第27話 真美の告白
「……なんだって!捻挫してるのか?」弘志が真美の声を聞いて運転席から降りてきた。
「階段でこけちゃった。でも冷やしたら痛みが取れたの」
「お腹は大丈夫なのか?どうしてさっき言わないんだ、病院へ行こう!
真美の顔色がパッと変わったのを沙羅は見逃さなかった。きっと捻挫で助けを呼んだと思っているのだ。沙羅は真美が知っている事を不審に思って
「……さっき、ちゃんと言ったよ!」と嘘をついた。弘志はまあとにかく病院で診てもらおうと沙羅に肩を貸すように真美に言った。
「……さ、沙羅ちゃん大丈夫。肩に手を回して。はい」真美は明らかに動揺している。もしかして、もしかして、沙羅は最悪の事を考えるのをやめ、双樹に会う事を優先しようと弘志に懇願する。
「お父さん、どうしても行って欲しい所があるの。お母さんの所に連れて行って。お兄ちゃんがいるんだって。玄関前で下ろしてくれていいから」
弘志だけならともかく、真美もいる。お互い会いたくなどないはずだ。沙羅はとにかく家の前まででいいと言った。
「弘志さん、私も久美子さんにぜひ会いたいわ。私も連れて行って!」
真美の言葉に沙羅は驚く。なぜ?腹を決め低く、ゆっくりとした声に、弘志は真美の覚悟を見て三人で行こうと言った。
家に着く間、沙羅は鼓動が激しく鳴り、足の痛みを忘れるほどだった。後部座席からミラー越しに映る真美の表情が険しい。初めて会った日とは別人だ。
「沙羅ちゃん、ごめんね」ミラー越に目が合うと、真美が謝った。母親との対面で修羅場になる事か、それとも、私を突き飛ばした事なのか、その時は分からなかった。
懐かしい道。そこを曲がれば沙羅の生まれ育った家がある。二年前に出て行ってから一度も訪れなかった家。
久美子は父親が亡くなった後、相続した遺産でこの家を買った。家よりも、日当たりのいい庭を見て即決したという。夏椿を植樹するために選んだ庭付き一戸建ての家は、今ではひっそりとしている。
ガレージに車がある。久美子がいる。沙羅は双樹に会えると思うとドキドキした。喫茶店で会ったのが最後だから、もう随分会っていない。
弘志が車を玄関に着けると、真美が素早く降りてチャイムを鳴らした。沙羅は父親に荷物を持ってもらい、ゆっくりと自力で歩く。なんとか歩ける。
「……どちら様?今開けます」懐かしい声が玄関から聞こえる。二年ぶりに聞く久美子の生の声だ。
久美子は真美を見たのか、声のトーンが上がった。
「……保険なら間に合っています」久美子がそう言って戸を閉める瞬間、真美は私が誰かご存知ですよねと語気を強め、ドアに手をかけた。
久美子は勢いに圧倒され怪訝な顔をしている。久美子の視線が沙羅に移ると、表情を変えた。
「……沙羅。来てくれたのね。やっぱりお母さんの言う通りに復帰を考えてくれたのね。さあ、家に入って。……真美さん、沙羅を連れて来て下さりありがとう。あなたはお帰り下さい」母親と真美は顔見知りなんだ。沙羅は初めて知った。久美子は弘志を見るとたちまち不機嫌になった。沙羅は慌てて用件を伝える。
「……お母さん、お兄ちゃんに会いに来ただけだから。お兄ちゃんの顔を見たらすぐに帰るから。家にいるんでしょ、ねえ、お兄ちゃん、どこ?」
沙羅は家の中にいる双樹に声をかける。久美子は今、双樹は買い物に行っていると言って、沙羅を家にあげた。帰ろうとしない弘志と真美にも渋々スリッパを出す。
久美子は三人を客間に通す。重い沈黙の中、弘志が話し始めた。
「沙羅はもう安定期に入ったから安心だ。それより、さっき足を挫いたらしい。手当てをしてやってくれ。沙羅、大丈夫か?」
久美子は救急箱から湿布を出し、沙羅の足に貼った。お腹の膨らみに気付いているだろうに全くそのことには触れない。真美がそれを見かねて言う。
「あなた、それでも母親ですか、沙羅ちゃんが可愛くないの?心配じゃないんですか?」久美子は表情一つ変えずに、沙羅の足に包帯を巻く。
「あなたのせいで、周りの人間は不幸になるのよ!」久美子の手が一瞬止まる。
「……あなたのせいで、あなたがはまった宗教のせいでみんな不幸になるの!」
真美は声を荒げた。沙羅は自分たち家族の事に憤怒する真美に驚く。
「……真美さん、大丈夫、これはお母さんと私の問題だから。もう一人でお兄ちゃんを待つからお父さんと帰って下さい。ありがとうございました」
「沙羅ちゃん、あなたとお母さんだけの問題じゃないの。私にも関係する事だから一言言わせて。久美子さんにやっと言える機会だから」
真美は弘志に言ってもいいか目で確認し、同意を得て話し始めた。
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