている。種としての寿命はわからぬが……この刻まれ方、遺伝するものではない故こやつらは分裂で増えるか、もしくは召喚された当時から生きている個体なのだろう」
「使役された痕跡?」
「テイムされた跡だ、その影響で主がいなくなってもサモンテイマーの才のある者に惹かれて懐いてい――」
「やっぱりイオリさんにはテイマーの才能があったんですね!?」
ずいっと近づいたリータの熱意にヨルシャミはよろけた。
そういえば普通の事柄よりも何かと伊織にテイマーの才能があることを望んでいたように思うが、それがもし思い違いでなければ何故なのだろうか?
それが顔に出ていたのか、不思議そうにしている伊織に気がついたミュゲイラがにやにやと笑った。
「リータは子供の頃に読んだテイマーが主人公の小説が今でも好きなんだよ、憧れの的ってやつ。だからイオリも同じテイマーだったらいいのになって思ったんじゃね?」
「へ?」
「お姉ちゃん!? 変なこと言わないでくれる!?」
テイマーにこだわる理由はわかったが、自分じゃ憧れの的を体現することは難しい気がするなぁと伊織は斜め上のことを考える。
「あー……悪いがテイマーとサモンテイマーは別物だ」
体勢を立て直したヨルシャミはそう言い、名前のまんまだと付け足す。
「テイマーはありとあらゆる生き物をテイムできる。まあ本人の力量によるし、大抵は弱い魔物止まりだが。サモンテイマーは自力で召喚する力を持ち、テイム能力を召喚対象に発揮する者だ。つまり契約要らずの召喚魔法を使えるようなものであるな」
ヨルシャミはウサウミウシに視線を移すと説明を続けた。
「ウサウミウシのテイム跡はサモンテイマーによるもの故、もしそれに由来した懐き方ならイオリの才能はサモンテイマーということになる」
だからイノシシには効かなかったのか、と伊織は手を叩く。
そして次なる可能性に気がついてそわそわしながら訊ねた。
「ええと……つまり僕、じつは今すぐ召喚魔法が使えちゃったり――」
「ばかもの、召喚魔法は才能だけでなく知識に由来する。学ばねば才能だけでどうにかなるものではない」
例えば建築の才能があっても図面の見方や材料の組み方など様々な知識を学ばなくては活かすことはできない。それと同じだとヨルシャミは言う。
そうなのか、と伊織は肩を落としたが、それはつまり勉学に励めば使える可能性があるということだ。ヨルシャミは続けて「その気があるなら旅が落ち着いたら教えてやろう」と言った。
伊織は緩く首を傾げる。
「ヨルシャミもサモンテイマー……なのか?」
「私は召喚魔法は使えるが、その使役は契約によるものだ。呼び出しさえすれば契約いらずなサモンテイマーが羨ましい。……が、イオリ。くれぐれも己の力量を見誤るな」
ヨルシャミは目元に緩く力を込める。
「自力でテイム出来ぬものを呼び出せば真っ先に犠牲になるのはお前だ。そして枷のない召喚獣は魔物も同然。この世界の脅威を増やしたくないのならば、身の丈に合ったことを心掛けろ」
「わ……わかった」
過去に何か恐ろしい出来事でも見たのだろうか。とても強い圧を感じる。
その後の説明を聞く限り、テイマーが減ったのは単純にその才能を持つ者が減ったからだろうということだった。
魔導師はともかくテイマーの才能は遺伝に関係しないため、増減はかなり波があるらしい。
ウサウミウシは分裂で増えていてもそのままの長寿の個体であっても、どちらのパターンでも攻撃に適さないため、どこか隠れた土地でひっそりと生きているのではないか? という予想も立てられた。
防御特化は武器になることもあるがウサウミウシはあまりにもその他の力が弱すぎる。使役していた召喚主がいなくなったことでそれが更に顕著になったのだろう、とのことだった。
話の後、ヨルシャミは突然再び思考モードに入って唸った。
やたら饒舌なのは気になって仕方ないことがあるからなのかもしれない。
「しかし……テイマーはそこまで数が少なかったか? それにウサウミウシとやらが大量発生していたわりに私が目にするのはこれが初だ。テイム跡もやたらと古い。なんだこれは……」
「ヨルシャミよ、出会った頃からその手の疑問をずっと抱いていたようだが――」
静夏はゆっくりとした口調でそれを口にした。
「眠っている時間が長く、記憶しているより外界との時の流れの認識がずれているのではないか?」
「え、でも」
伊織はヨルシャミの言葉を思い出す。
長くて数年の設定だったと言っていたはずだ。
ナレッジメカニクスが無理やりそれを解いたのなら、初めの設定の「数年」よりは早い段階で解かれたということになる。
ヨルシャミの数年という感覚がどれくらいかはわからないが、さすがに数十年の時をそうは指さないだろう。
加えてリータの話によるとウサウミウシが現れたのもそれなりに昔のことだ。
ただしリータたちはエルフのため、見た目通りの年齢ではない可能性もある。もしそうなら「昔」とは伊織の想像以上に昔かもしれないが――訊ねるのは怖いのでやめておいた。
ヨルシャミはどこか納得するところがあったのか小さく呟く。
「認識にずれか……、……」
「何か心当たりでも?」
「組織の一室で目覚めた時、私は何らかの液体に浸かっていたのだ。培養槽とでも言うべきか。脳移植の予後を安定させるためにそんな所へ突っ込んだのだろうと思っていたが……」
そこで初めてヨルシャミは冷や汗を流した。
「眠る魔法が解けた後も、それとは別の理由で目覚めなかった? それとも組織が意図的に眠らせていた? いや……あやつらとしても早く情報が欲しかったはずだ、後者はない」
つまり脳移植の後遺症でなかなか目覚めなかったヨルシャミを死なないように保ち続けていたのではないか、ということだ。移植の後遺症ではなく無理やり魔法を解いた余波であることも考えられたが、どのみち結果は同じである。
本当に長い間眠っていたのか?
もしそうなら一体どれだけ経ったのか?
それをヨルシャミが把握したのは――次なる街、カザトユアに着いてからだった。
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