昔の恋が想い出に変わる時 ②

 ユウはレナの病室を出た後、雑誌の取材の仕事のため、事務所に向かった。

 取材前、事務所の廊下の長椅子に座ってぼんやりとタバコを吸っているリュウを見掛けて、ユウは隣に座ってタバコに火をつけた。


「よう」

「ああ……ユウか……。今日も奥さんとこ寄って来たのか?」

「うん」

「そうか……」


 リュウは心ここに在らずの様子で、遠くを見つめている。


「この後、一杯どうだ?」

「ああ……そうだな……」


 以前とはまた違ったリュウの様子に、ユウは首をかしげた。



 取材を終えてバーに向かったユウとリュウは、並んでカウンター席に座った。

 ビールをオーダーして乾杯した後、タバコに火をつけた。

 リュウは相変わらずぼんやりしている。


「リュウ、またなんかあったか?」


 ユウが尋ねると、リュウは少し考えるそぶりを見せた。


「なんかあったような、なかったような……」

「なんだそれ?」


 リュウの曖昧な返事に、ユウは眉を寄せた。


「この前、ユウと二人でここで飲んだだろ。あの後、家に帰ったらな…家の前で、待ってたんだ」

「誰が?」

「……ハル……。なんの連絡もしねぇで一人で来てさ……ずっとオレの帰り待ってたんだ……」

「ふーん……。それでどうした?」


 リュウは、その夜の事をユウに話した。

 ハルに好きだと言われた事や、迷惑かと聞かれて、身内だから恋愛や結婚は考えられないと伝えた事。

 泣いて一人で帰ろうとしたハルを引き留めて、その夜はハルを泊めた事。


「ハルがな……一緒に寝るって聞かなくってさ……一緒にベッドに入ったんだけど……」

「えっ?!」


 いくら身内とは言え、相手は小さな子供でもないのにと、ユウが驚いた顔でリュウを見た。


「あ……いや、一緒に寝たって言っても変な意味はねぇぞ?ハルはまだ15だし……身内だし……」

「あ……ああ…うん……」


 ユウは落ち着きを取り戻そうと、ビールを一口飲んだ。


「一緒に横になったらさ……ハルがしがみついてきてな……なんかあったか?って……。なんも言わなくてもオレが元気ない時、ハルにはわかるんだってさ……」

「へぇ……」

「ハルがな……大人だってつらい時はつらいって言っていい、泣きたい時は泣いていいって言うんだよ。そうしないと、オレがずっとつらいままだからって……」


 リュウはタバコに口をつけて、静かに煙を吐き出した。


「聞いてくれる人がいないならハルが聞いてあげるって……泣きたい時はハルが抱きしめてあげるってさ……。オレを抱きしめてさ……ガキのくせに生意気だろ?」

「へぇ……。いい子だな」

「小さい頃も今も、ハルはハルだなって……なんか嬉しくてさ……。ハルの手握ったらあったかくてな……久しぶりにぐっすり眠れたわ」


 リュウは少し照れくさそうに笑って、グラスを傾けた。


「だけどさ、起きたらハルはもう帰った後で……あれからなんにも言って来ねぇから、なんか気になってさ……」

「学校とか勉強とか、友達との付き合いとか……女子高生も何かと忙しいんじゃないのか?」

「いつもは用なんかなくても、しょっちゅうメールとか電話とかしてくんのにな」

「そんなに気になるんなら、リュウから連絡してあげればいいじゃん」


 ユウが事も無げにそう言うと、リュウは頭を抱えた。


「そういうのな……慣れてねぇから、苦手なんだよ。まともな恋愛してねぇから……」

「えっ?!恋愛って……オレ、好きな子にメールしろとか言ってないよ?相手、ハルちゃんだろ?普通にメールすればいいじゃん」

「あ……そうか」


 恋する思春期の男子のように焦るリュウを見て、ユウは思わず吹き出した。


(なんだ、リュウのやつ、もしかして……)


「なんだよ、ユウ……」

「いや……リュウも意外とかわいいとこあんだなーってさ」

「なんだそれ……」


 リュウはまた照れくさそうにビールを煽った。


「ハルちゃんの写真とかある?」

「ああ……見るか?」


 リュウはスマホの画像ファイルを開いて、ハルの写真を画面に映し出してユウに見せた。


「へぇ……かわいいじゃん」

「だろ。ちっちゃい頃はずっと一緒にいたんだけどな。オレがロンドンにいる間にすっかり大きくなってさ。今じゃ立派な女子高生だ」

「それだけオレらも歳とったって事だな」

「たしかにな。あん時ハタチだったオレはもう33で……2歳だったハルは、まだ15だもんな……。ハルは今でもまだオレの歳の半分以下だ」

「若いな……。でもいつかは大人になるよ」

「その頃にはオレもオッサンだな。ハルのやつきっと、オレになんか見向きもしねぇよ」


 ハルの事を身内だとかまだまだ子供だとか言っていたはずなのに、今のリュウは、知らないうちに大人びていたハルを、ほんの少し意識し始めているのではないかとユウは思う。

 ユウの目にはリュウが、まっすぐに想いをぶつけてくるハルに戸惑い、その想いを受け入れる事をためらっているように見えた。


(リュウはホントにハルちゃんが大事なんだな……。大事だから変えられない関係とか、保ちたい距離とかあるんだよな……)



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