追憶と現実の狭間で ①

 その頃、リュウとトモはいつものように、行き付けのバーのカウンター席で並んで酒を酌み交わしていた。


「なぁ、リュウ……」

「なんだ?」


 トモはウイスキーの水割りのグラスの中の氷をカラカラと鳴らして、じっと手元を見つめた。


「ユウの結婚式の後、話したじゃん」

「ああ……あの子の事か……」


 リュウはどこか遠い目をしてビールを煽った。


「ハヤテが結婚するって言い出してからかな……彼女が、夢に出てくるんだ。オレは今のオレなんだけどさ……彼女はあの頃のままで……昔みたいに『トモくん、好きだよ』とか言ってさ……。でも、彼女……泣いてんだよ」

「なんだそれ……。トモ、もしかして今でもまだあの子の事、忘れられねぇのか?」

「昔の事だしさ……。自分の中では終わったつもりだったんだけどな。あの子と別れてから他の子とも付き合ったし……。まぁ……あの子の時みたいに本気にはならなかったけどな」

「ハヤテの昔の恋人との運命の再会ってやつに当てられちまったか」

「そうなのかもな」


 リュウはくわえたタバコに火をつけた。


「もしさ……今、あの子と会えたらどうする?」


 リュウが尋ねると、トモは小さくため息をついて苦笑いを浮かべた。


「さぁな……。会えたってさ……多分もう結婚なんかしてさ……子供もいたりして、幸せになってんじゃねぇか?」

「あぁ……。オレらももう33か……。今年の秋には34だもんな」

「オレは冬だけどな。ハタチの頃の短い恋なんて、あの子はもう忘れてんだろうな……」


 トモがタバコを口にくわえると、リュウがライターで火をつけた。

 二人の吐き出したタバコの煙が、交じり合って流れていく。

 少しの間、二人は黙ってタバコの煙を目で追っていた。


「悪かったな……トモ……。オレのせいで……」


 リュウがためらいがちに小さく呟くと、トモはリュウの背中をバシンと叩いた。


「もう言うなって。あれはリュウだけのせいじゃない。弱くて頼りなかったオレのせいなんだ。それに……もう昔の話だ。悪いな、古い話持ち出して……」


 トモは微かに笑みを浮かべて、胸につかえた何かを飲み干すように水割りを煽った。

 その横顔を見ながら、リュウはそっとため息をついた。


(トモ……今でもやっぱり、あの子の事忘れられないんだな……)



 まだロンドンに行く前の若かりし頃、二人には初めて本気で恋をした女の子がいた。

 トモには初めて本気で恋をして、初めて自分から告白して交際を申し込み、付き合っていた彼女がいた。

 リュウも偶然再会した小学校の同級生だった彼女に初めて本気の恋をした。

 その彼女が、じつはトモの付き合っていた彼女だとは知らず、リュウは大学生の優しい彼氏がいると言う彼女に、どうにもならない片想いをしていた。

 彼女もまた、リュウとトモが中学時代からの親友でバンド仲間だとは知らずに、トモの事を想いながらも、トモにないものを持っていたリュウに惹かれた。

 結局、彼女との恋に流され周りが見えなくなってしまったトモとの付き合いに不安を感じ迷い始めた彼女は、リュウと一夜の過ちを犯してしまった罪悪感からトモと別れ、リュウを選ぶこともできなかった。

 彼女の言っていたその相手がリュウだと言う事実をトモが偶然知ったのは、彼女がトモの前から姿を消し、リュウがロンドンに行った後の事だった。

 その後、トモもヒロに声を掛けられロンドンに渡り、リュウと再会した。

 リュウが何も気付かず本気で彼女を好きだった事だけをさりげなく確かめたトモは、その事実を自分だけの胸に閉じ込めた。

 そして11年の月日が流れ、ユウの結婚式の後、リュウは初めてトモの口からその事実を知らされたのだ。


 思い出すと今でも胸の奥に、初めての本気の恋に身を焦がした甘くて苦い想いが蘇る。

 初めて本気で恋をした事も、大切な人を傷つけてしまった事も、その後も何年もずっと、もう二度と会うことのない彼女を想い続けていた事も、二人の記憶から消える事はない。

 だけどもう、随分昔の話だ。

 若かったあの頃から13年もの月日が流れ、すっかり大人になった今となっては、想い出に過ぎない。

 リュウも、トモも、そう思っていた。



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