昔の恋が想い出に変わる時 ③

 翌日。

 雑誌の写真撮影を終えて控え室でタバコを吸っていたリュウは、後ろから肩を叩かれ振り返った。


「お疲れ」

「トモか……。お疲れ」


 トモはリュウのそばに座り、タバコに火をつけた。


「なぁリュウ……。飯でも行くか」

「ああ……。行くか」


 あのバーで話した夜から、お互いになんとなく二人だけで話す事を避けてきた。

 タバコを吸い終わったリュウは、トモはきっとアユミの事を話したいのだと思いながら席を立った。


「久しぶりに飲むか?」

「いや……夜のうちに車で実家に帰るから」

「そうか……。じゃあやっぱ飯だな」


(アユミに会いに行くんだな……)




 撮影スタジオを出た二人は、どこに行こうかと考えた。

 よく考えたら、酒も飲まずに二人で食事だけをするのは久しぶりだ。

 もしかしたら、ロンドンに行く前以来かも知れない。


「そうだ……。久しぶりに、ファミレス行ってみるか?昔よく行ったじゃん」


 リュウがそう言うと、トモは一瞬驚いた様子を見せた後、おかしそうに笑った。


「いいな。なんか懐かしいし」

「だろ?よし、行くか」


 近くのファミレスに入ると、店の奥にある喫煙席の目立たない席に案内された。

 それぞれに料理を注文して、ドリンクバーで飲み物を注いで席に着いた。

 タバコに火をつけ、お互いにしばらく黙ったままでアイスコーヒーを飲んだ。


「あのさ……」


 沈黙を破ったのはトモだった。


「なんの相談もしないで、悪かったな……」


 リュウはタバコに口をつけ、静かに煙を吐き出した。


「オレに相談も何も……オマエらの事だろ?」

「うん……まぁ……そうなんだけどさ……」


 トモは改めて、マサキと偶然会った時の事や、その後アユミと再会した時の話をした。

 リュウは黙ってトモの話に耳を傾けていた。


「会うのが怖いとか思ってたはずなのにさ……会ったらそんな事考える暇なんてなかったよ」

「そうか……」


 注文していた料理が運ばれてきて、二人はしばらく黙って食事をした。

 リュウが食事を終えてアイスコーヒーのストローに口をつけた時、トモが箸を置いて口を開いた。


「二人で話し始めた時にな……マサキはオレの子なんだろって聞いても、アユちゃん何も言ってくれなくてさ……。なんか腹が立ってきて、なんで何も言ってくれないんだって、つい怒鳴っちゃってさ……」


 トモは、アユミが妊娠した事をなぜトモに言わなかったのかを話した後、言いにくそうに声を絞り出した。


「オレ……妊娠したのがリュウの子なら言えたのかって、アユちゃんを責めた……。最低だろ」


 トモの言葉を聞いて、リュウの胸がしめつけられるように痛んだ。

 長い間ずっとリュウを責めた事のなかったトモが、本当は親友のリュウにアユミを奪われてしまった事に傷付きながら、自分自身とアユミを心の中で責めていたのだとリュウは気付いた。


(バカだな……なんでもっと早くホントの事言わねぇんだよ……。責めるならオレを責めれば良かったのに……)


 視線をそらし黙り込んだまま何も言えないでいるリュウに、トモは話を続ける。


「そんな事、ずっとリュウにも言った事ないのにな。なんでかな……。もしかしたら、オレじゃなくてリュウの子だったら、アユちゃんは素直にリュウに頼ったのかも知れないとか思ったら悔しくて……気がついたら、そう言ってた」

「バカだな……。そんなわけねぇだろ……」


 リュウはタバコに口をつけ、煙を吐きながら、短くなったタバコを灰皿の上でもみ消した。


「オレはあの時……離れて行こうとするアユちゃんを繋ぎ止める事しか考えてなかった。でも、結局そのせいでアユちゃんを傷付けて、また迷わせてさ……。だからアユちゃんはリュウのところに行ったんだって、ずっと思ってたのに……。アユちゃんは、妊娠した時からオレの子だってわかってたから産むのを迷わなかったんだってさ……」


 リュウは少し考え込んだ後、新しいタバコに火をつけ、静かに煙を吐き出した。


「オレが最後に会った時、アイツな……髪切ってくれって言ってさ。そういう約束してたから切ってやったんだけどな。ずっと黙ってると思ったらさ……彼と別れた……彼の事、ホントに好きだった、って……泣いてた。その時アイツが泣いたのは、トモの事話した時だけだった。オレとの別れ際なんか、振り返りもしなかった」


 リュウはまたタバコに口をつけ、煙を吐き出して、笑みを浮かべた。


「最初から最後まで、アイツが好きだったのはオマエだけだったんだ。アイツはオレの事なんか、一度も見てなかった。オレはただ偶然近くにいただけなのに、バカみたいに勘違いして……情けねぇな」

「リュウ……」

「結局、オレが二人を引き離したようなもんだ。ホントに悪かったな……。オレは今度こそオマエらの幸せを邪魔しねぇように、大人しくしてるわ」


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