繋がった恋と届かない想い ③

「私があんな事したせいで別れる事になって、ずっと後悔して……。ふざけるなって言うかも知れないけど、トモくんの事がホントに好きだったから、どうしても言えなかった……。もう会えなくても……トモくんとの繋がりを残しておきたかったの……」


 うつむいたアユミの目からこぼれた涙が、膝の上に置かれた手の甲を濡らした。

 トモの目に映るその光景が、別れ話をしたあの日の記憶と重なる。

 そしてトモは、最後にアユミを抱いた夜の事を不意に思い出した。

 自分からアユミが離れて行くような気がして、焦りと不安が抑えきれず、なんとかしてアユミを繋ぎ止めようと、抵抗するアユミを無理やり押さえ付け、強引に抱いた。

 まだ大学生だったあの頃、いつもはきちんと避妊をしていたのに、あの時だけはアユミを繋ぎ止める事しか考えられず、トモはわざと避妊をしなかった。

 その後、別れてトモの前から姿を消したアユミからはなんの音沙汰もなくて、繋がりのなくなった自分は、アユミとはもう二度と会えないんだと思っていた。


(オレは……知らないうちにこんな形で、またアユちゃんを縛り付けてたんだな……)


「ごめん、アユちゃん……。あの時……オレはアユちゃんを誰にも取られたくなくて……オレから離れて行かないでくれって……オレだけのアユちゃんでいて欲しくて……なんとかして、アユちゃんを繋ぎ止めようとした……」

「うん……」

「オレは……ずっと会いたかったよ。戻って来て欲しいって、ずっと思ってた……。別れてからもずっと、忘れた事なんてなかった」

「トモくん……」

「もう会えないんだってわかってたのに……好きで好きで、どうしようもなかった……」


 トモの、ずっと胸にしまい込んでいたアユミへの想いが一気に溢れ出した。

 アユミは潤んだ瞳でトモの顔を見て、笑みを浮かべた。


「ありがとう。私ももう会えないと思ってたから……会えて嬉しかった。でも……もう会わない方がいい……」

「なんで?オレは会いたい。昔みたいに……」


 アユミが首を横に振ってトモの言葉を遮った。


「お互いにただの大学生だったあの頃とは、何もかもが違うんだよ。私にはマサキがいて、教師って言う仕事があって……トモくんはたくさんのファンがいる芸能人で……」

「なんでそれがダメなの?オレは今でも……」


 アユミはトモの言葉を聞きながら、こぼれ落ちて頬を伝う涙を手の甲で拭い、静かに首を横に振った。


「トモくん……その先は、言わないで……」

「え……?」

「ありがとう、トモくん。さよなら……」


 アユミはトモの顔を見ないようにして、助手席のドアに手を掛けた。


「待って!!行かないで!!」


 トモは慌ててアユミの腕を掴み、引き留めた。


「離して……」

「イヤだ!!あの時カッコつけて手を離すんじゃなかったなんて、あんな思いもうしたくない!!二度と後悔なんかしたくないんだ!!」


 トモはアユミを強い力で引き寄せ、思いきり抱きしめた。


「好きだよ。オレは今もアユが好きだ。今度こそ絶対離さない」

「でも……私といたら……マサキの事もあるし……いろいろ言われるでしょ……?」


 ためらいがちにアユミが呟くと、トモはあの頃と同じようにアユミの髪を愛しそうに撫でた。


「誰になんて言われても、アユとマサキは、オレがちゃんと守る。今度こそアユを迷わせたりしない。オレの手で必ず二人を幸せにするから……もう一度だけ、オレを選んで」


 あの頃より大人になったトモの広くて温かい胸に顔をうずめて、アユミが小さく呟く。


「私もう……あの頃みたいに若くないよ……?」

「そんなの、オレだって一緒だよ」

「仕事もあるし……マサキもいるし……昔みたいにずっと二人っきりではいられなれないよ……?」

「オレも仕事あるのは同じだし、二人きりもいいけど、マサキとも一緒にいたい」

「トモくんならきっと……もっといい人見つかるでしょ……?」

「アユちゃんより好きになれる人なんか、オレにはいない」

「ホントに私でいいの……?」

「オレはアユちゃんじゃないとダメなんだ。アユちゃんのホントの気持ち……聞かせて」


 アユミは涙を流しながら小さくうなずいた。


「私も……トモくんが好き……」

「ホントに?」

「うん。私もずっと、トモくんを忘れた事なんてなかった。今も、好き」

「良かった……」


 若かったあの頃の面影を残して優しく笑うトモを見て、アユミは嬉しそうに笑った。


「やっぱり……トモくんはトモくんだね」

「え……やっぱ弱くて頼りない……?」

「違うよ。大人になったし……テレビで見てたら、あの頃とは雰囲気も変わったと思うけど……私の前では、ちゃんとトモくんなんだなって」

「よくわからないんだけど……」

「中身は私の好きなトモくんで、安心した」


 トモはアユミの涙を指で拭って、涙の跡が残る頬を両手で包み込んだ。


「ずっと離れてて何も知らなかった分、これからはなんでも話して。今すぐにどうこうできるほど簡単じゃないかも知れないけど……この先の事、一緒に考えていこう」

「うん……。ありがとう……すごく嬉しい……」

「アユ、好きだよ」


 最後のおやすみのキスから13年。

 再びトモの唇が、アユミの柔らかい唇にゆっくりと重なった。

 そっと触れるだけの、あの頃より優しいキスの後、二人は少し照れくさそうに見つめ合った。


「13年ぶり……かな?」

「そうだね……」

「もう1回……していい?」

「……うん……」


 恥ずかしそうにうなずくアユミを抱き寄せて、トモはもう一度唇を重ねた。


「……んっ……」


 あの頃よりも甘い大人のキスに、アユミが小さな声を上げる。

 長いキスの後、トモがゆっくりと唇を離すと、アユミがトモから少し目をそらした。


「私の気のせいじゃないと思うんだけど……トモくん、なんか……昔よりすごく慣れてる……」

「えっ?!」

「そうだよね……。昔からトモくんはモテたから……私と別れてからも、たくさんの人と付き合って大人になったんだろうね」

「いや……あの……アユちゃん?!」


 途端に慌てふためくトモを見て、アユミはおかしそうに笑った。


「それでも……私とマサキを選んでくれて、ありがとう」



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