第23話 養蚕の街 カザトユア

 養蚕が盛んなカザトユアには蚕の餌となる木が街中にも沢山生えている。

 伊織たちが前世で住んでいた日本の蚕は基本的に桑の葉を食べるが、この世界の蚕が食べる木はグワという名前らしい。音が似ているのですぐに覚えることができた。


「仲間が前に交易のために訪れた時に聞いたんですが、この木はちゃんと餌用に育てている施設があるらしいですよ。餌に使わないのに街中に溢れているのはグワの木が養蚕を支える大切なものとして神聖視されているからなんです」

「へえ、それだけ色んな歴史があったんだろうなぁ……」


 蚕を育て、糸を取り、その糸の質を高めて量産する。

 それはとても大変なことで、職人だけでなく街の人間も長い時間をかけて頑張ってきたのだろう。


 カザトユアの大通りにはリータの話の通り、布そのものや布製品を扱った店が軒を連ねていた。

 蚕から取れるのは絹、つまりシルクであるため伊織の求める丈夫なリュックには不向きな素材だったが、シルクを中心とした交易が盛んなためか他の様々な布も市場を賑やかせている。

 これなら良いものが見つかるかも、とわくわくするが今は我慢。まずは宿を見つけ、そして地図屋を探さなくてはならない。

「ふむ、大通りはほとんどが商店のようだ。宿屋は――路地を入った先にあるようだな」

 静夏がひょいと大通りから枝分かれする路地を覗くと、そこにいくつもの宿が並んでいた。

 その中のひとつ、丸太をスライスした看板が素朴な宿へと入り、部屋を取る。

 本当なら女子は女子、母子は母子で部屋を分けたほうがいいのかもしれないが――生憎部屋はひとつしか空いておらず、更には「今まで一緒に野宿してたし今更じゃね?」というミュゲイラのもっともなツッコミにより五人で一部屋に泊まることになった。

(まあ……それに今は女の子の体とはいえ、その、ヨルシャミは脳は男なわけだからどっちに割り振るか悩むことになりそうだったもんな……)

 どちらの部屋でも部屋を分けた理由をぶち壊してしまいそうだった。なら最初から全員一緒のほうがいいのかもしれない。


 幸い空いていたのは大部屋だったため、ベッドの数は三つ。

 ひとつは静夏と伊織、もうひとつはリータとミュゲイラ、そして最後のひとつをヨルシャミがひとり占めすることになった。

 それぞれ最小限の荷物を持ち、今度は地図屋を探しに外へと出る。

 ちなみにウサウミウシは魔物や魔獣と間違えられては困るので念のためカバンの中に潜んでおいてもらっていた。人間だと若い世代は知らない可能性がある。

「宿の店主によると西門の端にある地図屋が有名どころらしい。あの近くは警備兵の目もあってあくどい商売が出来ぬそうだ」

 早速地図屋へ向かった一行は店に着くとひょいと中を覗き込んだ。

 店内はなんとなく金券ショップに似ている。各所様々な地図が並び、簡易的に描写範囲と値段を示した値札がそこかしこにぶら下がっていた。

 静夏はそれをひとつひとつ確認していく。


「……よし、店長。このカザトユア周辺の地図と国一帯の広範囲の地図を一枚ずつ頼めるか」

「はいよ。そうだ、もし冒険者の人なら魔石のよく採れる洞窟や遺跡なんかを印した地図はどうだい?」

「む?」


 冒険者ではないが、ある意味似たようなものだ。

 旅費は伊織が目覚めるまで静夏が貯めてきたものがあるが、金はいつ何時入用になるかわからないもの。魔石や遺物を売って稼ぐ手段も得ておいたほうがいいかもしれない。

「あっ、マッシヴの姉御、それ買いっすよ。魔石の採れるところって魔獣とか魔物が湧きやすいんです。討伐が目的のひとつなら一石二鳥じゃないっすか」

「なるほど……ミュゲ、良いアドバイスだ」

「そそそそんな褒められることしてないっすよぉ、へへへ……!」

「お姉ちゃん気持ち悪い……」

 半眼になっているリータの隣で静夏が「ではそれも一枚」と追加注文する。

「お客さんツイてるね、この地図は先日更新されたばかりで売った数も少ないんで人の手の入ってない場所が多く残ってるはずだよ。ほらここ」

 地図屋の店長は地図の隅をトントンと指で叩いた。


 ――7022.86.07


 そこにはそう記されている。

 伊織はベタ村で学んだことを思い返す。この国は年号式ではなく国が興った頃からのカウントで、月は120ヶ月分をワンセットにしてカウントするのだ。要するに日本での十年が一周期として扱われているらしい。

 元は宗教的な理由から決められた方式だと思えば「そういうのもあるんだな」と寛容になれるのは多宗教に慣れた日本人の魂だからだろうか。


(日付は僕らのところとほとんど変わらないんだよな、あと多分一日の時間も)


 未だに日時計しか見たことがないため曖昧だが、この世界のどこかにも正確な時計が存在しているのか気になる。

 いつか目にすることができるといいな、と思っていると、ヨルシャミが日付に釘付けになっているのに気がついた。

 もしかしてヨルシャミは自分が眠りにつく前の日付をきちんと覚えていたのだろうか。

 リータやミュゲイラはエルフの時間感覚のせいか日付に関してはアバウトで、伊織はまだこの形式のカウントに慣れておらず曖昧な記憶しかなかった。静夏も月から上はあまり気にしたことがなかったのだという。あまり必要に駆られないこの世界なら仕方のないことだ。

 そのため道中で言及はしなかったのだが――


「ヨルシャミ、この日付でどれくらい経ったか分かっ……」

「さすがの私も思考停止していた」


 ぽつりとそう言い、よろけたヨルシャミは壁代わりに静夏へと寄りかかる。

「もし、もしも途中で年の数え方が変わっていないのだとしたら……」

 本当は変わっていてほしい。そう願っているようにヨルシャミは言い淀む。

 しかし国が興った時からそれは変わっていない。


「なんということだ、私が眠りについた時から千年も経っているではないか!!」


「っせ――」

 千年!? という声が重なり、その中でひとり地図屋の店長だけがきょとんとしていた。

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