ハプニング発生 ②

 ハヤテの結婚式の翌日。

 今日から妊娠33週目に入るレナは、いつものようにユウの温もりを感じながら目覚めた。

 レナは微笑んで、隣でまだ寝息をたてているユウの頬に指先でそっと触れてから、なんとなく下腹部に違和感を覚えて首をかしげた。


(ん……?何これ……?)


 昨日までとは明らかに違う感覚。

 レナは両手でお腹を触ってみた。


(なんだろう……ちょっと硬いような……。なんとなく痛いような……)


 今まで、ちょっと疲れた時に軽くお腹に張りを感じる事はあっても、朝目が覚めてすぐにこんな事はなかったのにと思いながら、レナはまた首をかしげた。


「レナ……おはよ……」


 目覚めたユウが、レナの頭を撫でながら頬に口付けた。


「あ、ユウ……おはよ……」

「ん?どうかした?」


 首をかしげて眉間にシワを寄せているレナの様子にユウが気付いた。


「なんだろう……。よくわからないんだけど……なんとなく違和感があって……」

「お腹に?」

「うん。なんか、硬いような気もするし、なんとなく痛いような気もする」


 レナがそう言うとユウは慌てて起き上がった。


「えっ?!それ、なんかまずくないか?」


 ユウはいつもそうしているように、レナのお腹に触った。


「あ、ホントだ。硬いかも」

「……だよね」

「とりあえず、病院行ってみた方がいいんじゃないか?」

「うん……。ちょうど今日、妊婦健診の日だから先生に言ってみる」


 ユウはレナの頭を撫でながら、心配そうな顔をしている。


「そうか……。オレ、一緒に行こうか?」

「ユウは仕事があるでしょ?」

「そうなんだけど……病院に電話して早めに診てもらうとか、できないかな?そうすれば一緒に行けるかも」

「どうだろ?電話してみようかな」


 とりあえずベッドから出て顔を洗い、着替えを済ませて、レナは病院に電話を掛けてみる事にした。

 スマホの電話帳画面を開き、病院の電話番号を画面に映し出して通話ボタンをタップすると、4コール目で呼び出し音が途切れ、当直の病院スタッフが電話に出た。


「朝早くからすみません、今日の10時半に健診予約をしている片桐です」


 ユウはキッチンで朝食の用意をしながら、電話をしているレナの声に聞き耳を立てている。

 レナが事情を説明すると、どうやらスタッフが先生に電話を取り継いだらしい。


(大丈夫かな……。昨日、長い時間外に出て疲れたのかも……。あんな席だしな……)


 カフェオレを淹れながらユウがそんな事を考えていると、レナは相槌を打っている。


「ハイ……わかりました。すぐ行きます」


(えっ?すぐ?!)


 ユウが驚いて顔を上げると、電話を終えたレナがユウの顔を見て眉間にシワを寄せた。


「あんまり良くないみたい。先生がすぐに来なさいって」



 それから慌てて軽く朝食を済ませた二人は、ユウの運転で掛かり付けのレディースクリニックへ足を運んだ。

 いつもは散歩がてら10分程度の道のりを歩いて行くのだが、今日は状況が状況だけに車で来たのだ。

 このレディースクリニックは女医が開業していて、1階で外来患者を診察し、2階には6部屋ほどの病室があり、3階が自宅になっている。

 医師が女性である事や、この病院で妊娠を告げられた事、自宅から近く、夜中や早朝でもすぐに主治医に対応してもらえるので安心だと、二人でこのクリニックでの出産を決めた。

 クリニックに着くとまだ診察時間まで時間があるせいか、いつもは明るく和やかな待ち合い室は静かで薄暗く、外来診察のスタッフもまだ一人もいなかった。

 その代わり、主治医の山田ヤマダ先生が診察室の前で待っていた。


「片桐さん、早速だけど内診室に入って。ご主人はこちらでお待ちくださいね」


 レナは不安そうな顔でユウをチラリと見た後、山田先生に付き添われて診察室の中へ入って行った。


(大丈夫かなぁ……。たいしたことなければいいんだけど……)


 ユウは、体調の悪いレナに付き添って初めてこのクリニックを訪れた時のように、心配そうな面持ちで待ち合い室のソファーに身を沈めていた。


 それからしばらく経って、山田先生がユウに診察室に入るよう促した。

 ユウがレナの隣に置かれたイスに座ると、山田先生は苦い顔でため息をついた。


「片桐さん、お仕事はもう産休に入ったのよね?」

「ハイ、1週間ほど前に……」

「仕事中は何も問題なかった?」

「ほんの少しお腹が張る事はあっても、じっとしていればすぐに治まりましたし……特に変わった事はなかったと思います」

「そう……最近、何か無理しなかった?」


 山田先生に尋ねられ、レナは首をかしげて考えている。

 レナの隣で話を聞いていたユウは、無理をしなかったかと言う山田先生の言葉に、昨日の事を思い出した。


(あっ、もしかして……)


「昨日、友人の結婚式と二次会に出席してたんです。お昼前から出掛けて、帰宅したのは晩の9時頃だったと思います」

「なるほど、それね……」


 山田先生はため息をついた。


「片桐さん本人は無理をしたつもりはなかったんだと思うけれど…妊婦の体はとても疲れやすいの。それに、足元が冷えなかった?」

「そう言われてみれば……」


 レナは昨日の事を振り返る。

 6月の下旬と言う事もあり、外は真夏のように蒸し暑かったが、建物の中に入ると、どこに行ってもクーラーが効いていた。

 結婚式に出席するために着ていた衣装は少し長めのワンピースではあったが、普段のように靴下を履くわけにもいかず、足元が冷えるなとは思っていた。

 帰りはタクシーで帰ろうかとも思ったが、涼しかったので少し長い道のりを散歩がてらに歩いて帰った。


「片桐さん……単刀直入に言うわね」


 ユウもレナも、何を言われるのかと緊張で顔を強ばらせている。

 山田先生は右手に持っていたペンをカルテの上にポンと置いて、深刻そうに口を開いた。


「切迫早産です。子宮口も少し開いてる」

「えっ?!」

「切迫……早産……?」


 ユウとレナが顔を見合わせると、山田先生はイスごと体をクルリとこちらに向けて、腕組みをした。


「分かりやすく言うとね、軽い陣痛が起こっているのと同じ状態なの。お腹、硬く感じたでしょう?」

「ハイ……」

「それは子宮が収縮して、赤ちゃんを外に出そうとしてるの。もちろん軽いものだから、すぐに生まれると言う事はないけど……まずいのはむしろ、子宮口が開いてる事。子宮が収縮して、赤ちゃんを押し出そうとして開いたのね。まだ33週目に入ったところでこの状態は危険だから……片桐さん、すぐ入院して下さい」

「えっ……入院……?!」


 山田先生の言葉に、レナは呆然としている。


「とりあえず入院して安静にしていないとね。お腹の張りが治まらないようなら、投薬治療もする事になります」



 そのあと紹介書を書いてもらい、ユウとレナは山田先生に指示されたように、中央病院へ向かった。

 山田先生のクリニックでは部屋数が少なく、分娩後の産婦や分娩予定の妊婦が多いため、長期に渡って入院する事ができないそうだ。

 ユウは車を運転しながら、助手席で不安そうにしているレナの横顔をチラリと見た。


(レナはただでさえ病院が苦手だし……初めての妊娠で不安もいっぱいなのに……)


 ユウは右手でハンドルを握り、左手でレナの頭を優しく撫でた。


「すぐに気付いて診てもらって良かったな。先生の言う通りにすれば大丈夫だよ、レナ」

「うん……」



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