繋がった恋と届かない想い ④
翌日。
事務所のスタジオで練習を終えた後、タクミがトモに声を掛けた。
「そう言えばトモ、昨日はあの後、マサキを家まで送ってったの?」
「ああ。キッチリ送り届けた」
二人の会話を聞いて、なんの事かとハヤテが会話に加わった。
「昨日なんかあったの?」
「トモ、イベントに来てたファンの男の子にぶつかってさ、その子、足を挫いちゃったんだ。そんで、トモが手当てして送ってったの」
「へぇ……。大変だったんだな」
「でもかわいかったよ。まだ6年生なのに、トモに会いたくて、母親に内緒で2時間半も掛けて電車で来たんだって」
「2時間半も!6年生でそれはすごいな」
「偶然、トモの地元の子だったんだ。その子、マサキって言うんだけどさぁ、名前の漢字が一緒だったり、おまけに若い頃のトモにめっちゃ似てんの」
「へぇ!!オレも会ってみたかったなぁ」
タクミとハヤテの会話を聞いていたユウとリュウが、思わず顔を見合わせた。
「リュウ……」
「……かもな」
リュウがチラリとトモの方を見ると、トモもリュウの方を見ていた。
リュウは慌ててトモから目をそらす。
明らかにいつもとは違うトモの表情を見て、リュウは急に、逃げ出したい衝動に駆られた。
(トモ……もしかして……アユミと……)
タクミは相変わらず楽しそうに、ハヤテに話を続ける。
「トモがマサキに『家の人に黙って一人で来ちゃダメだ』とか説教なんかしてさぁ。ホントに親子みたいだった!な、トモ!!」
何気なくタクミが笑ってトモの肩を叩いた。
トモは一瞬、口元をギュッとひきしめて、真剣な面持ちで口を開いた。
「あれな……オレの息子……」
唐突なトモの発言に、ユウとリュウは『やっぱり……』と思いながら、お互いに顔を見合わせ、ため息をついた。
タクミとハヤテは一瞬目を見開いてから、声をあげて笑い始めた。
「たしかにめちゃくちゃ似てるけどさぁ」
「いくら似てるからって、いきなりそりゃないだろう」
トモの言葉を冗談だと思い笑っていたタクミとハヤテが、トモがいつもとは違い真剣な表情を崩さない事に気付いて、笑うのをやめた。
「待って……。トモ、本気で言ってる?」
タクミがトモの顔をじっと見て尋ねると、トモは大きくうなずいた。
「本当にマサキは……オレの子なんだ」
スタジオ内に、重い沈黙が流れた。
ハヤテが真剣な面持ちでトモの肩を叩く。
「とりあえず、場所変えよう。トモ、ちゃんとみんなに説明してくれ」
事務所の会議室を足早に出たリュウは、バーのカウンター席で一人、ビールを煽っていた。
さっき会議室で聞いたトモの話が、リュウの頭の中で何度も響く。
『いずれ、彼女と一緒になるつもりでいる』
トモは、マサキと出会った経緯や、アユミが一人でマサキを産んで育てて来た事、自分はその事実を13年も知らずにいた事を話した。
そして、別れた後も二人がお互いに想い合っていて、今もその気持ちは変わらないと言う事。
ユキから話を聞いて、それはおそらくトモの子だと思っていたはずなのに、実際にトモの口から真実を聞かされた時、リュウの中で糸がプツリと切れたような、何かが音もなく崩れ去ったような、妙な虚無感に襲われた。
もしかして、トモではなく自分の子なのではないかと思っていたかも知れない。
13年前、リュウが最後にアユミと会った時、アユミが涙を見せたのは、トモと別れた事を話した時だけだった。
リュウが『オレじゃダメか?』と尋ねた時も、『じゃあな』と別れを告げた時も、アユミは泣かなかった。
(あの時も、その後も……アユミの心の中には、トモしかいなかったんだな……)
アユミがトモとの付き合いに迷い始めた時、アユミのそばにいるのは、自分でなくても良かったのかも知れない。
ただ偶然再会した自分が、たまたまアユミの悩みを聞く相手になっただけだ。
(バカだな、オレは……。つまんねぇ勘違いなんかして……一人で思い上がってた……。アユミはオレの事なんか、なんとも思ってなかったのに……)
リュウはタバコに火をつけて、煙を深く胸に吸い込み、ため息と共に吐き出した。
(情けねぇ……。カッコわりぃな、オレ……)
リュウはおかわりしたビールを、また勢いよく煽った。
あの頃も今も、どうにもならない想いがリュウの胸を強くしめつける。
(なんにも持ってねぇオレなんかじゃ、やっぱ……トモには勝てねぇか……)
リュウは若い頃からずっと、親友のトモに劣等感を抱いてきた。
頭が良くて優しくて、人当たりが良く誰からも愛されているトモが羨ましかった。
(今更だな……。もう昔の話だ……)
トモがアユミと幸せになれるのならそれでいいと思っているはずなのに、どこかで素直に笑えない自分がいる。
(トモとアユミが一緒になるって事は……オレの存在なんか、邪魔でしかねぇよな……。トモはもうきっと、オレにはアユミと会わせたくねぇだろうし……)
どうにもならない想いを打ち消してしまおうとすればするほど、えぐられるような胸の痛みに苛まれた。
(これでホントに終わったな……)
バーのドアを開けたユウが、カウンター席で一人、背中を丸めてビールを煽っているリュウを見つけた。
(やっぱりここにいた……)
寂しげなその背中をユウは愛しげに見つめる。
(結局……片想いで終わったな、リュウ……)
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