繋がった恋と届かない想い ⑤
何も言わず会議室を出たリュウの後ろ姿をつらそうに見つめながら、ユウの肩を叩いて『リュウのそばにいてやってくれないか』と、トモが言った。
本当は誰よりもリュウのそばにいたいのに、自分がそばにいても、余計にリュウを苦しめる事になるとトモは思ったのだろう。
ユウは静かにリュウの隣の席に座り、ビールをオーダーしてタバコに火をつけた。
「ユウ……」
隣に座ったユウの顔を見て、リュウが力なく呟いた。
「よぅ。偶然だな」
運ばれてきたビールを手に、ユウが笑う。
「乾杯でもするか?」
「ああ……そうだな……」
二人は軽くグラスを合わせた。
「結局……オレが余計な心配なんかしなくても、ちゃんと落ち着くとこに落ち着いたな……」
「そうだな……」
「オレの出る幕なんか、どこにもなかったわ」
無理をして笑うリュウの笑顔が痛々しくて、ユウはそっと目を伏せた。
「この間な……レナに言われたんだ」
「なんだ?」
「出会う運命なら、偶然に偶然が重なって、また出会えるんだって。トモと彼女は……偶然また会えた……」
「そうだな……。オレは同窓会に行っても会えなかったし……連れから聞いたアイツの住んでる場所の近所まで行ってみても、会えなかった」
「そうか……」
「それもまた運命ってやつかな……」
リュウは短くなったタバコを灰皿の上でもみ消して、グラスに口をつけた。
「まぁ……良かったんじゃねぇか?お互いにずっと好きだったんなら……。オレは今度こそ邪魔しねぇように、大人しくしてるわ」
ユウはリュウに掛ける言葉が見つからず、黙ってビールを飲んだ。
リュウの気持ちが、痛いほど伝わってくる。
リュウは伝えられなかった想いを胸に閉じ込めて、平気なふりをしている。
どんなに想っても届かない恋心は、残酷なほど鮮やかな色で、いつまでも心に残り続ける。
戻れない日々を過去として受け止めるには時間が掛かる。
遠く離れていれば見ないふりもできるのに、手を伸ばせば届くかも知れない場所にその人がいれば尚更だろう。
(好きな人がすぐそばにいる自分以外の男と幸せになるのを見るのはつらいな、リュウ……)
リュウの気持ちを思うと、ユウの胸に苦々しい痛みが込み上げた。
「オレは恋愛には向いてねぇんだな。手の届かねぇもんばっか欲しがって、すぐに手に入るのはロクでもねぇもんばっかだ。欲しくもねぇもんなんか、要らねぇっつーの」
リュウは自嘲気味に笑って、タバコに火をつけた。
ユウは、トモがリュウの事を『元々女性不信なところがある』と言っていた事を思い出した。
リュウのすべてをまるごと愛してくれる人をリュウが愛する事ができたなら、それが一番幸せなのかも知れない。
でもリュウは、愛する人に愛される事を、誰よりも望んでいるのだろう。
(愛する人に愛してもらえない……か……)
リュウは恋愛に向いていないのではなく、不器用なだけなのだとユウは思う。
ユウは、いつかリュウの心の居場所になって、すべてを包み込んでくれる誰かが現れる事を、願わずにはいられなかった。
バーを出たリュウは、考えてもどうしようもない事は忘れてしまう方がいい、もう考えないようにしようと自分に言い聞かせながら、自宅へ向かっていつもよりゆっくりと夜道を歩いた。
夏の夜風がリュウの肌を撫でる。
(そういや……アイツと会うのは、いつも夜だったな……)
まだ美容師をしていたあの頃、彼氏がいるアユミを自分から訪ねて行く事はできず、店に来てくれるのをいつも待っていた。
店が終わる頃に通りかかったアユミと食事に行って、マンションのそばまで送って行った。
ほとんどそれだけだったが、ただ一緒にいられるだけで、その時だけは彼氏ではなく、自分の事をその瞳に映してくれているのだと思うだけで幸せだった。
(もう終わったんだろ……。忘れようと思ったそばから思い出してんなよ……。アイツはオレの事なんか、一度も見てなかったんだよ……。自分で自分をみじめにしてどうすんだ……)
叶わなかった恋を忘れる事も、他の誰かとの新しい恋を見つける事もできない。
他の誰かを本気で好きになれたら、叶わなかった昔の恋を忘れられるだろうか?
(って言うか……忘れられねぇから、他の女を好きになれねぇのか?結局、この気持ちが枯れて死んでくのを待ってるしかねぇのかよ……。コイツはいつになったら天寿をまっとうしてくれんだ?)
リュウは、あの頃も今もこの想いはどうする事もできないのだと、痛む胸を押さえながら夜空を見上げた。
(いっそのこと、誰かがバッサリ斬り殺してくれりゃラクになれんのにな……)
マンションに着いたリュウは、エレベーターに乗って、自宅のある階で降りた。
部屋の鍵を出そうとポケットの中を探りながら歩いていると、部屋の前に誰かが立っている事に気付いた。
「……ハル?」
リュウは慌ててハルに駆け寄った。
「どうしたんだよ、急に……。来るなら来るで、連絡くらいしろよ」
ハルは何も言わずうつむいている。
リュウは玄関の鍵を開け、ハルを連れて部屋の中に入った。
「飯食ったのか?」
リュウが尋ねると、ハルは黙って首を横に振った。
「食ってねぇのか……。ずっと待ってたのか?」
ハルはまた黙ってうなずいた。
「腹減ってんだろ?なんか食いに行くか?」
「……この前はごめんね、とーちゃん……」
ハルの小さな呟きに、リュウは微笑んだ。
「ん……?今日は随分しおらしいんだな」
リュウが頭を撫でると、ハルはリュウの胸に顔をうずめた。
「ハルは、とーちゃんが好きだよ。とーちゃんは……ハルの事、嫌い?」
消え入りそうな声で、ハルが尋ねた。
「嫌いなわけねぇだろう……。オレはハルがちっちゃい頃、ずっと面倒見てたんだぞ?」
リュウが答えると、ハルはリュウのシャツをギュッと握りしめた。
「ハルは……もう小さい頃のハルじゃないよ」
「……そんな事わかってる。でも、ハルはハルだろ?」
「それって……ハルはずっと……とーちゃんにとっては、姪のハルでしかないって事……?」
絞り出すような掠れた声で、ハルが尋ねた。
「……現実的にそうだろ?」
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