追憶と現実の狭間で ②
バーでトモと別れて自宅に帰り着いたリュウは、シャワーを浴びてビールを飲みながら、タバコに火をつけた。
さっき聞いたトモの言葉が頭をよぎる。
(オレも……多分トモも、どんなに悔やんでも過去の事はもうやり直せねぇって、わかってんだけどな……)
あの頃、トモがどんなに彼女を好きだったか、リュウは知っていた。
だけど、その彼女に自分が恋をしていた事は、トモに聞かされるまでまったく知らなかった。
(11年も黙ってんだもんな、トモのやつ……)
トモは本当は、大好きだった彼女を奪ったリュウを責めたかったのかも知れない。
立てなくなるほどボロボロになるまで殴りたかったのかも知れない。
それなのに、トモはそれをしなかった。
トモは責めるどころか、ロンドンで再会してすぐに、リュウの好きだった相手が自分の付き合っていた彼女だと、リュウに気付かれないようさりげなく確かめると、『彼女の事、ホントに好きだった?』『今でも彼女の事が好きか?』とリュウに尋ねた。
リュウがそれを認めると、事実は何も言わず、ただ、『そうか、オレもだ』と言っただけだった。
(オレって鈍いのか?なんでもっと早く気付かなかったんだろう……。せめて……あの夜より早くオレが気付いてたら、トモは……)
今となってはどうしようもない事ばかりが、リュウの頭の中をぐるぐる巡る。
親しいからこそ、そばにいるからこそ、相手がどこの誰だとか、余計な事は聞かなかった。
本当にどうでもいい事ばかりを話して、初めて本気で恋をしているトモの邪魔だけはしないでおこうと思っていた。
(それなのに、結局二人の仲を壊したのはオレだ……)
『彼と、別れた』
『彼の事、ホントに好きだった……』
そう言って彼女は、静かに涙を流した。
彼女の涙を思い出すと、今でも胸が痛む。
せめてもの罪滅ぼしに、何か自分がトモのためにできる事はないだろうか?
今はもう、どこでどうしているのかさえわからない彼女の事が忘れられないでいるトモのために、できる事があるのなら……。
(今更って感じかも知れねぇけど……。今の現実を見れば、トモも昔の恋を引きずる事はねぇのかも……)
それから1週間後。
仕事から帰宅したリュウは、自宅のポストに懐かしい相手からの手紙を見つけた。
(ユキ……?)
差出人の名前は
リュウの中学時代のヤンキー仲間だ。
小学生の時、クラスに『アユミ』と言う名前の女の子が3人もいた。
そのうちの一人がユキだった。
ユキワタリと言う長い苗字が面倒で、リュウが『ユキ』と呼び出してからは、みんなが彼女を
『ユキ』と呼び始めた。
(なんだ?手紙なんて珍しいな……)
封を開けると、それは小学校6年生の時のクラスの同窓会の案内状だった。
担任だった
(そっか……。山崎、もう定年か……)
小学校時代から悪ガキだったリュウは、山崎先生によく叱られた。
とても愛情が深く、厳しくも優しい先生だった事は、リュウもよく覚えている。
案内状には、ユキからの直筆のメッセージが添えられていた。
リュウの活躍をテレビなどで見て、きっと忙しいだろうと、幹事のメンバーが誘うかどうしようか迷っていたらしい。
それを知ったユキが、ダメ元で誘ってみようと、実家にいるリュウの姉のルリカから住所を聞いて、案内状を送ってくれたのだそうだ。
同窓会の日が迫っているから仕事の都合がつくかどうかはわからないけれど、来てくれると嬉しい、返事は電話でしてと結ばれていた。
(小6の同窓会か……。20年以上も前のクラスメイトなんて、顔見てわかんのか?)
案内状を見ながら、リュウはタバコに火をつけた。
(あ……もしかして……)
リュウは急いでスケジュールを確認して、ユキに電話を掛けた。
「あっ、ユキか。同窓会の案内状届いた。それでさ……」
翌日。
スタジオでベースのチューニングを終えたリュウは、喫煙スペースの長椅子に座ってタバコを吸っているトモの隣に腰を下ろし、タバコに火をつけた。
「トモ、オレ来週、実家に帰るわ」
「珍しいな……。かわいい嫁に会うのか?」
「かわいい嫁って……。勘弁してくれよ」
『かわいい嫁』が、小さい頃からリュウを慕っている姪のハルの事だとわかると、リュウはトモの肩をグーで殴った。
「違うのか?ハルが会いたいって駄々こねたんだとオレは思ったんだけどな」
「違うっつーの、小6のクラスの同窓会だ」
「小6?」
「あぁ……。小6の時の担任が今年定年迎えるんだとさ。あの先生には世話になったしな。ちょうどスケジュール空いてたし」
「ふーん……。それで?」
「アイツ……来るかも……。小6の時、同じクラスだった」
「アイツ……って……アユちゃんかっ?!」
「そう。オマエも来るか?ユキも来るぞ」
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