第21話 一緒に行こう
じつに剣呑な組織『ナレッジメカニクス』
この世界に存在しないとされている神。
その召喚方法を知っているせいで脳を別の体に移植されたヨルシャミ。
ヨルシャミのもたらした情報をどう扱うべきか話し合いながら、伊織はただひとつ確かなことを自分の中で再確認していた。
他人の体であるため見た目、性別、年齢はあてにならないが――か弱そうな女の子でなくても、ヨルシャミは助けを求めてきた人だ。ならば助けてあげたい。
母親のように誰かを救いたいと思い続けてきた自分。そんな自分に初めて直接助けを求めてきた人だからこそ強く思うのかもしれないが、もしそれがヨルシャミにとってたまたまだとか、助かるための手段のひとつに過ぎなかったとしても最後までやりきりたいと思っていた。
人を救うのに相手の感謝は必要不可欠ではない。
「そうだ、小屋でのこと!」
考え込んでいるとヨルシャミがぽんと手を叩いた。
「小屋でのこと?」
「イオリ、お前が私をキャッチしたことについてだ。前にも言ったが予知の結果だけは覆らん。しかし微々たるものながら予知の結果からずれたのは一体何故なのかずっと考えていたのだ」
それがわかったのかと皆が注目するも、ヨルシャミは「言っとくがまだ解明はしてないぞ」と付け加えた。
「とりあえず考えつく可能性としては三つ。『あの予知の光景は逃亡時ではなくまだ先のことである』と『私の見間違え』と……」
「予知に見間違え?」
「基本的に映像で見えるのだ、運が良ければ周辺の情報もわかるがノイズがある。……で、三つ目」
ヨルシャミは伊織に視線をやる。それがなぜか今までのものと違い、何かを見透かそうとしているようで伊織は思わず唾を飲み込んだ。
「三つ目は『イオリが干渉することでずれた』――笑ってしまうほどアホみたいな予想であるが、イオリ、そして……そっちのガタイの良い者。お前たちは魔力の質が違う」
ヨルシャミは伊織と静夏を指して不可解なものを見る目をする。
「これは私の持論だが……魔力は生き物だ」
「い、生き物?」
それはリータたちも初めて聞くようで、思わずオウム返しに聞き返した。
「そうだ、生きていられるなら形にこだわらない生き汚さを持つ正真正銘の生き物。しかし大気中に漂っているとその内霧散して死を迎える。それを回避するため我々の体に寄生し、対価として自身の体の一部を事象に変化させる。それが魔法の正体なのだ」
その餌となるのは寄生先の魂。
餌といっても魂そのものを食べるわけではなく、生命活動を行う際に発生するエネルギーを食べているらしい。そのエネルギーは人間には不要なものであるため、共存の成り立つ寄生関係だという。
魔導師としての才能の有無はこのエネルギーを多く生み出せる魂か否かで決まるらしい。
「そして魔力は餌の魂により質を変える。お前たちのは見たことがない。まるで……そう、まるで他の世界から現れたような突飛な魂だ」
「……!」
どんぴしゃりで言い当てられ、伊織は息をのんだ。
一方で真に受けていないリータは戸惑った様子で言う。
「そんな、マッシヴ様はたしかに不思議な存在ですけれど、それは聖女であるからで……」
「聖女? 聖女……その聖女たる所以が私は気になるのだ」
「――母さん」
伊織は静夏にそっと声をかけた。
ふたりの見解は「旅先では信頼できる人物に何か良いきっかけがあるまでは積極的には話さないでおこう」だ。転生者であることは特別必死になって隠してはいない。
ヨルシャミは実際に会って日が浅いが、打ち明けることでメリットがあるように思う。
リータとミュゲイラも数日一緒に旅をすることで信頼できる人物だとわかった。情報を悪用はしないだろうし、そもそも旅の本来の目的からは少し外れているヨルシャミ探しも快く手伝ってくれたくらい『良い人』たちだ。
そう感じているのは伊織だけでなく静夏も同じようで、名を呼ぶだけですべては伝わったようだった。
「三人とも、それについて我々から話すべきことがある」
聞いてくれるか、と静夏は両手の指を組んで言った。
「――っ転生者!? しかも存在しないはずの神による指名で!?」
「マッシヴの姉御たちヤベーじゃんか!」
ことの経緯を聞いたリータは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、ミュゲイラは語彙力をなくした。
ベタ村では最初から受け入れられていたため、伊織にとっては新鮮な反応だ。
ふたりは仰天していたが、そこに否定や拒絶の感情は含まれていない。現に疑うことなく「前世はどこにお住まいだったんですか?」「マジで筋肉は神のご加護によるものだったんっすね!」などと多方向から食いついている。
そうだ、ヨルシャミは? と伊織が視線を向けると、ヨルシャミは――口元に指を添えてぶつぶつと呟き続けていた。まるで思考モードに入った探偵のようだ。
「他世界からの転生……なるほど、この世界には世界そのものの神にも手を出せない決まり事があるが、外なる者ならそれに干渉できるということか。侵攻については何だ? 初耳だな。世界の病……その治療者はまさしく救世主であるが……ふむ……」
「え、ええと、ヨルシャミ?」
目の前で手の平を軽く振ってみる。
ヨルシャミは気がつかない。
「まあ要するに外なる者だからこそ予知にも干渉でき魔力の質も変異しているというわけか、なんだこれは……本当に初のケースばかりじゃないか! イオリ!」
「うぉわっ!」
突如こちらに意識を向けたヨルシャミは伊織の両肩を掴み、瞳を輝かせて言う。
「俄然興味が出てきた! お前たちは面白い、故に私もその救世の旅に同行させてもらう!」
「ヨ、ヨルシャミがいいなら……」
「いいに決まってるだろう! ……ああいや、しかし冷静になって考えてみれば……私はこれからもナレッジメカニクスに狙われるかもしれぬ身。しかも魔法は想像以上に不安定だ。お前たちにとってはお荷物でしかないな……ふぅむ……」
伊織は首を傾げる。
「え……お荷物とか関係なくないか?」
「何を言う、救世の旅なのだぞ。安定した立場且つ力ある者で編成されたパーティーであるべきであろう」
「それを言うなら僕なんてお荷物中のお荷物だぞ。そりゃあ転生者のひとりだけど……母さんみたいに人助けできないし……」
「む? お前は私を救ったじゃないか」
ヨルシャミの言葉に伊織は薄緑色の瞳をじっと見た。
「救った……」
救えた、と喜びはしたが――そうか、救った本人からこう言われるとこんなにも嬉しいのかと目頭が熱くなる。
「その救われた礼もちゃんとするつもりだったぞ、超賢者は義に厚いのだ。しかし予想より遥かに魔法が上手く使えんし、金もない故悩んでいたが。我が愛する混沌従者の杖イデアスクワィアがあればまだよかったのだが、あれは捕まっていた施設に置いてきてしまっ……どうした?」
「い、いや、なんでも」
伊織は目元を拭って隠し、そして笑みを浮かべてヨルシャミの頭を撫でた。
「一緒に旅をすることのメリットとデメリットなんて気にしなくていいよ。それにヨルシャミはその言い方だと回復したら僕らの元から離れるつもりだったんだろうけど、これからも狙われるかもしれないなら守らなきゃって思ってた」
だから、と伊織は続ける。
ここで難を逃れても、組織がある限りヨルシャミに安寧は訪れない。本人はあっけらかんとしているが脳移植されるなどという非道なことまでされたのだ。
助けるなら最後まで助けきる。伊織はそう思っている。
「だから――ヨルシャミがいいなら一緒にいこう」
そう優しく言うと撫でられたままヨルシャミは視線を上げた。
また頬も耳も真っ赤だった。
(あっ、しまった、夢の中で怒られたのについうっかり……!)
元が男性だったなら撫でられ慣れていないのかもしれないし、もしかすると屈辱的なのかもしれない。撫でることに伊織にはわからない文化的な意味がある可能性もある。
それにそもそも男女関係なく唐突に撫でるのは失礼だ。なぜか静夏の広い手の平なら許せてしまうが。
また怒らせてしまう。
慌てて手を引こうとすると、ヨルシャミは絞り出すように言った。
「……撫でるな阿呆」
しかし、同行に同意する返事代わりなのか――夢の中のように、殴られることはなかった。
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