ばらばらだけどひとつ

「どうですか、最近のうちの娘っ子は」

「軽子さんの仕事ぶりは素晴らしく、内外の信頼も厚いです」


「それだけ、じゃ、ないですよね。軽子ちゃん」


「はい。かなり精神的にぐらつくことがあります。最近になって私もようやく分かるようになりました」

「すごい。よければ教えていただきたい。我が娘ながら、俺は全然あの子の心の違いが分からんので」

「偶然です。軽子さんが精神的におかしくなるときは、仕事の精度と量が飛躍的に上昇します。最初に気付いたのは、そこに伸びている後輩でした」


「せかいがまわっている…。たちあがれわたし。たちあがるのだ」


「彼氏、お前はどうやって見分けてんだ?」

「具体的にどこがどう、と言われると難しいです。トイレの回数とか声色とか、いろんなところでサインは出ていると思うんですけど」

「トイレの回数。そんなもんまで気にしてんのか」

「1日に一回もトイレに立とうとしないときがあります。そういうときは、お水を飲ませたり、隙を見計らってお腹をさすってあげたりして」


「噛まれないか?」

「はい。よく噛まれます。がんばってお腹をさすりにいってます」

「えっ、軽子さん噛むんですか?」

「噛みますよ」

「がっつり来るよな。赤ん坊の頃からだ」


「え、おかあさん、まだそういう、なんというか」

「えっちしますよ。夫婦ですから。二人目作成予定なので今日からマウスペットなしです」

「すごい。尊敬します」

「ええと、あなたは」

「同僚です。軽子の」

「そうですか。軽子、最近どうですか?」

「愚痴ってくれるようになりました」

「そうですか」

「最近は後輩に噛みつきはじめてますよ。そこに伸びてる」


「やべぇ、せかいがまわってて、たてねぇ」


「噛みますよね、軽子ちゃん」

「噛む噛む。大きめに来るわよね。おむつ変えるの苦労したわ」


「お父様は、どういった対処を?」

「噛まれるがまま」

「おお、とても男らしい」

「というか、軽子の心の機微が分かんねぇもんだから、噛んでくるだけでも実際はありがたいもんだ」

「わかります。私も最初は何も気付かなかった」

「おめぇは?」

「軽子の同僚です」

「おお。娘が世話になっとります」

「いい子ですよ。あなたの娘さんは」

「ええ。軽子さんは素晴らしい。自信をもって言えます」

「ありがてぇ。そう言ってもらえて、ありがてぇです。苦労して育てたかいがあった」


「さて、ではそろそろ行ってきます」

「おう彼氏。どこへ行く」

「軽子ちゃんのところへ。トイレが終わって、たぶん鏡の前でしゃがんで泣いてる頃です」

「わかるのか」

「彼氏ですから」

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