昔の恋が想い出に変わる時 ④
穏やかに微笑むリュウに、トモがためらいがちに尋ねる。
「リュウはそれでいいのか……?」
リュウは一瞬驚いた顔をした。
「オレは会おうとしても会えなかったからな。でもオマエは偶然またアイツに会えた。そういう運命だって事だろ」
リュウがそう言って笑うと、トモは深々と頭を下げた。
「ごめんな、リュウ……」
「なんだよ……オマエが謝るような事じゃねぇだろ?オマエらが幸せになれるなら、それでいいんだ。ちゃんと話してくれてありがとな。これでオレはやっと終われる……。オレはオレの幸せを見つけるさ」
トモは顔を上げて、リュウの顔をじっと見た。
「リュウ……それ本心か……?」
「ああ。嘘ついてどうすんだ」
「リュウはいつだって、オレには本心なんか言わねぇじゃん。遠慮なのかなんなのか知らねぇけどさ……」
「それは11年も黙ってたオマエだろ?今日やっと少しだけ聞けた気がするけどな」
二人は顔を見合わせて、たまらず笑いだした。
「お互い様か?」
「昔ヒロさんに……この間、ユウにも言われたな。似た者同士で相思相愛なんだってさ」
「似た者同士はともかく……相思相愛ってなんだよ、気持ちわりぃ……」
リュウとトモは、まだ若かったあの頃のように笑いながらコーヒーを飲んだ。
ずっとお互いの胸につかえていたわだかまりがゆっくりと解けていくような気がした。
リュウは、他の誰でもなく、トモにこの想いを断ち切ってもらえた事が嬉しかった。
甘くて苦くて、切なさに胸を焦がし続けた遠い日の恋が、リュウの中でやっと、静かに終わりを告げた。
(これでやっと……オレの長かった片想いもホントに終わったな……)
しばらく黙っていたトモが、タバコに火をつけながら、リュウの顔をじっと見た。
「なぁ、最近気になってたんだけどさ……」
「なんだ?」
「リュウ、恋でもしてる?」
唐突なトモの言葉にリュウは驚き、むせて咳き込んだ。
「はぁっ?!何言ってんだ?!」
「いや……。最近リュウ、ぼんやりしてるから。アユちゃんに片想いしてた時のオレ……って言うか、昔のリュウみたいだなーって。昔もそんな時があったから」
「なんだそれ……」
リュウは途端に視線をさまよわせ、居心地の悪そうな顔をした。
「あ、図星だな」
「そんなわけねぇだろ。だいたい……」
オレとハルは身内なんだから、と言いかけて、リュウは口をつぐんだ。
(えっ?!なんでここでハルが出てくんだ?!)
リュウは自分の考えに戸惑って、また視線をさまよわせ、オロオロし始めた。
「意外とわかりやすいんだな、リュウ……」
トモはストローに口をつけながらニヤニヤしている。
「とにかく!そんなんじゃねぇ」
「ふーん……?話したいならいつでも聞くよ?」
「違うって言ってんだろ、しつけーな!!話す事なんてなんもねぇ!」
リュウは苛立たしげにタバコに火をつけた。
「リュウ……さっきのタバコ、まだ残ってる」
「えっ……」
いつもとは違うリュウの様子に、トモはこらえきれず吹き出した。
「うまく行くといいなぁ、リュウ」
「だから……!!あー……アホらし……もうやめた」
リュウは言い返す気力もなくなって、ガックリと肩を落としながら、短い方のタバコの火を消した。
(いくらなんでも、オレがハルを好きになるわけねぇだろう……。だいたいハルはまだ15だぞ?しかも身内だし……)
リュウが心の中で必死に否定していると、リュウのポケットの中でスマホの着信音が鳴った。
リュウはスマホの画面を見て、首をかしげた。
「あれ……珍しい、姉貴からだ」
「電話出ろよ。急用かも」
リュウは通話ボタンを押してルリカからの電話に出た。
「もしもし」
『あ、リュウト……今少しだけいい?』
「ああ……大丈夫だけど……何?」
ルリカは会って話したい事があるから、近いうちに帰れないかと言った。
翌日から2連休で特に予定のなかったリュウが明日帰ると言うと、それを聞いていたトモが、じゃあ今夜のうちに一緒に帰るか、と言った。
「トモが今夜のうちに実家に帰るから、ついでに乗ってけって。だから今夜遅くなるけど帰る事にするわ。話は明日でいいか?」
『わかった。じゃあそうして』
電話を切ったリュウは、また首をかしげた。
(会って話したい事ってなんだ?)
リュウは一度自宅へ戻って着替えなどの持ち物を準備した後、迎えに来たトモの車で地元に帰った。
車の中で他愛もない話をしていると、トモがまたさっきのファミレスでの話をし始めた。
「それで……リュウの好きな子って、どんな子なんだ?かわいいのか?」
「オマエ、意外としつけーな……。違うって言ってんだろ」
「ふーん……。リュウは誰かを好きになった時、人に聞かれても最初は絶対認めねぇもんな」
「なんだそれ……」
「自覚するのが遅いんだな、リュウは。めちゃくちゃ恋に臆病だ」
「はぁ?わけわかんねぇ事言うなって」
トモに冷やかされている自分がカッコ悪くて、リュウは昔とは立場が逆になったとバツが悪そうな顔をした。
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