第22話 トラブル 2

 運良く三階の事務所に丸山はいた。丸山はこの支部の会計係で本部からの信頼も厚い。久美子はノックと同時に水晶は届いているかと尋ねる。


「……こんにちは、久美子さん、もちろん届いています。どうぞソファにおかけになってお待ち下さい。今、お持ちしますね」


 丸山は飲みかけのコーヒーを机に置き、ゆったりとした仕草で久美子を招いた。竹富や岡村と同じ年くらいなのに、ひと回り若く見える。シワひとつないYシャツの袖ボタンを一つ外して、丸山は奥の部屋に向かった。


 久美子はここでとんでもない事に気がつく。スーパーから直接来てしまい、水晶の代金を持参していないのだ。慌てて丸山を追いかけ、その事を告げた。


「……そうでしたか、別に構いませんよ。久美子さんなら信用してます。なんなら、僕がお宅に伺ってもいいですし。どうしますか?」


「すいません、家に来られるのは近所の目がありますので、また出直してきます。けど、これで安心しました。本部から水晶が届いてるって事は、沙羅の復帰を考慮されているという事ですものね」久美子は安堵して胸に手を当てた。


「もちろんです。双樹君の水晶と合わせて二つですね。八百万円の大金ですが、良いご決断をされました。久美子さんの信仰の厚さを長が褒めていたのも分かります。まずは家族を救わなければ、他の信者の模範になりません。久美子さんはこの支部の立派な模範者だ。頭が下がります」


「えっ、二つなんて聞いていません。すでに脱退届を出している双樹は断絶扱いです。復帰はおろか永久追放ですから、何かのお間違えだと」

久美子は驚いたが、きっぱりと答える。まさか、双樹の名前が出るとは思わなかった。額に汗がすうっと流れる。


「……長から聞いていませんか?双樹君にはもう一度教えを学び直して、信者になるチャンスが与えられているそうです。若者は時に一時の感情で罪を犯します。それは正確な知識に基づく信仰が欠けていたのでしょう。ある程度大人になってから学んだ僕達と違って、子供の時から親に教えられた子は正確な知識がない事が多いんです。よかったら僕が双樹君に教えてもいいですよ」


 丸山が淡々と、それでいて熱く語っているのを聞いて、久美子は目眩がした。双樹にも戻る機会を与えられ動揺した。


「今日のところはすいません、帰ります。明日またお金を持って出直します」

 そう答えるのが精一杯で、久美子は丸山に背を向ける。


「……ところで久美子さん、双樹君は今どちらに?」丸山が聞く。

「私も分かりかねます。あれから全く会ってませんから」久美子は背中を向けたまま答えた。

 

 帰り道の下り坂を事故を起こさないように、休み休み運転する。久美子はそのくらい動揺していた。


 やっとの思いで家に着き水を飲む。昼食をとり忘れている事に気付き、朝食の残りを冷蔵庫から出したが、全く胃が受け付けない。


 和室に布団を敷き、水晶で心を清めてから仮眠をとる事にした。ご奉仕の時間に追われて神経が参っているのだろう。やる気はあっても。身体は正直である。午後からのご奉仕を休んで体力温存の為にゆっくりする。


 久美子は久しぶりに睡眠導入剤の力を借り、死んだように眠った。


夜、電話で起こされる。

「……もしもし、久美子さん、話があるんだけどいいかしら?」


 暗い声の主は北村だった。

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