ハプニング発生 ④

 レナはユウの出演する歌番組を見ていると、ユウにチラチラ視線を送るアイドルの女の子の姿を目にして、少し複雑な気分になる事がある。

 ユウを信じていないわけではないが、とにかくユウは女の子にモテる。

 ユウ本人には、あまり自覚はないのかも知れない。


(また週刊誌に載って騒動……とか……さすがにもうないよね?)


 レナは、ユウと付き合い始めて半年が経った頃に起こった騒動を思い出して眉を寄せた。

 週刊誌に熱愛報道を載せられ、ユウの女性遍歴やレナの過去、レナと人気俳優との熱愛報道の捏造など、事実に多くの脚色を加えた記事を、ある事ない事面白おかしく書かれた挙げ句、世間の好奇の目に晒されバッシングを受けた。

 その時ユウは、過去に自分がしてきた身勝手な行動のせいで、レナをつらいめに合わせてしまった事で自責の念にとらわれ、塞ぎこんでレナがそばに居る事さえ拒んだ。

 レナと俳優との熱愛報道が捏造され週刊誌に掲載された時、ユウはレナを信じる事ができず、ひどく傷付けて別れ話を切り出し、誰よりも大切なはずのレナを突き放した。

 結局、一連の騒動は、ユウがかつて関係を持った事のあるグラドルの企てた事だった。


(もうないとは思うけど……あんな思いはもうたくさんだよ……)


 レナが結婚前のつらかった騒動の事を振り返っていると、ついに『ALISON』の出番がやって来た。


「続いては『ALISON』 でーす」


 大物司会者に紹介され、メンバーたちはいつものように挨拶をする。

 ボーカルのタクミが愛嬌いっぱいに笑顔で挨拶すると、客席からは女の子たちの黄色い歓声が上がった。


(相変わらずタクミくんは女の子に人気あるなぁ……)


 トークが始まると、大物司会者の男性は、早速ハヤテに話題を振った。


「ハヤテ、結婚したんだってね。おめでとう!昨日結婚式だったんだって?」

「ハイ、ありがとうございます」


 昨日挙式を済ませたばかりのハヤテが、満面の笑みで司会者にお礼を言った。

 たしか自分たちが結婚した時にもこんな感じだったなと思いながら、レナは笑みを浮かべた。


「結婚するって急に言い出して、みんなを驚かせたらしいね」

「そうですね……。ホントに急だったので」


 ハヤテが答えると、ドラムのトモが笑って横から口をはさんだ。


「弟の結婚式に出席するって地元に帰って、それまでは女っ気ゼロだったのに、東京に戻った途端に結婚するって言ったんですよ!!」

「えーっ、それはまた……」


 客席からはどよめきが起こり、司会者は驚きの声をあげた。


「なんでまた急に?」

「弟の結婚式で、ロンドンに行く前に付き合ってた彼女と偶然再会して……。間違いなくこれは運命だと……」


 少し照れくさそうにハヤテが答えると、タクミが笑って補足説明をした。


「ロンドンに行くために彼女と別れて、なんの約束もしないで12年もずっと離れてたのに、お互いずっと好きだったんだよね!!」

「まぁ……」


 司会者は笑って、感慨深げにうなずいた。


「いい話だねぇ。それでハヤテ、結婚してどう?何か変わった?」

「幸せですよ。すごく」


 笑ってそう言い切るハヤテを、タクミとトモが両隣から冷やかすように肘でつついた。


「このこのっ、幸せ者!!」

「恥ずかしげもなくノロケやがって!!」


 そんな様子を、ユウはただ微笑みながら見守っている。


(ユウも私たちが結婚した時には、どこ行っても散々冷やかされて照れまくってたな……。かわいかった……)


 レナは、結婚したばかりの頃に冷やかされ照れて顔を真っ赤にしていたユウを思い出し、思わずクスッと笑った。


「それではそろそろ、スタンバイの方お願いします」


 女性アシスタントに促され、『ALISON』のメンバーがステージへ移動すると、司会者は笑みを浮かべて呟いた。


「『ALISON』のメンバーは一途なヤツが多いのかな?ユウと言いハヤテと言い純愛だねぇ」


 それから『ALISON』は、発売されたばかりの新曲をステージで演奏した。

 『ALISON』の演奏に聴き入っていると、レナのお腹の中で赤ちゃんがいつもより活発に動いた。

 まるでこの子も喜んでいるみたいだと思いながら、レナは優しくお腹を撫でる。

 レナがステージの上でギターを弾くユウにテレビ画面越しに見とれていると、照れ屋であまりカメラ目線が得意ではないユウが、珍しくカメラを見て笑い、微かに口元を動かした。


(あっ……ユウ、今……『好きだよ、レナ』って言った……)


 ユウが病室を出て行く時に『テレビで観てて”

』と言っていた事を思い出し、ユウはいつもどこにいても想ってくれているんだなと、レナは思わず口元をゆるめた。

 他の人にはきっと読み取れない、ユウの口元の微かな動きも、レナにはわかる。

 ユウもまた同じように、レナの口元の微かな動きで、レナが何を言っているのかがわかる。

 レナが精神的なショックから失声症を患った時には、ユウはいつも声の出ないレナの言葉をそうやって読み取ってくれた。

 つらくてどうしようもなかった時も、『どんなレナでも愛してるから一緒にいよう』と言って献身的に支えてくれたユウは、世界一の夫だとレナは心から思う。


(ユウは昔から、いつも私の事を一番に考えてくれるんだよね……。ホントに優しいな……)



 『ALISON』の演奏が終わり、テレビ画面には『ALISON』のメンバー全員が出演した自動車メーカーのCMが流れている。

 レナはそのCMを楽しそうに眺めた後、ふと過去を振り返った。


(そう言えば、去年の春のライブツアーの時にもあったっけ……)


 結婚してまだ間もない新婚の頃、レナは雑誌の『ALISON』ライブツアー密着取材のカメラマンとして、ライブツアーに同行していた。

 ステージでギターを弾いていたユウが、ステージ前でカメラを構えていたレナに向かってピックを投げて『好きだよ』と言った事があった。

 思えば、再会して間もなくツアーに密着取材で同行した時も、ユウはアンコールでひとりステージに立って、声には出さず『レナが好きだ』と言った。


(あの時は……私はまだユウの気持ちにも、自分の気持ちにも気付いてなくて……と言うか……むしろ気付かないように、目をそらしてたのかも……)


 その時のレナには婚約者の須藤がいた。

 10年ぶりに再会したユウには、レナの知らないたくさんの女の子がいて、信じたいと思うほど裏切られ、ユウはもう自分の知っているユウじゃないのかも知れないと思っていた。

 ユウへの気持ちに気付いた時には、もう何もかも遅すぎると、その気持ちを素直に伝える事もできなかった。


(それでも今は……ユウと結婚して……一緒にいられて、幸せだな……)



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